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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十七話 二兎追う者たちは一兎も……得ず?
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17-7 戦闘服はどんな服?

グレーのチェスターコートのポケットに入れた携帯が唸ったのは電車が横浜に着いた時だ。

それを出し画面に表示された名前を確認してから閉まりそうなドアから体を滑らせるようにして外に出る。

そのまま画面を操作して耳に当てればすぐに聞き慣れた声が聞こえてきた。


『雛子からの伝言。みなとみらいのでっかいビルにあるホテルのラウンジで午後六時。……俺は誘われてねぇから行かねぇぞ』


おう、といういつもの挨拶代わりの言葉すら無くいきなりそれを告げた祐樹に小さく溜息を返してから口を開く。

降車した人々の邪魔にならないよう下へと続く階段の壁に寄りかかって片足を曲げた。


「そう。それは構わないけど、ね。どうせ今回は雛子が動いてるんだろ。新聞に広告載せるなんてさ、金持て余してる奴以外には思いつかないよ。で、どうして祐樹は加担してるわけ?」


都心に帰ってきてしまったという後悔と人の多さによる疲れで、噛みつくのも面倒で単純に疑問に思っていた事を言えば彼はそのまま返事をせず押し黙ってしまう。

次の電車が目の前に着き人が降り、人が乗り、それが発車してもまだ彼は黙っている。


「俺が逃げたから話さないの?それとも違う理由?」


面倒だなぁと思いながら彼が話しやすいようそう問いかけてやればまたたっぷりと間を置いてから彼が口を開く。

あまりの長い時間にもう少し彼が遅かったら俺からまた何か言っていた所だ。


『……俺に……守るもの、が出来た……から、だ』


いっぺんに言わず区切りながら言うその声は冴えなくて彼らしくないと思った。

彼の言う守るものとは高松由香里の事だろう。

それは良い、けれどどうしてそんなに自信なさげというか噛み締めるように言うのだろうか。

普段の彼ならすっぱりと竹を割るように快活に言うだろう。


「守るもの、ね。で、それが俺が逃げた事とどう繋がるわけ?」


逃げたと自分で口に出した事に苦笑いを一瞬だけ浮かべそれから耳元に集中する。

少し考えただけでは彼の言葉の意味がまだ分からなかった。

彼はまた口を閉ざし小さな呼吸を繰り返す音だけが響いていた。


「雛子に脅されでもしたの?雛子なら祐樹に対して心も痛めずにそれをすると思うから確立的には高いと思うけど」


たっぷり間を置いたのに結局答えは聞けず仕方なしそうまた聞いてやれば彼は小さく息を飲んだ。

別にそうだと分かって言ったわけじゃなく今までの経験からそう思っただけだったがビンゴだったらしい。

それじゃあもう少し掘り下げて聞こうかと口を開きかければ電話の向こうで男が黒井さん、と呼んでいる声がしてそれを最後に電話は切れた。

耳から離してそれをじっと見つめてからポケットにしまう。


祐樹と雛子ははっきり言って仲が悪い。

事の発端は十年前にある。

彼女が自分は女しか愛せないのだと気付き、俺の前で徹と名乗ったのは彼女が高校を卒業する年の正月だった。

大学に進学が決まりその話をしに来た時に例の如く策略で二人きりにされるはずだった俺の部屋で彼女はそう言った。

けれど大誤算だったのはその話のちょうどそう俺の前で男口調で告げたその瞬間に祐樹がドアを開けた事だった。

彼が一緒に佐久間に帰省していたのは一緒に暮らし始めた事もありその様子を知りたいと言う俺の母親からの熱い要望に応えての事だった。

姿が見えなくなった俺を慣習を知らない彼が捜しに来ただけの話だ。


しかしその時の彼女はひどく驚いてひどく狼狽した。

彼もまた聞いた言葉としてしまった行動に驚き狼狽し、俺は慌ててドアを閉めた。

なんとか場を和ませそれから貝のように口を閉ざした彼女の代わりに俺が彼に説明をし、彼は一言そうかと返事をしたまま静かに部屋を去った。

誤魔化してもよかったのに俺も狼狽していたのだろう。

真実をありのまま彼に告げてしまった。

その時からだ。

その時から雛子は祐樹を目の敵にするようになる。

大和撫子な彼女は俺達の前からすっかり姿を消し、いつも挑戦的に笑う男の姿をした女になった。

俺はまだ良い。

普通に会話も出来るし、冗談だって言える。

けれど祐樹に対する態度は良いとは言い難い。

事ある毎に彼女は彼を小馬鹿にする。

曰く所詮は使用人の子供でしか無いのだから俺とは位が違うんだ、と。

俺はそんな風に祐樹を見た事が無い、雛子がいつからそう思っていたのかは分からないがどうしてそんな風に祐樹へ接するのか聞けばそう言われた。

祐樹もまた変わってしまった雛子に最初は戸惑ったようだが生まれ持っての短気な性格から、売り言葉に買い言葉の要領で二人の仲はどんどん悪くなっていった。

ある時は子供の口喧嘩のように、ある時は政治家の討論のように喧嘩するように言い争う二人を何度も何度も止めてきた。


だから、祐樹が雛子と協力する事などあり得ないはずなんだ。

それなのに彼女と手を取り合って俺を炙り出したのにはきっと深い理由がある。


けれどそれは確認しないと分からないと一度横浜で降りる事にして改札へと向かった。

いくら佐久間だと言えど、いや、佐久間だから、ジーパンにノージャケットでホテルのラウンジに行くわけにはいかない。

降りてすぐのデパートに入りまだ時間はあるからとゆっくりと物色し薄手のウールの黒いパンツとチャコールグレーのチェックのテーラードジャケットを買い、ジーパンの処分だけ頼んでそこを出た。

襟元がVネックという少しカジュアル過ぎる恰好だが全体はモノトーンに抑えてあるからまぁ問題無いだろうとガラス窓に映る姿に足を止めてさっき鏡で確認した癖にもう一度そう思いそれから適当な喫茶店に入って遅くなってしまった昼食を取った。







たっぷりと時間を掛けてバスタブに溜めたお湯に入ってからそこを出る。

鏡に薄っすらと紅く色づいた白い肌が映りそれを睨むように見てからそっと目を閉じた。

それからもう一度目を開け無表情のままバスタオルで体を拭き、それから髪を乾かしてあらかじめ持ってきていた黒いA4サイズのケースを取り出す。

それはサイズに反して幅は五センチあるかないか位だ。

非常に不本意だが俺はそれをいつも持ち歩いている。

ビジネスバッグの中で邪魔なそれは、けれど雛子にとって必需品だ。

そこから猪毛のブラシを取り出し艶が出るまで髪を梳いてから柘の櫛で今度は髪を纏めに掛かる。

生え際から二房分髪を残し、後は後頭部でツーブロックに七対三くらいに右を多めに分けてからそれぞれ太さの異なる編みこみをし毛先を左側に持って行き耳の後でふんわりと纏めヘアピンでそれをしっかりと止めた。

残した髪はとりあえず耳に掛け先に化粧を施す。

ファンデーションをいつもより厚めに塗ってからバラ色のチークをふんわりと頬に乗せた。

マスカラを丹念に塗りたくり唇には深紅とも言える鮮やかな赤を塗る。

目元はあえてマスカラだけにした。

その方がそれっぽく見えるだろうとこの後の予定を思ってそうした。


それから残した髪を顔の前にしっかりと持ってきて櫛を何度も当てる。

額に櫛を当てて何度か位置を決めればケースの中から銀色の鋏を取り出し何回かに分けて眉の上辺りでそれを切り落とした。

上目遣いにそれを見ながら切り終われば鋏を縦にして何度か切り込みを入れる。


「……まぁ、いいんじゃね?」


そう言い真ん中で癖が付いているそれを全体的に右側に流せばいくらかマシになりワックスを出してそれを固定した。

それからスプレーを取り出し頭全体に崩れないように糊を噴霧していればチャイムが鳴りゆっくりとそっちを向いてから缶を置いて全裸のままそっちへと向かう。

リビングを抜けて短い廊下の先のドアを確認もせず開ければ井村が鶯色の風呂敷包みを持って立っていて彼を入れるために少しずれ目の前を通り過ぎたと同時にドアを閉める。

彼がテーブルまで行きそれを置くのを後から付いて歩き彼の背中越しに確認してから声を掛ける。


「何か言ってたか?」


そう言えば彼はゆっくりと振り向いて俺のつま先から頭のてっぺんまで二度上下に視線を動かして見やりそれから腹部にそれを止めて口を開く。


「お食事をされたのですか」


その言葉の腹が立ち眉を寄せてから、ぺたぺたと足を動かし彼との距離を詰めてその左頬を思い切り引っ叩く。

部屋に乾いた音が響きそのまま見上げ睨んだままゆっくりと口を開く。

彼は顔色ひとつ変えず少し顔を背けてからゆっくりと俺の方を向き直し彫刻のような瞳で俺を見つめる。


「何を食べても構わないだろ?家に帰るまで一週間あるんだ、それまでにはきちんと戻すさ。……で、何か言ってたか?」


そうもう一度聞く。

食事をした事を咎められたから殴ったんじゃない。

そんな事はどうだっていい。

彼が俺の体型の変化に煩いのは前からだ。

今だって少し胃の辺りが膨らんでいるだけでぱっと見は分からないだろう。

彼が必要以上に俺を観察し、心配して言ってくれているのは分かっている。

けれど今はそんな事より両親が何か言っていたかが知りたい。

つまり伯母様が何かもう言っているのかが聞きたいんだ。

それに彼は小さく首を一度だけ横に振ってから頭を下げた。


「申し訳ありません。気付かれないように裏口より入りましたので、旦那様にも奥様にもお会いしておりません」


その答えにそうかと呟いてからバスルームへと戻り洗面台にあるケースの中から香水の瓶を取り出せば背後でドアの閉まる音が彼が部屋から居なくなった事を教えてくれた。

普段は決してつけないような柔らかい清潔感のあるそれを膝の後と腰に振りかけてからリビングルームへと戻り風呂敷包みを持ってベッドルームに入る。

それをキングサイズのベッドの端に置いてから解き中身を確認してから小さく息を吐いた。


これは俺の戦闘服だ。

俺が雛子として振舞うための鎧のような物だ。

目を一度閉じてから意を決してそれを並べて一番最初に着る物を取り上げ袖を通した。


しばらくは徹には眠っていて貰う事になる。

それがどれくらいになるかは分からないが一日二日では無い。

美沙には今回の事を話していない。

だからしばらく会えない事の挨拶もしていない。

二枚目に袖を通しながらそれだけが気がかりでずっと考えていた。


竹野劇場みかん座

控室その3(本編とは関係ないよ)


田「え?え?徹がお休みってどういう事っすか!!」


内緒です。

ネタばれ要素になります。


田「え?マジ聞いてないしっ!!あたしの徹に何かしたらぜってー許さねぇからなっ!!」


なんか丁寧口調か不良口調かどっちかのキャラしか居ないね。

どうしてこうなった。


田「話逸らすなしっ!!」

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