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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十五話 宙に浮くのは二人の気持ち
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15-4 それぞれのランチタイム

社長室を出てからすぐに二つ下のフロアに向かう。

仕事をしているふりをして二人には既に連絡をしてある。

お昼を一緒に取りたいので待っていて欲しいと送れば各々からそれを了承する連絡が来た。

階段を使ってそこに着きトントンとノックをしてから開ければ二人は入り口の方を見て顔を上げていた。


「お待たせしました」


と言えば二人が同時に首を振る。

それに吹き出してから行きましょうと声を掛ければいそいそと準備をし三人そろってエレベーターに乗った。

昨日あんな風に逃げた事を詫びたかったのと、もう礼に分かってしまうという恐怖から逃れたのと、あとは単純に仲良くして置いた方が良いと言う思惑からランチに誘ったのだった。

社屋から出てまるで前からそうだったように仲良く話しながらどこに行くかを相談し、駅前の前々から気になっていた定食屋を提案すれば満場一致でそこに向かう事となった。

そこは定食屋と言っても頑固おやじがやっているという風ではなくカジュアルなレストランのような店構えをしている。

けれど店の外に置かれた二つ折りの看板にあるメニューは所謂定食屋だった。

混む時は行列が出来るのを見ていたのだが、礼を誘う訳にも行かず、ただ気にして過ごしていただけのそこに三人で入れば中はおしゃれな佇まいだった。


「なんか予想と違いますね」


と置いてあったメニューを三人で見れるように置きなおして言えば二人はうんうんと頷きそれぞれ食べたい物を選ぶ。

私は迷った挙句ハンバーグ定食で、二人は二日酔いらしくさっぱりとしたアジの開き定食を選んでいる。

注文を終え出された水を一口飲んでから口を開く。


「何時まで飲んでいたんですか?」


そう告げれば田中さんが先に口を開き少し上を見上げながら答えてくれる。


「うーんとね、一軒目はあれから二時間くらいで出て、二軒目はカラオケだったから割と遅くまでみんな居たよ。あたしも明子と終電で帰ったし」


火曜日の飲みにしてはずいぶん張り切ったのだなぁと苦笑いを浮かべていれば頭痛がするのか眉をずっと寄せていた安田さんが口を開く。


「私、電話しませんでした?なんか酔っぱらっててよく覚えていないんですけど、携帯みたら履歴に残っていて」


そう言われてえ?と声を出したのは私と田中さんの二人だった。

覚えていないのかと困惑する私の左側ではあちゃーっと頭を抱える田中さん。


「なんか失礼な事を言っていたらどうしようって心配で……」


本当に覚えていないらしく悪かったという顔をしながら不安そうに言う安田さんに首を小さく振ってから膝の上に置いておいたバッグを開き中からあれを取り出して彼女の前に置いた。

それを見た瞬間彼女は眉をほどきさーっと青ざめて行く。


「お約束通り探しておきました」


とだけ伝えれば彼女は泣きそうな勢いで頭を下げてきてそれを手を振って制止させ口を開く。

間違いなく三人の中の主導権は私が握っているのだと実感しながら。


「大丈夫ですよ、予想はついてましたから。彼にも確認しましたし」


そう告げれば青くなる安田さんの向かいに座る田中さんまで青くなった。

その様子をちらりと見てからうーん?と心の中で思う。


「か、確認ってさぁ、社長に聞いたって事?明子が何したのかっ」


戸惑ったまま聞いてくる田中さんに笑顔で頷いてから、はい、と言えば彼女は冷や汗まで掻き始める。

そのまま会話が途切れたタイミングでそれぞれの料理が運ばれてきて前に置かれたハンバーグ定食に目を閉じてまず鼻で思い切り味わってから割り箸を取っていただきますを告げた。

チーズがかかったそれを箸で割り一口入れればなるほど並ぶ価値はあるかも知れないと思う。

良く練られたそれは柔らかくジューシーでとても六百五十円とは思えない。

付け合わせのニンジンのグラッセも甘くておいしかった。

ふと顔を上げれば二人は箸もつけずに私を見ていてごくんと飲みこんでから口を開く。


「冷めますよ?食べ終わったら話せば良いと思いますけど」


料理はおいしいうちに食べたほうが良いと思って告げただけなのに二人はどうしてかえらくそれに感動して何度か頷いてからいそいそと食べ始め、それを見てからハンバーグ定食に向き直った。







蕎麦屋の出前が来る前に祐樹は俺の部屋に来てどっかりとソファに座り胸元からタバコを取り出して俺に見せた。

灰皿を寄越せと言わんばかりのそれにやっぱりばれていたかと机の引き出しからそれを出して持っていき自分も彼の向かいに座って胸元から同じようにタバコを取り出す。

それを咥えた彼に火をつけたオイルライターを差し出せば彼は何も言わず顔を近づけてタバコに火をつけた。

その火を消さぬまま自分のにも同じように火をつける。


「喧嘩でもしたのか?」


二呼吸ほど煙を吸って吐いてを繰り返してから彼が口を開きそれに煙を吐き出してから答える。


「それに近いかな。飯食べながらでも良い?何かしながらじゃないときっとお前、俺の事殴ると思うし」


半分茶化して半分は本音で言えば彼はタバコを持ったまま俺を睨んでからまたそれを吸い始め、それ以上は何も言わなかった。

彼の俺への立場はもうまるっきり変わってしまっている。

親友の彼女に対して仲良くしている男ではなく、妹と付き合っている男の親友なのだから、そんな事を言えば、俺との関係より妹を心配して当然だろう。

それからしばらくすればまた例の日本語じゃない日本語を話す若いバイトの子が天ぷら蕎麦とかつ丼を持ってきてそれぞれの前に置いて去っていき、割り箸を割りながら口を開く。


「笹川君とね、今、距離を置いてるんだよ」


そう言えば彼は割り箸を割る前に手から落としそれは彼の膝の上に乗った。

それから俺を睨みつけて、てめぇと凄む。


「いや、待ってって。とりあえず食べながら聞いてよ。ちゃんと全部話すから。祐樹はもう無関係じゃないって俺も分かってるからさ、何たって、彼女の兄、なんだから」


割ったそれで天ぷらを出汁に沈めながら言えばそれでも彼はまだどこかで俺と築いてきた関係を忘れてはいないらしくその言葉に素直に従い箸をまた手に取った。


「実はね、笹川君の過去の写真をとある人が持っていてさ。それをネタに脅迫されたんだよ」


そう言えば彼はがばっと立ち上がりその勢いで膝がテーブルに当たり出汁がこぼれた。

せっかく涼がきれいにしたのにと思いながら顔を上げればそこには怒髪天をとっくに超えた彼の顔が俺を見下ろしている。


「んだ、それ。誰だよ、んな事する奴は」


静かにそう言うが語調は荒い。

それを受け流すように海老天をつかんで口に寄せる。

食べる前に口を開いて彼に答える。


「内緒。それはちょっと言えないな。立場的に俺と祐樹からそいつを責めるのはちょっとまずいから。まして業務の内容では無く、私生活の事だからね。祐樹だって笹川君と兄妹だって知られない方が良いんでしょ?」


そう社内の人間だという風に伝えれば彼は力が抜けたようにソファに座りその膝がまた当たってまた出汁がこぼれた。

鰹が効いている出汁がどんどん減っていきため息を漏らしながら海老天を齧って咀嚼する。


「ショックでしょ?俺もショックだったよ。社風は出来る限り波風立てないように楽しく仕事が出来るようにしたつもりだったのに、まさかそんな事になるとは思わなかったからね。でも、笹川君は悪くないでしょ?」


そう言えば彼は小さくあぁ、と呻くように返事をした。

気が抜けたようにのろのろとかつ丼に箸を伸ばしながら顔も上げない。

俺よりずっと部下を大切にしてそれこそ骨身を削って接しているのだから彼のショックは計り知れない。


「でね、脅迫されてさ、相手が望む事をしたんだよ、俺が。それを彼女は許せなかったからそういう事になったわけ。望む事っていうのが何かは控えさせてね。相手を特定する手段になっちゃうから」


多分ここまで言えば彼なら相手が女だと分かってしまうだろうと確信しながら言えばかつを箸でいじっていた彼の動きが止まり顔を上げた。

それから眉を寄せ何かを言いかけるように口を開く。

それに首を振って見せて被せるように先に言葉を出す。


「だから、特定しないでって。これは親友からのお願いじゃなくて上司としての命令。とにかくそういう事になったからさ、余所余所しいとは思うけど何も言わないでね。特に笹川くんには。周りから何か聞かれたら適当にはぐらかしてくれると有り難いよ」


蕎麦を箸で掬い取りながらそう言えば彼はため息をひとつ漏らしてからかつ丼を食べ始める。

俺もそれ以上何も言わずに蕎麦を啜りやがてお互いの丼が少なくなってからようやく彼が口を開いた。


「お前のせいで涼が泣いたら、俺はお前を許さねぇからな。そうなったらマジで退職するぞ。その代わり、涼が泣かないようにするためなら幾らでも力を貸してやる。分かったか?あいつをここまで巻き込んだんだ、ちゃんと責任取れよ」


その言葉に頷いてから溜息を漏らす。

巻き込んだのか巻き込まれたのかは微妙なラインだ。

どっちとも言えるしどっちとも取れる。

だからと言ってそれを後悔した事は無いし、変わらず俺は彼女を愛している。

審判が下される日がいつになるのかは分からないけれど、それを待つしか出来ない。

それならその日に後悔しないよう努めて明るく振る舞うしか出来ない。

彼女に迷惑を掛けないように、そうするしか出来ない。







ハンバーグ定食はすっかり姿を消しました、私のお腹の中へ。

ごちそうさまでしたを言い割り箸を箸袋に戻して箸を斜めに折り返しそれを置けば二人も終わったようで私を見た。

腕時計をちらりと確認すればまだ二十分ほど残っていて、戻るのに五分くらいだから充分話をする時間がある事になる。

口の中に残る味を流すために水を飲みほしてから口を開く。


「言っておきますが、喧嘩はしてませんよ。するだけ無駄だと思うので」


そう言えば二人は怪訝な顔を浮かべた。

そりゃそうだろう、結婚を約束した男女の中に違う異性が入ってきて問題になれば地獄絵図のように罵り合うのが一般的だ。


「だってそうでしょう?昨日お話した事を彼は知っていて私と付き合っているんですよ。私が彼を責められる訳がない」


そう少し俯いて言えば田中さんがぽつりと呟く。


「そっかぁ。そうだよねぇ。そう考えれば二人とも心が広いのかも知んないねぇ」


その新しい発想に思わず目を丸くしてからそれを礼に伝えたいと思った。

そんな風に思われるのなら悪くないとも思う。


「ありがとうございます。ただ、今一時的に別れています」


さらりとそれを伝えればがたんとお冷が入ったコップを倒したのは安田さんで彼女はがたがたと体を震わせ、気付いた店員はダスターを持って駆け寄ってきて拭いてくれた。

代表して私が謝罪をし店員が居なくなってから安田さんは涙目になりながらごめんなさいを繰り返す。

それに物凄く冷たい心になりながら口を開く。


「謝られても消えませんよ。私の過去がどこにも行かないように、貴方と彼がした事も事実として残っているから消えない。酔っぱらって電話をしてきたのを怒るつもりも貶すつもりもありません。けれど、それもまた事実です。私は彼に嘘を吐いたり我慢をしたりするのは止めたんです。だからきちんと話をしてこういう形になっただけなんですよ」


後半は言い聞かせるようになってしまい安田さんはその口を固く閉ざして俯いた。

田中さんだけが気まずそうに食べ終わった皿をじっとりと見つめていた。


「だから安田さんに対しても怒ってません。彼を脅迫したのは許せないけれどそれだけ後悔しているなら、もう、しませんよね?」


そう尋ねれば彼女は何度も頷いてからまた謝罪の言葉を口にする。

それを見てにっこりと笑いながら二人に向けて話しかける。


「本当に悪いと思っていてもうしないと言うなら証拠を見せてください」


そう告げれば二人は顔を見合わせて首を傾げ、安田さんが先に口を開いた。


「それは……何か文書でも残してほしいってこと?」


そう言われて首をぶんぶんと横に振って見せればますます怪訝な顔を二人が浮かべていてそれを見ながら口を開く。


「しばらくはお昼を一人で過ごさないといけないんですよ。それはちょっと寂しいので、本当に悪いと思っているなら安田さんだけでも私のランチに付き合ってください」


そう言えば二人同時にえっ!と声を漏らしそれから顔を見合わせて小さく頷いてから私に向かって同じように同時に頷いた。

安田さんだけと言ったのに田中さんまで頷いたのを見て笑いながら可笑しいと思う。

ただ秘密を知っているだけならそんな風に顔を見合わせたりしない。


ひょっとするとひょっとするのかも、しれない。

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