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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十四話 俺と雛子
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14-8 なかなおり ふたりのぎもん かのじょのこいびと

電話を貰ってから三十分もしない内に祐樹さんは社長室にいつものようにノックと共にドアを開け現れた。

下のフロアには寄っていないらしく手には鞄、コートも着ている。


「たっだいま」


そう言う彼に顔に笑みを浮かべてから立ち上がり頭を下げて礼にするようにおかえりなさいを言えば、彼は俺も秘書を持とうかななんて言い始めた。


「今日、礼は遅くなるだろうからよ。飲み行こうぜ、みんなで」


鞄も置かずに入口に止まったままそう言われ、え?と返せば、彼が笑いながら言う。


「だから、飲みだよ。飲みニケーション。優しいお兄様が奢ってやっから。まだ残ってる奴ら居るからさ、そいつら誘って、駅前にすげー安い店があんだよ。礼はな、そこがあんまり好きじゃねーの」


矢継ぎ早に言われうんうんと頷いてから衝立の向こうに行きコートを羽織ってからソファに戻り鞄を持つ。

それから入口に立つ彼の元へと駆け寄って告げる。


「それではお兄ちゃんのお勧めのお店に伺う事にします。……礼とはいつも高い所ばっかりだから、たまにはそういう所、行きたい」


彼はその言葉を文字通りに受け取ってくれて、にやりと笑って、だろう?とだけ言い先に部屋を出た。

続いて電気を消してから廊下に出てしっかりと戸締りをする。

二人揃って下のフロアに行き、タイムカードを順番に押してから彼が残っている面々に声を掛けた。


「今日はノー残業デーにするっ!飲み行く人ー!!」


そう声を掛ければ残っていた数人は次から次へと手を上げた。

それからいそいそと支度をしみんな揃ってエレベーターに乗り込めばひとつ下のフロアでそれが止まり、そこで働く二人が驚いたようにこっちを見た。


「お、安田と田中か。お前らも来いよ」


そう言えてしまうのは祐樹さんの人柄なんだろう。

ちょっと気まずいと思ったけれど言えずに少し俯けば安田さんも同じように俯き、田中さんがそれを見ていた。


「ん?都合わりーのか?なら、無理にとは言わねーけど」


落ち込んだように言う祐樹さんに先に返事をしたのは田中さんで安田さんを引っ張りながら行きます行きますと明るく言い放ちわたしと安田さんはほぼ同時に顔を上げた。


「じゃ、決まりだな」


そう嬉しそうに言う祐樹さんの言葉にドアを開けていた社員がそれを閉めてそのままエレベーターはノンストップで一階まで降り立った。

先を歩く彼らに少し遅れてわたしと田中さんと安田さんが続く。

歩幅が違うのだからそうなったのは必然のような物だった。


「笹川さんっ」


と腕に絡まってきたのは田中さんで一度か二度しか会っていない彼女のその行動に思わず足を止めれば、それに合わせるように安田さんもそうした。

三人だけどんどんと引き離され、けれど前をあるく集団はそれに気付いていない。


「……えっと……何でしょうか」


物凄く気まずいと思いながらそう形式的に尋ねれば田中さんは安田さんを引っ張ってくる。

安田さんはそれを少し抵抗しながら引き摺られ、田中さんはわたし達の手を片方ずつ握って無理矢理重ねさせた。


「ほら、仲直りして。今日だけでも良いからさ、せっかく黒井さんが誘ってくれたのに険悪な雰囲気は無しね?二人とも大人なんだから出来るっしょ?」


そう言われ彼女は全部知っているのだと思う。

そう思った瞬間によく分からないもやもやした物が浮かんだけれどそれを考えるより前に安田さんが頭を下げた。


「昨日はごめんなさい」


その言葉が昨日のどれを指すのか分からなくて、それでも、こうして年下のしかも恋敵だった女に謝る彼女に反抗する事なんて出来なくて、作り笑いを浮かべて告げる。


「大丈夫です。気にしてませんから。……また今度ご飯でも行きましょう」


お世辞と本音が半分づつ入り混じったその言葉にほっとしたように彼女が顔を上げ、それを満足そうに見守っていた田中さんがわたし達の手を引いて走り始め引き摺られるように彼らの後を追った。


ついさっき浮かんだもやもやは田中さんの明るい姿に、その姿を消してしまっていた。







「で、証拠って何なの?」


二度目の乾杯をして一口づつ飲んでから雛子がそう聞いて来て、グラスを置いてサラダの器に立てかけられたフォークを取る。

それから横に置かれた牛肉の赤ワイン煮にそれを伸ばして一口大に切られた物を刺して少し汁気を切ってから口に入れた。


「写真」


ごくりと飲んでからそう告げれば彼女は目を見開いてそれから眉を寄せた。


「何でそんなもんあるんだよ。それも彼女の趣味なわけ?」


嫌悪を含ませた言い方に首を振る。

彼女が俺を怒らせようとしている訳じゃないのは分かっている。

常識的に考えればそんな物を残すのは馬鹿な奴がやることだと言いたいんだろう。


「違うよ、前の男の趣味。そいつの携帯にしか無いと思っていたんだけど、ね。流れているみたい」


そうフォークを手の中で遊ばせながら告げれば彼女はますます眉間に皺を寄せた。

苛立ったように赤ワイン煮にフォークを伸ばし、汁が垂れるのも気にせず口に運び、水滴は道筋のように彼女の元へと伸びた。


「何だよ、それ。その男最低じゃねーか」


吐き捨てるように言いごくごくとワインを飲み、デカンタに残ったワインを注いでやればそれもごくごくと飲みほした。


「そう思うけどね、でも、彼女の話からするとそれもちょっとおかしいんだよ」


そう告げてテーブルの中央に置かれた大きな手持ち型の鐘をカランカランと鳴らす。

電子化が進む現代でこんな方法を取っているレストランがあるなんてね、と思いながらそうすればすぐに鈴村が入ってきて空になったデカンタを引き取り、新しいそれを持って来た。

今度は二人とも笑みは浮かべず視線を少し下に落としたままそれが過ぎるのを待った。


「おかしいって、何だよ」


新しく来たワインを彼女のグラスに注げばその最中からそう言われ、珍しいと思いながら口を開く。

どんなにマナーを重んじてなくても相手が自分の為に何かしている時は黙っているのが暗黙の了解だった。


「彼女曰く、そいつは狡賢く狡猾で自分の身が危なくなるような事をしないと言うんだ。彼女はそいつが流したと思っているけれど、さ。ちょっと考えれば矛盾に行きあたると思わない?」


そう聞けば雛子は顔を顰めたまま顎に手をやりそうしてずいぶん考えた。

けれど、佐久間の英才教育を俺ほどじゃないにしても受けているのだから分かるだろうとそのままグラスを傾けながら待てば小さくあっ、と呟いてこっちを見た。


「確かに、そうだな。インターネットなんかに流したらそいつの身が危険になるな。石橋を叩かずに渡るようなもんだ」


眉間の皺を解きそう言ってくる彼女に頷いてからグラスを置いた。


「そう。だってしている事はレイプ同然なんだよ?その証拠をわざわざ残して、彼女が訴えようと思い立ったら自分からそれを差し出しているような物じゃない。そんな事をしないと思っていたのかも知れないけれど、それなら……もっと知られているだろうと思うんだよ。何せ素人の無修正画像、しかも尋常じゃない程の過激な物なんだから、いくらでも出す所に出せるでしょ」


そう当人が居ないのを良い事に酷い言い回しで平然と言う。

心の中ではそう言ってしまう事すら嫌で、胸が痛くなった。


「確かに、そうだな。馬鹿ならそれで金儲けするだろう。というかその言い方だと礼が確認したそれの絶対数は多く無いって事だな?」


そう彼女がフォークを持ってそれを上下させながら言いただ頷いて見せた。

話が早くて、本当に助かる。

あまり思い出したくない話は苦痛以外の何物でもない。

雛子でなければ絶対に話したりしない。


「そう、か。で、礼が確認したのはいつ?誰に、そうされた?」


そう言われ第二の疑問を告げる。

余りにピンポイント過ぎるのは安田に見せられた時に思っていた。

そんな都合よく、社内の人間がそれを発見出来るとは思えない。

素人の過激な無修正画像がインターネットに流れていれば五十人も居れば一人二人は見ているはずなのにそんな話は聞かなかった。

まずそんな話が出たら俺より祐樹が先に怒髪天を迎えて居ただろう。


「昨日の夜、七年前に雇った子から。それも一枚だけ見せられた」


そう簡単に言えば彼女はふーんとまた考えこんだ。

きっと同じ事を考えているだろうと溜息を吐いてから赤ワイン煮をまた食べる。

もう汚れてしまったテーブルクロスを気にする必要は無いと汁を滴らせ二本目の道筋を作った。


「ちょっと探してみたりしたんだろ?」


そう言われ頷いた。

涼には言っていないがその手のサイトを仕事の合間にこっそりと見ていた。

適当に連想されるキーワードを入れれば、彼女に似たような感じの子が明らかにそうさせられているような画像がたんまりと見つかった。

彼女らは皆一同に嫌がっている振りをしている。

その証拠に写真は鮮明すぎた。

綺麗に撮られ過ぎているそれと一般家庭にあるデジカメや粒子の荒い涼のそれとは明らかに一線を置いていた。


「と、言う事は……その男から貰ったのか、それとも違う手段で手に入れたのかどっちかだな」


やっぱりそう思うよな、と思い顔を上げて彼女を見ればその顔は少し心配そうに眉が下がって居た。

何だかんだ言っても俺の協力をしてくれようとする彼女は信頼出来る人で、性別やそういうつまらない物を抜きにして愛している。

涼に向けるそれとは違うそれは家族愛に似ているのかも知れない。


「ただ、どうやってそれを探ろうか悩んでいるんだよ。会社のトップがあからさまに目星を付けた相手を疑って掛かる訳にも行かないからね、信用問題だし。となるとどうしたって及び腰になっちゃうんだ」


肩をすくめてそう告げれば彼女はふーんと言いながらワインを一気に飲み干し、それから尻のポケットから茶色の牛革のシンプルな長財布を出してその蓋を開け一枚のカードを俺の前に置いた。

それを見て正直言葉を失いそれと彼女を交互に見てしまった。


「なら、俺がそれ探ってやるよ。俺自身がでは無いけどな。子供を産むって言ってくれてんだから、それくらい頼めばやってくれるだろう、きっと」


げふっとげっぷをしながらそう言われまたも驚いて今度は彼女を見たまま固まった。

まさか、自分も持っているそれをこの場で、しかも雛子の財布から見るとは思わなかった。

それも彼女の恋人だとこんな風に告げられるとは思っていなかった。

恋人が女であるのは分かっていたけれど、こんな身近に居るとは本当に思っていなかった。


目の前に置かれた名刺には、株式会社佐久間商事の名の元に、労務管理課田中美沙と記してあった。


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