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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十五話 宙に浮くのは二人の気持ち
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15-11 それぞれの怒り

散々探し回って結局涼が居なくてそれだけの事なのに腹立たしく頭を掻いてから気がつけば自社の前に居た。

そのビルを感慨深く見上げれば俺のオフィスの下のそこだけ明かりが点いている。

そこには涼は居ないだろうと思ったけれど、明日から来ないなら最後に目に納めても良いかとそのビルに入る。

誰が残っているのか分からないから穏やかな顔をして乱れた髪を手櫛で戻してから社員証で自動ドアを開けた。

エレベーターを呼ぼうとしてそれが最上階で止まっている事に気づき手が止まった。

俺と涼以外にそこに行く者が終業を過ぎてから居るだろうかと思う。

一つ下のフロアの人間は、皆、面倒くさがって階段を使う。


もしかして、もしかするのかも、とけれど明かりが点いていたフロアへとエレベーターを呼んで向かった。






ずるるっと気持ちのいい音が誰も居ないオフィスに響く。

座っているのは兄の席で、兄のカップラーメンを啜っている。

美味しすぎて鼻水が出てきてたまにそれを拭った。

ポットのお湯が沸くのに時間が思ったよりも時間が掛かってそれにありつけたのはついさっきだ。

誰も居ないからとジャケットを脱いでいそいそと食べていればエレベーターの着く音がして麺を唇で挟んだまま顔を上げた。

はっきりいってお行儀が悪い。

誰か降りてきたらしくその人物は迷うことなくドアを開けた。

挟んだままの麺を啜ることなく、いざとなったら離すつもりで見守ればそれは予想外の人物だった。

私を見て目を丸くしてから物凄く細くし大股で歩いてくる彼を見ながらずるるっと麺を啜った。

礼なら別にそこまで気を遣わなくても良いだろうと思ったから。


「何してるんだよっ!!」


彼は目の前に立つや否やそう怒鳴ってきて思わず次の一口分の麺を口に運んだまま固まってしまった。

さすがに目の前で離すのはどうかと上目遣いで見ながらずるるっとまた啜れば彼は私を睨んだまま片手を振り上げる。

黙って逃げたのがそんなに逆鱗に触れたのかと思わず身構えて衝撃を待てば次の瞬間ばしゃりと音がした。

目を開けるとそこにはカップラーメンが無くなっていて、左を見れば床にそれが飛び散っていた。


「ふざけてるのかっ!!」


またも怒鳴られてさすがに頭に来て立ち上がる。

箸を投げ捨てばんっと机を叩く。

回転椅子が後ろにすーっと下がって壁に当たって跳ね返り私の膝に椅子が当たる。


「何するんですかっ!!」


叩いたままの手に体重を掛けて彼を睨みつけてそう怒鳴れば彼は一瞬怯んでから私の方へとやってきて腕を掴んで引っ張られ態勢が崩れそうになるのを体を彼の方に回転させて引っ張られた腕を引き返す。


「止めて下さいっ!!」


そう怒鳴っても彼は私の腕を引っ張り続けパンプスを履いていないストッキングだけの足が滑ってどうしたって寄って行ってしまう。

バランスを崩しかけて転びそうになりながらまた怒鳴る。


「佐久間さんっ!!」


その一言に彼の動きはぴたりと止まり、私はその彼を思いっきり睨みつけた。

背後には無残な姿になったカップラーメンが居る。







誰か居るだろうと思って入ったその先には涼がいた。

泣いているならまだ良い。

けれど彼女は呑気にカップラーメンなんて食べていて俺の顔を見てもその手も口も止めなかった。

物凄く腹が立ってしまった。

俺が雛子を殴ったのだって安田を抱いたのだって涼のせいなのに、どうして当の本人はこんな風にけろっとカップラーメンなんて食ってるんだと目を細め近づき彼女の手元の元凶にも思えるそれを吹き飛ばした。

それから抵抗する彼女の腕を掴んでとにかく机のこちら側へと引っ張り出そうとしても頑として受け入れず、彼女の呼び声に固まった。


「佐久間さんっ!!」


その言葉に目を見開いてはっとする。

彼女はなおも俺の手を振り払おうと動かしていてそれを力いっぱい握りしめる。


「痛い!」


彼女の手が止まりけれど視線は睨んだそのままだった。

頭にまだ血は昇ったままでその視線を再度睨み返した。


大体、全部彼女のせいだ。

俺がこんなに苦しんだのも雛子を殴ったのも安田を抱いたのだって、全部そうだ。

ポリシーに反する事をやったのは全部彼女の過去のせいだ。

彼女さえ居なければ俺の生活が変わる事は無かったし、平穏なまま年を越していた。


なんで、彼女だったんだよ。

俺が好きになったのはどうして彼女だったんだ。


「佐久間さんっ、離してっ!!」


礼とは絶対に呼ばない彼女にまたどんどんと腹が立って行き抵抗がなくなったその体を引っ張り出す。

一瞬の事に反応出来なかったのか彼女が祐樹の机の前からずれて少し広い所へと移った。


今から俺は最低な事を口にしようとしている。

その自覚はある。

けれど、もう、理性で抑えられなかった。

今まで、俺だって、我慢してきたんだ。


「離してじゃないだろ、離して下さいだろうが。いつまでも彼女面するなよ。礼って呼ばない限りはお前の言った通り他人ぶってやってんだから、ちゃんとしろよ」


冷たく声を低くして吐き捨てるように言えば、彼女は目を丸くしてその場に静止した。

俺の顔を信じられないものを見るようなその目すら腹が立つ。


「お前なんてな、彼女じゃなかったらただの秘書でも何でも無いんだよ。散々、俺の生活を引っ掛け回しやがって、反吐が出そうだ」


そう言えば彼女は顔を顰めて睨み返してきた。

その視線を受け流しわざと笑ってやる。

最後くらいいつも通り優しくしてやっても良いだろうという上から目線で。


「そんなに俺が悪いのか?あ?俺だけじゃないよな。一番悪いのは俺じゃないよな?……一番悪いのは、お前、だろ?」







礼の言葉が信じられなかった。

彼の行動も信じられなかった。

こんな時に責められるとは思っていなかった。

けれど涙が出そうになるのを必死で堪える。

今泣くなんて悔しすぎる。

だから一度息を大きく吸ってから口を開いた。


「そうですね、私が悪いですね」


彼が何を指して居るのか正直よく分からない。

というか戸惑ったままだ。

そんな風に豹変したその姿は一度も見た事が無い。

もしかしたらあの襲われた時に似ているのかもしれない。

私の言葉を受けて彼がにやりと笑ってから口を開く。


「分かってんなら、ふざけた事するなよ。本当に腹が立つんだよ。分かるか?お前のせいで俺が怒るなんて、馬鹿馬鹿しいだろ?大体、俺と付き合って無かったら、笹川涼なんてただのそこら辺の女ってだけ何だからな」


初めて彼の笑顔を気持ち悪いと思った。

それでも視線を外さずに居たのはもうレイプされたくないから。

目の前の男がとても佐久間礼だと信じられず、その背後には明に似た物が見える。

怖い。

彼の言葉ではなく雰囲気がとてつもなく怖い。

穏やかないつもそれは完全に姿を消していて自暴自棄になったそれしかない。


「……そうですね」


怖くて刺激したく無く、小さく同意すれば彼の顔からは笑みが消えて私の腕をぐいっと引っ張る。

一瞬のそれに抵抗する間も与えられず彼との距離が縮まり目の前に彼の顔が下りてきた。


「お前みたいな汚い女なんかもう要らない」


たった一言囁くように言われたそれに目が大きく見開いてしまった。

どうして彼がこんなに怒っているのかも、そんな風に言うのかも分からない。


けれど彼は、もう、と言った。

それは彼にしてみれば完全に拒絶を意味する言葉の他ならない。

そして彼は、汚い、と言った。

それは彼にしてみれば完全に私をもう愛していないと言う意味の他ならない。


言葉は鈍器のように私の心が打ち、そこにひびが入って行くような気がした。






「お前みたいな汚い女なんかもう要らない」


と言ってしまった後に自分の言った言葉にどきっとした。

目の前で固まる彼女は目だけを少しずつ動かしながら言葉を探しているようでその顔から視線を逸らして言葉を続ける。


「もう一緒に居たくない、もう顔も見たくない。もうどこかに行ってくれ」


そう冷たいまま告げれば彼女は息を飲んでから口を開いて小さく言う。


「離して下さい」


その言葉に手を離せば彼女は自分の腕をさすりながら数歩下がってから頭を下げる。

きちんとしたお辞儀をしてから顔を上げ、それを見てしまった。


「お世話になりました」


そう言って顔を上げたそれは笑っていた。

ただ微笑んでいるだけの笑顔のまま泣いている。

それを見た瞬間に理性がすべてを打ち負かした。

右手で口を覆って目を開いたまま彼女が俺の横をすり抜けていくのをただ黙って見ていた。

心臓の鼓動が速くなりすぎて眩暈がする。


俺は今、彼女に何を告げた?







「お世話になりました」


と、言ったのは皮肉と嫌味だ。

お世話になった事は確かだけれどただ養われていたんじゃないし、辛い事だってたくさんあった。

それでももう顔も見たくないのだろうと礼の横をすり抜けて小走りのまま抜け出せば突然エレベーターが開いてそこには安田さんが居た。

ものすごく驚いたのだけれど、彼女はもっと驚いたようで静かに閉まりかけたドアを押さえたのは私だった。


「……笹川さん?」


その言葉に頷いて彼女が私の荷物を持っているのを見てそのまま手を掴んで引きずり出し階段へと向かう。

彼女はえ?え?と言いながら私にそれでもついてきてくれて、階段を昇り切りパンプスを置きっぱなしにした社長室の前につく。

けれどそれをそのまま放置して彼女から鞄を奪うようにひったくりキーケースを使ってそこを開けた。

部屋に入り真っ暗な中、鞄を再度放り出して走って部屋を抜け、一番奥の本棚まで行って観音開きのそこを開く。

しゃがんでからキーケースに付いている金庫の鍵を探し出し鍵穴に入れようとしてもひどく手が震えて上手く出来なかった。

ぼやける視界を袖で何度も拭ってから深呼吸して鍵を指して回す。

四ケタの暗証番号を入れればかちゃりと音がしてそこを思いっきり開いた。

中にあるあの箱をそのまま取って金庫を閉め、観音開きを閉めた。






涼が去って行った方向からエレベーターの着いた音と小さな彼女の名前を呼ぶ声が聞こえびくりと体を震わせてからばっと振り返れば開いたままのドア越しに彼女が安田を連れて上に向かうのが見えた。

冷静に判断すれば彼女は靴を履いていなかったのだから、上にあるんだろう。

けれど今の俺はそう思えず、また、恨みにも似た感情が湧いた。

上には大事な物がある。

彼女はそこを開けられる唯一の人間だ。


踵を返し姿が消えたそこを抜けて階段を上がる。

足音を消したのはわざとだったのかもしれない。

階段を抜ける前に一度オフィスの方を見れば安田を残して涼が入っていく所だった。

そっと残された安田に近づいて彼女の口を背後から押さえる。

今、声を出されたりしたらたまったもんじゃない。

それから顔を上げて中を見る。

開けっぱなしのドアの向こうでは案の定、涼が金庫を苦戦しながら開けて何かを取り出した所だった。

金庫を閉め立ち上がって彼女がこっちを向く前に安田を払い除けるように突き飛ばしオフィスに入る。


「きゃっ!!」


飛ばされ転がった安田の声に涼がこっちを一瞬で振り返って俺を見て固まった。

そのまま近づいて行って眉を寄せて見下ろす。


「何盗んでんだよ、お前、本当に最低だな」


彼女を馬鹿にするように言えばそれを握りしめたまま睨み返してくる。

彼女の手にあるそれに俺は見覚えが無かった。

ただ金庫に入れる程大事な物を彼女が持っていたとも思えない。


「何だよ、それ。俺の通帳と印鑑か?それ持って逃避行でもすんのか?やっぱり金しかなかったんだな、本当に最低だ」


そうつらつらと言えば彼女は首を小さく振るだけだった。

思えばいつもこうだ。

自分の意見や主張をせず行動で示して相手に言わせて、責任をなすりつける。

結果として事態が悪くなったとしても彼女は悪くならない。

言った方が悪くなるんだ。

それが無性に腹が立って声を荒げて告げる。


「こんな時までそうなのかよ、ちゃんと口に出せよっ!!」


そう怒鳴れば彼女は唇を噛みしめてそれからもう一度深く睨み返した。

手元の箱を開けて俺に見せる前にその箱ごと投げつけてくる。

それに目を奪われた。

俺に当たって箱から零れ落ちたのは札束だった。

やっぱりこいつも俺の背中に背負った物しか見てなかったんだ。

見て認識してそう確信して悔しくて投げつけられたまま睨み返した。







我慢の限界だった。

私は悪くない。

私の過去は私だけのせいじゃない。

お金目当てで一緒に居た事なんて付き合ってからは一度だってない。

それを彼は知っていたはずなのに、理解してくれてると思っていたのに。


「盗人なんかじゃ無いっ!!」


箱を投げつけてから怒鳴れば彼は睨み返したそのまま足を上げて一束思いっきり踏みつけた。


「じゃあこれは何なんだよっ、どうせ俺の口座から下ろしたんだろうがっ!!」


その言葉に首を振ろうとして止めた。

もう行動だけで示しても彼を逆上させるだけだ。

涙がぼろぼろ溢れ落ち顔を汚していくそのまま口を開く。

それならちゃんと口に出して言わないといけない。

それはひどく怖くて嫌いな行動だけれど、しないといけない。


「違う!!でも、もう要らないっ!!!もう貴方もお金も、要りませんっ。そんなに欲しいなら上げますっ!!……これは、これはっ、私の汚い体の対価ですっ!!!」


怒鳴ってから思う。

もうどうでもいい。

佐久間礼と付き合ったいた事も、愛された事も、どうだっていい。

けれどこのまま誤解されたままだけは嫌だった。

どんなに汚い私でもそこまで地獄には堕ちていない。

産んでくれたお母さんにも可愛がってくれたお兄ちゃんにもそれは申し訳無くて嫌だった。

睨んだまま怒鳴った私を彼は呆気に取られたように見つめた。


「退いてっ!もう、知らない。もういいっ、もう礼なんて大っ嫌い!!!」


呆然としたその人を思いっきり両手で押して退路が少し出来たそこをすり抜けて部屋を走り去る。

途中で札束が足に当たったけれど、もう、あんな汚いお金要らなかった。

私の体の対価で、満足するならくれてやる。

部屋を出て安田さんの手を取り、反対側の手で靴を拾ってそのまま階段を下りた。

誰も居ないのだからひとつ下のフロアにはエレベーターはちゃんと止まっていてそれに乗り込んでから一階を押して扉を閉める。

閉まるそれにつられるようにずるずると座り込み膝を抱えた。

ものすっごい中途半端なのですが、おせち作りに台所へ行ってきます。

さすがにもう手をつけないと紅白見れない。

涼と話が合わなくなってしまう。


「ご覧になられなかったんですか?」

と残念そうに言う彼女の顔は見たくないので、ちょっと行ってきます。

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