表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十七話 二兎追う者たちは一兎も……得ず?
197/418

17-6 食後の運動 頭の運動

東京と言ったってそこは同じ日本だ。

大して変わらない。

たった一時間半前まで居た所よりは少し寒いだけだ。

ジーパンにVネックのロングTシャツをライトグレー、ブラックの順に下か

重ね着をしてグレーのハーフコートを羽織っている俺はそのまま電車に乗るために駅へと向かう。

飛行機に乗る前、本当は酒井を呼ぼうかと思った。

けれど、そこから雛子以外の面倒な奴らを相手にする事になる可能性があると思って止めた。

とりあえずは何が何でも雛子に会わないといけない。


俺ならどうしたら良いか分かるだろうと彼女は小馬鹿にしたようにそれが楽しいと声音に含んで言った。

自分から迎えに来るつもりなど最初から無いのだろう。

待っているから会いに来いという意図をきちんと汲み取っただけだ。


赤い電車に乗りそこから見える景色がやはり違っていてここが東京、神奈川だと思い知らされる。

一週間居たあの辺りにビルが無いわけじゃない。

けれど何か違うのだ。

ここはゴミゴミし過ぎている。

旅行帰りや出張帰りの人間にまみれ空手の俺はひどく場違いな気がした。







礼から連絡があった一時間後、雛子から不意にメールが来てそれを開いてから溜息を吐いた。

もちろん彼から電話が来た事は言っていない。

何がいつ彼女の逆鱗に触れるか分からないのだから触らぬ神に祟りなしだ。


それにしても礼と言い雛子と言い俺を電報か何かだと思っているらしい。

簡潔なメールには礼をどこに向かわせるか連絡しろ場所を指定してあり、目を閉じた。

もっと早く言ってくれよと思う。

礼から連絡が来たのはだいぶ前だ。

飛行機に乗っているなら電話は繋がらないだろう。

と、なれば俺はまた携帯をちらちらと気にしないといけない。

決算期に入っている業務はクソ忙しい。

本当に猫の手も犬の手も借りたいくらいだ。

しかも、礼も安田も田中も居ない。


結構な緊急事態なんだけどよ。

と、一人呟けば部屋の隅から名を呼ぶ声があって顔を上げた。

若手の一人が走り寄りながら書類を持ってきてそれを俺に見せては何かと質問し、それに答えながら眉を寄せた。


俺、貧乏くじ引いてねぇか?








女ってやっぱり食べるよね、と幸せそうな顔をした三人を見た。

俺はそんな顔をするほどは食べて居ない。

腹三分目と言った所だろう。

けれど他の三人はそれはもう気持ちいいほど食べていた。


「美味しかった?」


そう笑んだまま言えば彼女らは皆俺を見てうんうんと大きく何度も頷いた。

というかはっきり言ってこれは女子会になっている。

いや、俺は自分自身そうじゃないと思っているが周囲の目はそうだろう。

そう気付き嫌気が差してそっと立ち上がる。

一番初めにそれに首を傾げたのは涼さんだった。


「どうかされました?」


その言葉に右手を胸の前に折り曲げて持って行きそのまま上半身を少し倒す。

それから顔を上げ腕を降ろしてから彼女らに告げた。


「申し訳ないけれど、これから人と会う約束があるんだ。俺は先に失礼するから三人はゆっくりしていって、ね。美沙に後は任せるよ。さっき言った通りにしてくれれば構わないから」


そう言えば名指しされた美沙が驚いて目を開きそれからうんうんと頷いた。

それを見てから涼さんの方を向いて頭を深く下げる。


「申し訳ないけれど、行かなくてはいけないから、嫌だろうが美沙に従ってくれると助かるよ。夜には戻るから三人で服でも買いに行ってて?」


頭を上げながらそう言えば彼女は少し笑ってから、はい、と従順に頷きそれから小さく頭を下げた。


「何から何までご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」


その言葉に俺も笑って、はい、と答えた。

人質が自分からよろしくなどと言うのは少し面白いと思う。

彼女が聡明なのは食事の席の会話だけで何となく分かった。

礼がちらりと漏らしていたように物凄く頭の回転が速い。

だから自分の立場をよく理解しているんだろう。


「それじゃあ行ってくるね」


そう言い彼女らに背を向けてその場を立ち去る。

店を出る前に携帯を取り出し井村を呼んで彼の車が見えてから外に出た。

素早くそれに乗り込む頃には顔からは笑みが消え目は細くなっている。


「ホテルに戻れ」


そう一言言えば彼は御意と呟き車を出す。

彼はもうずいぶんと長く俺の運転手をやってくれている。

酒井と礼ほど長くは無いがそれでももう十年になる。

だから彼は俺が、雛子と徹を使い分けている事を知っている。


「……今日、伯母様が来るぞ」


窓の外を流れる春めいてきた木々を見つめながらそう言えば井村は無言と言う返事を返しそれに小さく息を吐いてからまた口を開いた。


「取ってこい、一式だ。浜川に連絡はしておく。何一つ忘れるんじゃないぞ」


そう告げれば彼はまた少し間を置いてから御意とだけ言う。

それを聞いて目を閉じてから小さく呻いた。

ホテルに戻ったらとりあえずは風呂に入らないといけない。

その後このクソ長い髪を乾かし、梳かして纏めて、それから。

たっぷりと時間を掛け化粧をしてから井村を待つ。


憂鬱だ、と思う。

けれどそうしないといけないのだからやるより他無い。


あの日、礼が俺とは結婚しなくて良いと告げた日から、ずっと。

そうやって周囲を騙してきたのだから、最後まで騙し通すのだとまた吐息を吐いた。







雛子さんが消えてから私は二人をそっと見てから笑みを浮かべた。

それから口を開ききっぱりと告げる。


「やっと邪魔者が居なくなったので、色々伺いますね?」


その言葉に二人は体を固くしてから顔を見合わせて小さく頷いた。

この様子だと口止めはされていないのか、知らないのかどちらかだろう。

新聞の事すら知らされていなかったのだから後者の可能性はかなり高い。

けれど情報収集はしないといけない。

ここは陣地だったけれど敵地になってしまった所のようなものだ。


「まず、今回メインで動いているのは雛子さんで間違いないですか?……徹さんと言った方がいいのかな」


そう言えば田中さんがどっちでもいいと言い、それ以降は雛子さんで統一する事にする。

私の問いの答えは二人がまた顔を見合わせてから田中さんが頷いた。


「……多分、そう。徹はここ一週間ずっと携帯弄ってたし、誰かと話してたし。あたしは何も聞いてないけどそうだと思う」


その言葉にふーんと頷きながら次に何を尋ねるか考える。

まぁ、雛子さんだとは思っていたのでこれは予想が当たったのだ。


「では次です。佐久間礼が居なくなったのはご存知でしたか?」


そう言えば安田さんは首を傾げながら頷き、さっき気付いた現場に居た私はそれを受け流して田中さんを見る。

彼女はその言葉にひどく驚いて首を何度も横に振った。

二人とも知らなかったという事は誰かが意図的に彼が居なくなったのを隠している。

その誰かは祐樹さんと雛子さんだろう。

けれど雛子さんが彼が居なくなったのを隠す理由が分からない。


「そうですか。んー、じゃあ、安田さんにですけど」


と彼女の方だけを向いて口を開く。


「私が実家に居ると祐樹さんや雛子さんに話してあそこに来たんですか?」


そう言えば彼女は首を横に二回振ってから口を開いた。


「笹川さんがあそこの辺りなのは知っていましたが、御実家の住所までは知りませんでした。結局駅で待ち合わせたけれど本当はここに行けと言われたんです」


彼女はそう言って椅子に掛けていたコートのポケットから二つ折りになったメモを差し出しそれを受け取って見ればその字にも住所にも見覚えがあった。

散々手帳で見た兄の文字は正確に私の実家の住所を書き記していた。


「……なるほど。これはお預かりして構いませんか?」


あんまり持っていて欲しくないと言うのが本音でそう言えば彼女はどうぞどうぞと言いほっと息を吐いた。

誰だってどこだか分からない場所の住所が書かれた紙を持たされたらそうなるだろう。

気持ち悪いではないか。


「では、次です。これは御二人に聞きますね。この一週間はどうされてました?」


そう言えば二人はうーんと唸ってから安田さんから口を開く。

年功序列というやつだろう。


「私は普段通り出社して仕事してました。笹川さんから預かった物を黒井に渡した次の日にそちらに向かえと言われたくらいです」


それを受けて田中さんが口を開く。

私の予想だと佐久間礼が居ない事を知らなかったのだからきっと会社を休んでいるだろう。


「あたしはずっと休んでて、徹と二人でホテルに住んでてぇ……普通に何て言うか二人で過ごしてた。ご飯食べたり出かけたり、服買ってもらったり」


その言葉でまたふーんと思う。

つまり二人が私服で来たのは私の目を欺く為なんだろう。

どっちがどっちの部下として動いているのか分からなくしたかったのかも知れない。


「そうですか。じゃあ……っと。うーん。この後、御二人はどうしろと言われてますか?」


そう言えば二人はよく分からないと言う顔をする。

それにまた小さく唸ってから仕方ないと口を開く。


「つまり、ですね。安田さんは祐樹さんから、田中さんは雛子さんから指示を受けて動いていたんですよね?この後の指示はどうなってます?」


そう言えば二人は怪訝な顔をしてからまた安田さんから口を開く。


「今の所何も言われていません。このまま夜になるようだったら連絡するつもりです」


続いて田中さんが今度は言いづらそうに俯いて口を開く。


「あたしは笹川さんの……御世話しろって言われてる。ホテル取ってあるからそこで一緒に居ろって」


それになるほど、と思った。

私の予想が正しいなら確かにそうするだろう。

会ったばかりの安田さんよりは前から知っている恋人を選ぶのは当然だ。

何しろダイレクトに中継点をまたがずに指示だって出せる。

という事は、と割と確信めいた物を持ってから少し考えて口を開く。

それじゃあそれをきちんとした物にしようとまた安田さんの方を向いた。


「祐樹さんはどんな風に指示を出していらっしゃいました?」


その言葉に彼女は少し悩んでから口を開いた。


「最初は普通に迎えと、後は笹川さんの行動を報告してからそれに答えるようにですね。新幹線を降りた後は改札を指定された以降連絡来ません。していないからかも知れないけれど……。そう言われれば変ですね」


話しながら気付いたらしい彼女に小さく頷いてからやっぱりそうかと思う。

つまり安田さんの仕事はここまでだろう。

明日からは仕事に戻れという事になる。

それがどうしてだろうかと思いまた口を開いた。


「佐久間商事の三月はどんな感じですか?」


その突然の話題転換に彼女は悩んでいたのを止めはーっと大きく溜息を吐いた。

それからこめかみを押さえるようにして言う。


「忙しいですよ、何たって決算ですから。毎日毎日仕事ばっかりしてます。特に今回は美沙も居ないし、仕事は二倍三倍ですね」


それに田中さんが項垂れ、私はうんうんと頷きながら同情したように顔を作り裏ではそれにようやく導き出した答えが丸く形を作っていった。

それじゃあと思い安田さんが言い終わってから少し間を置いて口を開いた。


「この後どうなるか御二人はご存知ですか?」


その言葉に田中さんが顔を上げ二人は顔をまた見合わせてから首を振った。

それを見てにやりと笑みを浮かべそれを見た二人はぎょっとした。


今までの話を総合すればこうだ。

安田さんは祐樹さんから指示を受けたが東京に着くまでしかそうされていなく、今は連絡を取って居ない。

田中さんは仕事を休み佐久間礼の不在すら知らなかった、けれど雛子さんの指示に従ってここに居る。

社歴が長い安田さんには今後の指示が出て居らず、彼女よりは能力的に劣る田中さんはいつ終わるとも分からない私の監視を命じられた。

佐久間礼は長期出張に行った事になっていて、会社は今まで通りを装っている。

田中さんが会社を休んでいるのは本人的には私と会うのが気まずいからだ。

けれど私が居なくなった事を知らされて居らず、そこにはたぶん雛子さんの意思が反映されているんだろう。

口が軽そうな彼女が佐久間礼が居なくなった理由に感づいて話す事を避けたいと思っている。

つまり雛子さんは佐久間礼が居ないと周囲に分かってしまうと困る事情があるんだろう。

祐樹さんは、と思う。

彼は確かに上司が居なくなったけれどそれだけだ。

どうしてこの計画に加担したのだろう。


「うーん……大体分かったんですけど、一個だけはっきりしません。ただ本人に聞いてもきっとはぐらかされるだろうし」


そう言えば二人はへ?と素っ頓狂な声を上げた。

とりあえず、頭を使ったからとゴマ団子を追加し暖かいジャスミン茶も貰った。

それが来るまでの暇つぶしと口を開く。


「今回は二人が共謀しているように見せかけて実は雛子さんではないかと思っています」


そう言えばまたへ?と返ってきて苦笑いを浮かべる。

先に来たジャスミン茶を湯呑みに注いでからそれを持ち上げてふーふーと息を掛けた。


「どうして、ですか?」


そう口を開いたのは安田さんで二人の為に円卓の上の回転テーブルに湯呑みとポットを乗せてそっと回しながら口を開く。


「理由は簡単です。祐樹さんがこの場に居ないからですね。彼が首謀者ならここに居るはずだと思います。どんな理由があれど会社を抜けてここに居るでしょう。けれど居ない。つまり彼はきっと私達が今ここに居る事すら分かってません」


そう言えば田中さんが難しすぎるという顔をして首を傾げた。

もっと噛み砕くのはちょっと面倒だととりあえず少し分かりやすいように説明を続けた。


「分かっていないのに指示を出し続けた安田さんに確認して来ないのはどうしてだと思います?」


そう言えばあっと声を上げたのは安田さんでそれからさっき感じた疑問がようやく形になったらしい。

残りの一人となった田中さんがえ?え?と慌て始め私と安田さんの顔を見比べる。

それをまぁまぁと落ち着かせてから彼女の方を向いて告げる。


「それは祐樹さんが雛子さんに指示を出していたからじゃないからです。彼が指示を出していたなら雛子さんからも安田さんからも連絡が来なかったら携帯を鳴らしますよね?でもどちらも四人が揃ってから携帯を見ていません。つまり指示を出す人間はここに居たんですよ。だから指示は出なかった。分からないのはどうして祐樹さんが加担してるかと雛子さんが佐久間礼が居ない事を執拗に隠したがる理由ですかね」


そう言えば田中さんは小さく拍手をしてくれた。

いやいや大した推理じゃないですと思う。

それに同意して頷いてから安田さんが口を開く。


「……その二つの理由については見当もつかないけれど、この先は雛子さんしか知らないってことね?」


それに飲み頃を迎えたジャスミン茶を一口啜ってから来たばかりの暖かいゴマ団子に手を伸ばしてから顔を上げた。


「そういう事になりますね。さて、食べたら服を買いに行きましょう。この恰好じゃ何かあった時に雛子さんに恥をかかせることになりますからね。きっとそういう事なんだと思います。服を買えと雛子さんが言った理由は」


そう言えば二人はまた首を傾げてから顔を見合わせた。

その先をねだるような視線に小さく首を振って見せる。

その先はまだ予想という程の物にもなっていない。

けれど彼女は私と礼をとりあえずは会わせようとするだろう。

どうしてそうしたがるのかは分からない。

そもそも彼女がこんなに一生懸命になるのがどうしてかも分からない。


三回に分けて食べたゴマ団子の最後の一口を口に入れてから小さく鼻息を吐いた。

とりあえずは服を買いに行き、安田さんを見送り、それから。

それから?

夜には戻ると言っていた雛子さんを待てばいいのか。

小さくよし、と呟いてから立ち上がる。


「今の御話は他言無用でお願いしますね。あと、安田さんは私が出した条件も絶対に伝えないでください。それはきっと私の切り札になるので」


そう言えば私の後に順々に立ちあがった二人が頷いて、安田さんだけもう一度頷いた。

竹野劇場みかん座

控室その2


由「本文長いから一言だけっ!涼ちゃん名探偵みたいっ!それから私の出番無さ過ぎじゃない?!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ