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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十七話 二兎追う者たちは一兎も……得ず?
193/418

17-2 竿は重いか軽いのか

中間報告を祐樹から受けてホテルの部屋でにんまりと笑う。

両親及び会社にはインフルエンザと伝え長期休みをホテルで取ると伝えてある。

どっちにしろまだ頬は腫れが引き切っていないからどちらにも顔は出せない。

隣で眠る美沙の頭をそっと撫でてからルームサービスで届けられた新聞を見返してにやにやと笑う。


とりあえず雌鳥はどうにかなった。

あとは雄鳥の方だ。

すばしっこく高価な煌びやかな羽を持つ彼はどこに居るのだろう。

両方捕まえようと思ったのは、彼をまた佐久間という籠に閉じ込めるならつがいにしてやらないとかわいそうだろうと思ったからだ。

彼がそれを望むかどうかは別として彼だけ捕まえた所で果たして役に立つのかどうか分からない。

その為の保険としても雌鳥だ。

数年ぶりに恋をした雌鳥さえこっちの手に渡れば後はどうにでも出来る。

どうにでもして貰わないと困るのだ。


真顔に戻り立ち上がりベッドルームを出てリビングへと向かう。

ホテルのガウンは前を止めるのが面倒でひらひらと歩く度に揺れている。

テーブルにどっかりと座りその上に頬杖をつく。


佐久間の本家なんてまっぴらごめんだ。

ただでさえ自由にならなくて苛立つと言うのにこれ以上自由が奪われるなんて考えたくもない。


望めばいくらだって男になれると言うのにそうしないのはそれでも佐久間に生まれたからだ。

戸籍だって体だっていくらだって今は変えられる。

そうすれば誰に恥じる事なく美沙と一緒になれるのに、それを許さないのは佐久間という鳥籠だ。

俺もそこに閉じ込められた一人にしか過ぎない。

そして同じような境遇の鳥はまだたくさん居る。

彼らがどんな風に考えているのかまでは正直興味が無い。

礼は許婚だったから興味があっただけだ。


だから、一人で抜け駆けするなんて許さない。

地の果てだって必ず捕まえて見せる。

俺と礼は運命共同体だって生まれた時から決まっているんだから。

二人が幸せになるためにはお互いの犠牲が必要なんだから。


一人で何処かで幸せになるなんて絶対に許さない。







ローズというのは一週間前に母に過去を告白した喫茶店だった。

車を寄せて貰い降りようとすれば母は私を呼びとめて三万円を渡す。

それに戸惑い返そうとすればこのまま違う所で用事を済ませるから服でも買いなさいと言われ渋々受け取った。

確かに高校生の時の服を着ているからすこし恥ずかしいのはある。

今日だって白い薄いニットに色あせたジーパンに茶色のダッフルコートと言う何とも言えない格好をしている。


「じゃあ、終わったら連絡してね」


そう言い母は手を振ってから車を出してしまい取り残された気分になる。

けれど安田さんを待たせているのだと思い直し店のドアを開けた。

ちりんと小さく一回音がしてドアが開き店員が来る前に店内を見回して奥に座る一週間ぶりの懐かしい顔を見つけて駆け寄った。

足音に顔を上げた彼女が嬉しそうに笑ってから立ち上がり深く頭を下げる。

都会の人という雰囲気を前面に出している彼女に自分がちょっと恥ずかしくなりながら向かいの席に座る。

黒いラメ入りのニットワンピースに黒い本革のブーツ。

スニーカーの私とは大違いだ。


「ごめんなさい、お待たせして。家がちょっと遠くて」


そう言えば彼女は読んでいた本を閉じて鞄に入れてから笑って大丈夫だと告げてきた。

飲み物をと言われカフェオレを頼んでから口を開く。

まず何がどうしてあんなのが出たのか聞かないといけない。

このタイミングで来た安田さんがあれに無関係とは到底思えなかった。


「あの、私、誰にも捕まってないんですけど。あれは何ですか?」


そう言えば彼女は怪訝な顔をしてから首を傾げて首を振った。

え?知らない?と軽くパニックになりながら、そうだ、と立ち上がり店内に置いてある新聞を一冊持ってきて開いてみる。

実家にある物とは違い全国紙だったけれどそれはやっぱり同じ所に存在していて恥ずかしくなって顔を真っ赤にしながらそれを彼女に開いたまま見せる。


「こ、これっ。な、何ですかっ。このHって……雛子さんですよね?!」


そう問えばまた今度はもっと強く首を左右に振ってから口を開く。


「い、いや、本当に知りません。私はただ黒井にここに来るように指示されてっ。私だって何が何だか。出張だって聞いていたのに笹川さんに会えって言われて……」


そこまで言えば思い出したように口を止めちいさく、まさか、と呟く。

それに苛立ちながら何なんですかと問えば彼女は少し迷ってから口を開いた。


「……あの、確認した訳じゃないですからね?社長の姿をあれから見ていないんですよ。突発的な長期出張に出たとだけ黒井が言ってました」


その言葉に目の前が真っ暗になった。

礼が居ない?

自分勝手に私に別れを告げた癖に逃げたっていうのか。

わなわなと怒りに体が震え瞬きをしてから彼女を見つめる。

彼女は私の様子にびくっとしながら携帯を取り出し慌てて告げた。


「と、とりあえず黒井に連絡をするように言われてるので、し、しますねっ。きっと黒井の方が色々知ってるでしょうからっ」







もう、何だって言うのよ。

咄嗟に思いついた事を口にしただけなのに笹川さんは怖い顔して睨んでくるし、と黒井に電話すればすぐに彼は出た。


『おう、会えたか?』


そう言われ返事をしようとすれば彼女の手がぐっと伸びてきて私の手から携帯を奪い取る。

こんな笹川さん、見た事無い。

そのまま立った状態で彼女が大声で顔を真っ赤にして怒鳴る。


「お兄ちゃんっ!!どういう事なんですかっ!!!!」


店内に響き渡るようなその声よりも黒井を呼ぶその呼び方に目を見開いた。


……おにいちゃん?


へ?と小さく声を出すも激高している彼女には聞こえなかったようでそのまま瞬きもせずただ彼女を見つめた。


兄妹……なの?

でも、名字が違う……わよね。


彼女は聞いてるんですかやらなんとか言って下さいやら大声で怒鳴っていてその声を聞きながら頭はどんどん混乱していった。

もし本当に黒井の妹が彼女だったとしたら、私は彼も敵に回してしまっているのだろうか。

そうなったら、もう、会社になんてとても居られない。







『お兄ちゃんっ!!どういう事なんですかっ!!!』


久しぶりに聞く妹の声はだいぶお怒りで鼓膜が破けるかと思った。

それからあいつ安田の前なのにお兄ちゃんって呼びやがったと眉を寄せながら怒鳴りたい気持ちを耐え口を開く。


「どうって……俺が知りてぇよ」


そう言ってから立ち上がりちょっと抜けると口をぱくぱくさせて一番近い席の奴に言ってからそそくさと部屋を出る。

この先の話は他言無用、秘密厳守すぎるからと向かった先は屋上だった。

ドアを開けそれが開かないようにそれに寄りかかってから口を開く。

ぎゃーぎゃーと喚いていた彼女が俺が話始めた途端その口を閉ざす。


「礼が居ないんだよ」


そう呟くように言えば彼女は少し声量を下げて言う。


『みたいですね。安田さんはお気づきのようですよ』


その言葉にえ?と思わず返せばさっき気付いたみたいですけどとまで付け加えられた。

それに小さく息を吐いてから雛子の言っていたタイムリミットの事に納得がいった。

確かに二週間が限度だろう。


「今回の首謀者は俺じゃねぇよ。雛子だ。あいつはあいつで礼が居ないと困るんだってよ。俺も困る事情が出来た。……で、だ。お前こっち一回戻って来い」


そう告げればさっきまでの勢いは無くなり彼女は、それは……、と言葉を濁す。

だから努めて優しく優しく言ってやる。


「どっちにしても礼は居ないんだしよ、俺も由香里も心配してんだからさ。一回くらい戻って来いよ。嫌になったら今度はちゃんと行先告げてからどっか行く分には何も言わねぇから」


そう思い出しながら言うのは雛子のシナリオだ。

後々の事を考えれば笹川涼の居所は知って無いと、ね。と彼女はそう言い駄目ならこっちが折れる姿勢を示し、けれど居場所は伝えるようにと言われた。

それがどんな意味を持っているのか俺には分からないが、そうしておかないと面倒な事になる。

雛子を怒らせるのは非常に面倒だ。


『……でも、仕事もバックレてるし。住むところもないし……』


涼はそう小さく言い訳をするように呟き、気持ちが苛立つ。

しらねーよ、そんなこと。

来てから考えろと言いたくなるのをぐっとぐっと堪えて口を開く。


「それは俺がどうにかしてやっから。な?安田と帰って来いって。何なら今日は安田の家にでも泊めて貰えって。分かったら安田と替れ」


俺の言葉を受けて彼女はやや間を置いてから小さく、はい、とだけ答える。

それがどれに対する返事か分かりかねるまま電話口には安田が出た。


『もしもし?安田です』


その相手に募り募った怒りが爆発した。

というか八つ当たりだ。


「おう、お前絶対笹川連れて来いよ!!あと今日はお前ん家に泊めろよ。わぁったか、命令だからなっ!!!」


怒鳴るように吐き捨てれば電話の向こうで彼女は息を飲んでから、涼のように小さく、はい、と返事をして電話が切れた。

そのままどんっと金属のドアを肘で殴りながらそれでも顔は笑ってしまった。

涼だけでも捕まれば一歩どころか十歩くらいは前進してるだろう。

あとは礼だ。

礼がどう動いてくるかを待てば良い。

雛子に結果を報告するメールを書いてからドアを開き仕事に戻る。


俺の出来る事は佐久間商事をいつも通り動かす事だけなんだからと思いながら。







ずいぶん遅くなった朝食のルームサービスを起こされて食べていれば徹の携帯が鳴りそれを見てから彼は大笑いをした。

あたしがそれに気を取られていれば彼はあたしを見てにやりと笑ったまま口を開く。


「さて、美沙。だいぶ甘やかしてあげたと思うんだけど」


その意味が分かって頷く。

仕事を休めるように取り計らってくれたのもこうしてホテルに泊めてくれているのも徹のお陰だ。


「じゃあ、美沙には監視役をやって貰うから。二時間後くらいには鳥がね届くからさ。東京駅まで迎えに行って、後は俺が良いって言うまで監視しててね。ホテルはちゃーんと取っておくから心配しないで。……そうそう、傷つけたり泣かせたりしたら、後でお仕置きだから」


話がよくわかんなくてでも徹がちょっと怖くてうんうんと頷いてそれから朝食をがつがつと胃に入れた。

洋服はスーツじゃなくて徹が買ってきてくれたのがある。

とにかくそれに着替えて早く行かないとぐずぐずしてて間に合わなかったらお仕置きだ。

徹のお仕置きはいつも痛いから、あたしは大っきらいだ。






新聞を持つ手が震えた。

習慣づいたそれは遠くへ来ても自然に毎日手が伸びてしまっていた。

綺麗とは言えない古い宿のロビー、そこにもう何泊かしている。

泊まっているのはビジネス客か宿をけちった観光客だ。

立ち上がり新聞を戻してから旅館特有の薄い半纏のポケットから携帯を取り出す。

長く動いていないそれを見つめてから息を吐き電源ボタンを長押しすれば画面がうっすらと明るくなる。

しばらく待てば変えていなかった待ち受けが嫌でも目に入り奥歯を噛みしめた。

それから矢継ぎ早に着信やらメールが届く。

その数があまりにも少なくて驚いたがそれを無視してアドレス帳を開きそこから名前を見つけ出し電話を掛けた。

待ち構えていたように電話の向こうの人物は電話にすぐに出てあっちから口を開いた。


『久しぶりだな、電話してくると思ってたよ』


くすくすと楽しそうに言うその声に携帯を握りしめてからそっと口を開く。

紙面の最後に見たあれを許す事なんて出来なかった。

それが本当だとしても嘘だとしても、確かめないといられない。

そして電話の相手は真実なんて告げないだろう。

ようは誘いだそうとしているんだ。

大事な存在を餌に使ってこっちへ来いと言っている。


笑みを含んだ声に意地悪く笑っている顔が脳裏に浮かび、声を低くして唸るようにそいつに告げる。

もう一週間ほとんど誰とも話していないのに声はちゃんと出るのだと思う。


「……あぁ、やられたよ。そういう手で来るとは思っていなかったね。で、どうして欲しいんだ?」


感情を乗せないまま告げたそれにより一層楽しげに笑ってから、そう、雛子は俺に言った。


『そんな事言わなくても分かるだろ?礼なら』


馬鹿にしたような言いぶりに目を細めてから間を置いて口を開く。


「そうだな。どこに行けば良い。それともこっちの場所を言った方が良いのか?」


彼女の声から笑みが消えてそれからゆっくりとそれを告げた。


『だから、分かるだろう?礼なら、どうしたら良いのかくらい。それともしばらく休んで脳みそ腐った?』


それにもう答えるつもりも無く電話を切ってから借りている部屋へと向かった。

スーツもコートも鞄も全部捨てた。

カジュアルな服だけ買って財布と通帳と印鑑とだけ持ってここに来た。

半纏と浴衣を脱ぎそれらを見に着けて部屋を出る。

そのままカウンターへと向かい料金を払って外に出た。


こうなるとは思っていなかった。

何かしら雛子なり祐樹なり両親なりが接触してくるとは思っていた。

けれどこんな手を使われるとは想定外だ。

そもそも自分から別れを告げたのだからもう会わないと決めた。

逃げて逃げて隠れてその内忘れられたら佐久間に戻れば良いと思っていた。

一週間じゃそれはやっぱり無理だった。


結局離れて見れば俺はますます彼女が愛おしくて仕方なかった。

そうじゃ無かったらあれを見ても雛子に電話をしたりしない。

ただ、それだけだ。

他に理由なんてもう要らないだろう。


涼が雛子の手に渡るのを指を咥えて見ているのは嫌だ。

他なら誰だって構わない。

けれど、佐久間の名が付く人間だけは別だ。

佐久間の名が付く人間の手に渡るなら、俺が取り返す。

涼がどんなに嫌がってもそれしか無いなら彼女は俺の物にする。

もう佐久間には彼女の過去が知れているんだから、地獄に一人で行かせる訳にはいかないのだから。


外は明るく東京からだいぶ南のそこはもう春だった。

居心地の良かったそこは、けれど、もう用は無い。

宿の敷地を出て足早に駅へと向かった。

そのもどかしさに久しぶりに酒井が居れば良かったと心からそう思った。

竹野劇場みかん座

舞台裏第六幕


雛「うわっ、お前何泣いてんの?!」

礼「うぅ……うっ……」

涼「徹さんっ、駄目です。久しぶりに礼が出たんですから。そっとしておいてあげてください」

雛「は?マジそんだけ?うあー……ドン引きだぜ。マジで涼さん俺に……ごふっ」

祐「……お前も馬鹿だな、二回も頭突きされて」

安「わっ、ちょ、ちょっと大丈夫ですか。鼻血出てますって!!」

田「えー、マジ、ちょー最悪。あたしの徹に何してくれてんのよっ!!」


みんな仲良くしようよー……


一同「お前が言うなっ!!誰のせいだと思ってんだ」


……いや、まじ、ほんとすいません。

つぎ、次行こう。

礼もやっと出てきて久しぶりに書けて嬉しかったし、ね?

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