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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十六話 行方知らずの恋人達
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16-3 雛子の語るは最悪な事

残業をせず会社を出ては見たものの行く宛ては無い。

事情を知ってそうな奴はと思い浮かべて出たのは安田だったが彼女は逸早く帰宅していて捕まらず、連絡しても出なかった。


「うーん……。田中、田中なら何か知ってるかも知れねぇなぁ。あいつらいっつも一緒に居るし」


うん、とその妙案に頼る事にして歩きながら携帯で滅多に掛けないちゃらんぽらんな田中に電話をすれば数コールで繋がる。


「おう、俺だ」


そう言うと相手は息を飲んだ音だけを発した。

俺は一応上司のはずだから何か言えよと思い少し腹を立てて口をまた開く。


「田中?おい、聞いてんのか?」


そう口調を荒くして言えば電話の向こうからはくすくすと笑う声が響く。

けれどそれは田中の声じゃない。

あいつの笑い声はもっと下品だ。

これはもっと上品で気品があって、そう、礼に似ている。


『相変わらずだね、祐樹』


そう彼そっくりに喋る口調と声は雛子だった。

何でお前がと思いながら一度携帯を耳から離してまた耳に寄せる。


「……雛子かよ。何でお前が田中の」


と言いかけて口を閉ざした。

彼女は俺の前でも徹で居る。

つまり俺は彼女がそういう趣向の人物だと知っている。


『何で?分かるでしょ、祐樹ならそれくらい』


声音が変わって冷たい氷のように言われて、ああ、と答えればまたその口調は穏やかになった。

そういう話は彼女との間では禁物だ。

改めて話す事は彼女は好まない。


『で、どうしたの?美沙……田中なら、隣で寝ているけど』


その寝ているがどういう意味なのか眉を寄せながら小さくそれ以上考えるのを止めようと首を振った。

それからやや考える間を置いてから口を開く。


「ちょっと色々あってな、田中に聞きてぇ事があっただけだ。また掛け直す」


そう言えば雛子はううん?と小さく唸ってから切ろうとした俺をそれで引き止める。

そのくせその先が続かず苛立って口を開き文句を言おうとすれば彼女から話を続けてきた。


『もしかして、だけどさ。……それって礼に関係あったりする?』






泣き疲れて眠ってしまった美沙の頭を撫でていた手を止めて祐樹に言えばどうやらビンゴだったらしく彼にしては珍しく言葉を失ったようだ。

布団からはみ出ている美沙の素肌の背中にそれを掛けてやりながら立ち上がり電話を持ったままバスルームへと向かう。

無駄に広いスイートルームは辿りつくまでに時間が掛かる。

明かりを絞ってあるメイン寝室を出れば次の部屋は明るくひたひたとタイルを裸足で歩きながら口を開く。


「そうなんだろ?礼、死んだ?」


物騒な事を言っているとは思っているがその可能性は捨てきれないと思いそう言えば彼は電話口で怒鳴る。


『んなわけ、ねぇだろうがっ!!!』


キーンと耳の奥が痛くなり電話を離してから眉を寄せバスルームのドアに手を掛ける。

開けば大きな鏡があり否応なしに自分の細いしなやかな体が目に入ってそれに瞬間的に目を背ける。


「あ、そう。……で?美沙に聞きたい話ってのはそれ?」


そうタイルを見つめたまま閉めたドアに寄りかかって聞けば彼は一言、ああ、と言う。

それから彼の方から口を開いた。


『笹川が……ってあれだ礼のな、恋人で秘書なんだけどよ。礼のスケジュールが書いてある手帳返して来たんだよ。で、礼はもちろん笹川も連絡取れねぇし、手帳返してきた奴が田中と仲が良いからよ、何か知ってるかと思って。……で、何で礼の事だって分かったんだよ』


懇切丁寧な説明有り難いね、と思いながら黙って聞いていれば最後の最後で声を低くして言われ溜息を吐いてから口を開く。

もちろん聞こえるようにわざと大きい溜息を。


「何で、ね。うーん。多分そうかなって。礼ね、別れたらしいよ。笹川さんと。あ、笹川さんについては良いよ、もう説明しなくて。昨日会ったから」


言いながら視線を上げバスタブを見れば冷めた湯が残っていて栓を引き抜いてそれを捨てる。

そのままバスタブの縁に座って彼の返事を聞く。


『は?お前何言ってんの?てか、何なわけ?』


その言葉にそりゃそうだ、と思う。

礼が居ないという事は多分彼にも何も告げずに姿を消したんだろう。

何のために?

死ぬため?


「何……。うーん。それを一から話すのは億劫だな。これ、美沙の携帯だし。今からこっち来れる?来たら全部話しても良いよ」


目線の先のバスタブにはまだ半分ほどお湯が残っていてじれったいなと思う。

さっさと汗まみれになって冷え切った体を温めてさっぱりしてから着替えをしたい。

どうせ彼はここに来るだろうし迎えるなら迎えるで慌ただしいのは面倒だ。


『だからっ!なんでそんな偉そうなんだよっ、お前はっ!!!』


またも怒鳴られ耳が痛くなって眉を寄せる。

けれど今度は携帯は離さずに口を開いた。


「なんで?そりゃそうでしょ。君は使用人の子供で、俺は分家とは言え跡取りなんだから、さ。所詮佐久間で働いてるに過ぎないじゃない。……で、来るの?来ないの?俺はどっちでも良いよ。礼の事は心配だから探すけどね、居なくなられると面倒だし」


そう言いながら誰を動かすか考え始める。

礼がどこかに姿をくらませたとなればお家騒動勃発だ。

これを機にと分家連中が本家を乗っ取ろうと画策するだろう。

その火の粉を被るのは俺を筆頭に、彼のいとこ達だ。

それを良いと思う奴も居れば嫌だと思う奴もいるだろう。

礼の会社なんてどうだって良い。

むしろ潰れた方が良いんだから。


『……相変わらず嫌味な奴だなっ!!行くに決まってんだろうが、あぁっ?!!』


喧嘩っ早いその言い方に苦笑いを浮かべてからホテルの場所を伝え返事を待たずに電話を切った。

それからそれを濡れない所に置いて湯が抜けきったバスタブの栓をして蛇口をひねり溜まる間にシャワーを浴びた。

バスタイムが一番嫌いだ。

触ると柔らかい胸も滑らかな肌も、長い髪も。

自分の意思と正反対のそれらを手で確認する事になる。

なるべく何も考えないように手早くそれを済ませてバスタブに体を沈めた。


さて、面倒な事をしてくれた。

上がったら親が五月蠅くて切っていた携帯の電源を入れて人を動かさないといけない。


佐久間の本家の御曹司が居なくなったなんて知られたら内外ともに一大事だ。

信頼出来る人間は限られている。

三方に広がる窓ガラス越しの都内の夜景を見ながらまた溜息を大きく吐いた。







くっそむかつく雛子との電話が途切れ地面に携帯を叩きつけたくなるのを我慢してポケットにねじ込み駅まえでタクシーを拾った。

行先のホテルを告げそれから由香里に遅くなるとメールをする。

指定されたホテルは高級ホテルだ。

これだから佐久間の人間は嫌になる。

礼はそういうのをあまり出さないが、あいつだってお抱えのホテルがある。

庶民とかけ離れている感覚にたまに戸惑う。

職場から大して離れていないそこに着き代金を払ってからビルの中に入り商業施設を足早に抜けてホテル専用のエレベーターに乗る。

ホテルはビル上部にあり、途中の階のロビーに降り立ち、カウンターで佐久間雛子の名と自分の名を出せばホテルマンが電話をかけ始めた。



「お部屋までお願いしますとの事です。最上階の三号室で御座います」


そうホテルマンは告げ案内するという申し出を断り再度エレベーターに向かい中々来ないそれに苛立ちながらやっときて乗り込み言われた部屋まで向かいドアをノックすればがちゃりとドアが開き、棒状のチェーン越しになぜか左頬を腫らした雛子が顔を出した。


「早かったね」


そう言いくすくすと笑うそれに眉を寄せれば一度ドアが閉まりまたすぐに今度は大きく開いて彼女がすこしずれて俺を迎え入れた。

ドアの先は広い部屋で左右にドアがあり真ん中にテーブルがある。

後ろから来た雛子が俺を追い抜いてそこに座り反対側に仕方なく腰を下ろす。


「何か飲む?」


そう言われ首を横に振る。

どうせコーヒー一杯千円とかばかげた値段だ。

彼女ならそれを請求してくるかもしれない。

俺の答えにひどくつまらなそうに、あ、そう。と言ってから女にしては長い脚を組んでから肘掛に両手を預けて胸の前辺りで手を組む。

まじまじとその顔を見れば綺麗な顔は本当に腫れていて眉を寄せるがどうでも良いと思う。

彼女の事なんてどうでも良い。


「んなこたぁ、良いから、早く話せよ」


そう言えば彼女は少し目を細めてから口を開く。


「静かにしてくれる?美沙が起きるから。……何から話そう、か。そうだな。祐樹は涼さんについてどれくらい知ってるんだ?」


涼さんというその言い方とその質問にぐっと声を詰まらせた。

言いたい事はたくさんあるが文句をつけている場合じゃない。


「大体知ってる。礼と俺の婚約者から聞いた。……で、それがどうしたってんだよ」


そう言えば彼女は、そう、と呟いてから目を一度閉じて考えるようにしてからまた開き口を開けた。


「じゃあ話が早いね。美沙と先輩がおいたしちゃったんだよ、それを二人は知って混乱し、礼から別れを告げたみたい」


あっさりとそう言われて目を見開いた。

それは聞いた事が無い話だった。

というか、水面下で何が起こってたって言うんだろうか。

俺の顔をみた彼女がひどく残念そうな顔をしてまた口を開く。


「その様子じゃ聞いてなかったんだね?ごめんね、俺が先に知ってて。でも悔しいなら礼に言ってくれ」


肩を竦める動作付きで頭に血が昇り睨みつければ彼女はそんな俺をどうでも良さそうに組んでいた両手を解いて右手に顔を乗せながら首を傾げて反対側の指でテーブルをこつこつと叩く。


「何だよ」


その動作にそう告げれば彼女は笑みを浮かべてから口を開いた。


「問題です。礼が居なくなると困るのは誰でしょうか」


突然そう言われ面喰って真顔に戻り思案する。

困るというのはどういう意味だろうか。

俺も困るし部下も困る。

けれど彼女がそんな事を気にする性格じゃないのは分かっている。

と、なれば、佐久間の家か?と思い当たり口を開く。


「佐久間か?佐久間の家の……事だろ?」


百パーセントの自信があるわけではなくそう聞き返すように言えば彼女は真顔になって小さく頷いた。

それから目を細めて俺に告げる。


「そう。礼の両親は慌てふためくだろうね。何たってたった一人きりの跡取りが居なくなるんだから、さ。どうなるか分かる?」


そう言われまた考えてからはっとする。

礼がこのまま姿を消したら本家は本家じゃなくなる。

途絶えた本家の代わりを誰かがやるんだ。


「誰が……佐久間の本家の家長になるんだ?」


俺の言葉に彼女はテーブルに置いていた手を自分に向けてから指差した。

その顔は笑っていないまま指越しに俺を見ている。

それからその指が俺をゆっくりと指しそれに驚いて後ろを振り返ったがもちろんそこに誰も居ない。


「祐樹か俺、だよ。多分ね」


彼女の声が後ろから聞こえて慌てて顔を戻せばもう指差す事なくまたテーブルにその手を置いていた。


「俺?んなわけねぇだろう。俺は佐久間じゃねぇよ」


何を馬鹿な事をと言えば彼女は首を振ってから口元を少し歪めて口を開く。

その言葉は信じられなく、けれど、可能性として否定出来なかった。

ムカつくけれど彼女はやっぱり佐久間の英才教育を受けただけあって頭が良い。


「礼の親に金出して貰って大学行って、礼の会社に勤めててさ。礼の親が、礼が居なくなった後、黙って泣き寝入りすると思う?そこに小さい頃から見てきて、礼の代わりが出来そうな奴が居たら、力づくでも養子にするんじゃない?あの人なら」


的を得ていると思った。

あの人が誰を指すのかよく分かる。

礼の母親だ。

根っからのお嬢様気質で、プライドが高く、分家に負けている今を一番嫌うあの女ならやりかねない、というか、絶対にそうするだろう。


「……マジかよ。冗談キツイぜ」


そう言えば彼女は怒った笑顔を浮かべて口を開く。

静かに怒るその姿は礼に似ていた。

外面で怒る時の礼の姿がそこにある。


「冗談だと思ってるなら、静観していれば?嫌なら協力してくれるだろ?こっちも一生が掛かってんだよ。祐樹だって同じだと思うけどね」


一生が掛かっているという言葉にぎくりとした。

言葉通り佐久間の養子になったら由香里はどうなるだろうか。

お腹の子は?

佐久間の血が入っていないその子を孫だとは認めず、佐久間の血が入っている者と無理矢理に子供を作らされるかもしれない。

最悪由香里とは別れさせられて……。

つまり逃げ道は無い。

悔しいけれど雛子と手を取り合い協力しないといけないと言う事になる。


「……何すれば良いんだよっ!」


そう唇を噛みしめてから言えば彼女は笑みの種類を変え穏やかな顔で告げた。

その内容はどれも間違っておらず、その上実現不可能という訳でなく、言われるがまま了承せざるを得なかった。




第十六話 行方知れずの恋人達 終

竹野劇場みかん座

舞台裏四幕目


涼「……」

礼「……」

祐「おう、どうしたんだよ、お前ら。お通夜みてーな顔して」

涼「……」

礼「……ごにょごにょ」

祐「ん?なんだ?……ついに二人とも出番がねぇ?」

涼「(こくこく)」

礼「(こくこく)」

祐「あー、そうだな。いや、大丈夫だろ。そのうちまたチャンスは巡ってくるって」

雛「うーん、どうだろうね。このまま俺の話をずっとしてても良いと思うけど」


それも……楽しそうだね


礼・涼「えっ?!」


まぁとりあえず、次行こうか。

大丈夫、次もしばぁらく出ないから


祐「あ、おい、礼っ!!……って倒れちゃったじゃねーか」

涼「れ、礼っ!!しっかりして」

雛「やっぱり頼りない礼より俺の方が良いんじゃないの、涼さん。……いや冗談だって、そんなに睨まな……ぐふっ!!」

祐「……うわぁ……涼の頭突き、痛そうだ」

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