5-1 彼と私と遊園地
彼と私と遊園地
「きゃぁっーーー!!」
ベルトに押さえられてるとは言え真っ暗な中、星に似せたライトだけが輝くその中を猛スピードで走り抜ける乗り物に乗って悲鳴を上げる。
普通の遊園地に比べれば怖くないそれも私にとっては充分怖い。
千葉県にある大型遊園地、世界中で有名なキャラクターがたくさん居るそこに来ている。
乗り物が止まってベルトを上げる。
彼が先に降りて私の手を引っ張った。
それは思いやりだ、私では無く混んでいるから大変な思いをしている従業員とようやく乗れる次のお客さんへの。
「ちょ、ちょっと、待って」
降り口から続く道を歩きながらふらふらする。
転びそうになるのを彼が支えてくれる。
正直に言おう。
絶叫系は無理だ。
怖くないと評判のここの乗り物さえも怖い。
おひとりでどうぞと渋る私を無理矢理連れて列に並んだのは彼だ。
せっかく来たんだし良いじゃないとの言葉に負けた。
やっぱり乗らなければ良かった。
「んー、ごめん。飲み物買ってくるからそこに座ってて」
植え込みに沿って作られた白い冷たいベンチに腰を下ろす。
うー、まだ、頭が回ってる。
周囲は家族連れとカップルと友達と来ている子と、たくさんの人がそれぞれの目的のエリアを目指して歩いてる。
さすがにこうも混むと着ぐるみのキャラクターは出て来ない。
甘ったるいポップコーンの匂いが漂っている。
「はい」
だいぶしてから彼が戻ってきてカラフルな紙のカップを渡してくれる。
真冬とは言えまだ日が高くぽかぽかした陽気にそれはありがたくてすぐに受け取りストローに口をつけた。
隣に座り同じように飲んでる。
カップの中身までは見えなくてそれが何なのかは分からなかった。
薄い色の丸い金属のフレームの茶色のサングラスを掛けて黒いニット帽を被る彼はいつもと違って年相応に見える。
車の中ではいつも通りだったのに出るときにそれを着けるのを見て首を傾げると、変装とだけ呟いて笑った。
確かに、彼は多くは無いもののテレビにも出ている。
全国紙の新聞にも載ったばかりだ。
じっと見つめる私に彼が首を傾げる。
「どしたの?」
いえいえと首を振る。
「う」が抜けてますよと言いたくなった。
お風呂場でのあのやりとり以来彼はちょっと変だ。
変というのは語弊があるかもしれない。
ただなんとなく気楽になってしまった感じがする。
ずずっと飲み干せば彼が立ち上がりそれを受け取った。
そういう所は変わっていない、ちっとも。
「どうして変装なんですか?」
戻ってきた彼の手を取って歩き始める。
次は何に乗ろうかと園内の地図を片手に悩んでいたその顔がこっちを向いた。
「んー、だって、嫌でしょう。せっかく来てるのに仕事関係の人に会ったらさ」
チャンスは逃したくないけどここまで来てそれはねと彼が付ける。
ううん?何だろうこの違和感。
やっぱり変だ。
「で、何行く?」
きらきらした笑顔でそんな風に見つめないでください。
その視線は私では無くてこの場所に向けられてる事は重々承知しています。
私の返事を待たずに地図を見て、おぉ、これにしようなんて言いながら歩き始める。
引っ張られ引きずられるように歩いていく。
リビングで待つ彼に遊園地へ行きましょうと誘ったのは私だ。
次の休みはいつになるか分からないし、翌日が休みだとは限らないから、混んではいるけれどどうせなら楽しい場所が良かった。
笑って快諾し車を出してくれ、都内からそんなに遠くないそこはすぐに着いた。
開園には間に合わなかったせいで少し離れた駐車場へ停めてから二人で歩いてここへ来た。
近づくにつれて雰囲気が変わっていくその辺り一帯に彼は怪訝な顔をした。
不思議に思って尋ねると実は来た事が無いのだと言う。
さすがにあるだろうと思っていた私はそれだけでも衝撃的だったのだけれど、中に入ってからの彼の方がずっと衝撃的だった。
門をはいってすぐにある花壇で足が止まり、並んでキャラクターと写真を撮っているのを見て止まり、長く園内へと続く土産物店がひしめく通りでまた止まり。
シンボルでもあるお城が見えてまた止まり、それぞれに特徴のある建物でまた止まり。
「涼、ポップコーン食べよう」
歩いていた彼がはちみつ味のそれにどうやら匂いでつられたらしく向かっていく。
いや、構いませんけどと思う。
もう三つ目だ。
ポップコーンだけで二種類の味を食べた。
ここではスタンダードだと言えるキャラメル、次いでバターしょうゆ、次ははつみつらしい。
並んで高いプラスチック製のカップでは無く紙の入れ物で買ってきて差し出してくる。
それをつまめば確かに美味しい。
けど、飽きた。
「なんかすごいね」
食べないの?という彼に言葉を濁して繋いでいる手を反対側でそのカップを持って彼にたまに差し出しながら歩く。
むしゃむしゃと掴んで口に入れては食べている。
「そうですか?」
うんうんと彼が頷く。
そうか、初めてだとそういう感じなんだと思う。
私の初めては幼い頃だ。
両親が連れて行こうと一念発起した。
で、結果、子供の私より彼らはすっかりこの世界の虜となって年に何度も来ている。
家を出るまではそのペースで付き合っていた。
「いや、三十にもなってこんな体験するとはね」
おじさん臭いセリフを吐かないで欲しい。
夢が壊れるじゃないか。
そう思いながら乗るだけでストーリーを追える乗り物に並ぶ。
三つほど同じ乗り物の中でそれでも空いているのを選ぶ。
「……楽しいですか?」
ポップコーンを食べながら辺りを見回す彼にそう言えばこっちを見降ろして頷く。
「もちろん。つまらなそうに見える?」
首を横に振って否定するとそれで満足したのか彼はそれ以上何も言わなかった。
その後もあれだのこれだのと乗ってようやく次のエリアに動く。
とにかく全部見たいらしい。
滝下りを模した乗り物の側のレストランでお昼を取る事にする。
物価が1.5倍は当たり前の園内はちょっとした食べ物でも高い。
それでいて量が少ない。
ポップコーンだの何だのを買わせるためだろう。
薄暗い店内はよく作りこまれていて、手すりですらきちんと木材を模している。
「何にする?」
並んでいるカウンターへと向いて立ち上を見上げる。
これまた雰囲気を壊さないように作られているボードを見上げる。
「うーん、ドリアかな」
無難な選択をしてそう告げるとじゃあ俺もそれにしようと返ってくる。
セットにしようかとの言葉に頷いた。
笑顔が素敵な店員さんに二人分のそれを頼む。
セットの飲み物は彼が珈琲で私がオレンジジュースだ。
それが用意されるまでの間に彼が私を振りかえった。
「席取っといて」
あの、本当に佐久間礼さんでしょうか。
こんな庶民的な人じゃ無かったはず、なんだけど。
うんっと小さく頷いて店内を見回して偶然にも家族連れが席を立つ所で急いでそっちへ向かった。
すいません、今回だけは言い訳をします。
舞台にしたのはあの遊園地です。
名称こそ出さないもののまったくそれです。
遊園地なんてあそこ以外行かないほどのあそこが好きな竹野の頭では浮かびませんでした。
ほんと、すいません。
よくご存じの方はちげーよと突っ込みながら、礼のように行かれた事のない方はせめて疑似体験でもして頂ければ幸いです。