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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十三話 わたしと兄
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13-24 俺と吐き気とわたしと振り袖

わたしの取り出したその小さな箱、『お菓子』を二人が見守る中テーブルの中央にそっと置く。

本当は最初は礼に話すつもりだったけれど、祐樹さんに渡すという建前もあるし、話が途切れてしまうくらいならと出してしまった。

二人はわたしが置いたそれを見てからわたしの顔を見る。


「さっき祐樹さんには伝えたんですが、今日、アタルさんがいらっしゃってこれを置いて行かれました。今、開けますけど……過剰に反応しないでくださいね。きっと御近所迷惑になりますから」


中身を知ってるのはわたしだけで、誰だってこれからあれが七つも出てきたら驚くだろうと思い二人の顔を順番に見る。

同意の形を二人から得られてからその箱に手を伸ばし包装しを丁寧にはがした。

中身を開けていないから本当に入っているか分からない。

もしかしたら狸か狐に化かされて中に入っているのは一枚の木の葉かも知れない。

包装紙を取り自分の膝の上にそれを下敷きにして箱を乗せ白い紙箱の蓋に手を掛けた。

さすがに緊張しひとつ息を吐いてからそっと上に蓋をずらしていく。

特有の引っかかるような空気の抵抗を感じ途中まで一緒に上がっていた箱の下の部分がゆっくりと蓋の部分と離れていきそこにはそれが居た。

もちろんモロそれではなく、白い薄い紙に纏めて包まれたそれ。

けれど薄い紙故に下が透けて見えている。

最初に反応したのは由香里さんで、彼女は思わず口を押さえ、祐樹さんは息を飲んだ。

蓋をソファの手置きとわたしの間に挟んでからその薄い紙を剥がしてみせた。

緊張はピークに達し胸がうるさい位に鳴っている。

こんな大金、わたしだって見た事が無い。

数字の上ならもっとすごい額を礼の通帳で見たけれどやはり実際にそれがあれば感覚的に全然違う。


「……これをアタルが?」


その尋常ならざる空気を破ったのは祐樹さんでわたしを見てそう聞いてきて小さく頷いた。

それから冗談めかしたように口を開く。


「でも、残念ながら半分以上はわたしの何です。祐樹さんの分はこちらです」


手を伸ばしひとつに纏めてあるそれから二束取り上げて彼の前にゆっくりと置いた。

二人はそれを見守ってから顔を上げる。

残りのそれに蓋をしてから二人を交互に見た。


「後はわたしの、です。明の、わたしを凌辱した男からの慰謝料という名目でいただきました」


そう言えば二人は黙ったまま顔を見合わせてから重々しく祐樹さんが口を開いた。

その顔には喜びと苦みが入り混じっている。


「本当の所を言えばすごく嬉しいんだけどよ、でも……な。何て言うか複雑だ。これはお前の犠牲で成り立ってるんだろ?」


それに首を振って笑顔を浮かべた。

それからアタルさんの言葉を借りて言う。


「謝礼と彼は仰っていましたが、不要ならどこかに『寄付』してください。それが一番いいと思います」


わたしの言葉を受けて手を伸ばしたのは由香里さんで彼女はそれを素早くとってわたしに頭を下げた。

それからゆっくりと口を開く。


「祐樹には黙っていろって言われたけれど」


その言葉に呆然としていた祐樹さんが顔を上げて由香里さんを睨んだ。

それを彼女は物ともせず続けてしまう。


「涼ちゃんを助けるのに五百万、払ってる。だから正直言えばまだマイナスだから。でも戻ってくるなら私は素直に受け取るわ。涼ちゃんにその差額を貰おうとは思わない。祐樹が佐久間さんにすら請求出来なかったんですもの。それを請求するのは間違っていると思う。だからこれだけでも満足よ。懐に入れずちゃんと渡してくれてありがとう」


頭を下げた彼女のその言葉に何も知らなかったわたしは本当に驚いて何も言えず、けれどここでもう百万渡すのも彼らの想いに反してしまうようでそのまま箱を取り上げ鞄へとしまった。


それならば違う形できちんと二人に渡したい。

ついでのようにわたしからの感謝を渡すのは少し嫌だ。

二人はそれきり何も言わずわたしはその空気が怖くてすっかり冷めきったオレンジルイボスティーを一口飲んだ。







「しゃ、社長っ!せめてシャワーくらい浴びさせてください」


と、俺に両手を掴まれたままの安田が言いそれを笑みを浮かべて首に振る事で断りそのまま自室へと連れていった。

あれから彼女は嬉しそうに俺が出した条件すべてに対し頷きながらわかりましたと言いそれを受けて席を立ち彼女の元へと行ってそのてかてか光る気持ち悪い唇にキスをした。

それから立たせてもう一度濃厚なそれをし、両手を掴んで抱きよせた。

その後、ここじゃ嫌でしょう?と聞けばさっきの言葉が飛んでくる。

自室のドアを開け先に彼女を入れてから後ろ手にドアを閉めた。

明かりを点け戸惑うその体を後から抱きしめる。


「本当に良いんだね?こうしたら君はもう戻れないよ?」


辞表の件にしろ脅迫にしろ、俺が彼女を抱く事にしろ今ならまだ引き返せる。

違う方法で彼女の口を閉じさせる事だって出来る。

けれど彼女は小さく首を縦に振りそれに息を飲んでそのまま抱きしめてベッドに体を沈ませた。

服を脱ぎ彼女の体に圧し掛かり、彼女の服を脱がせる頃には何も思っていなかった。

思えなかったのかもしれない。

考える事を脳が全力で拒絶し、そのまま、ただ、人形を抱くように彼女を抱いた。

俺の腕の中で甘い声をあげるその女は涼と全く違っていて嫌悪感がますます増していく。

涼はいつも恥じらいを忘れなかった。

最初でもホテルでも、恥じらい、それからあの男に作られた『彼女』が顔を垣間見せる。

それはすぐに消えまた恥じらうその涼を抱くのは嫌じゃない。

どちらも俺にとっては愛しい人に代わりは無いから。

けれど、今俺の下で甘い声を出し続けるこいつは違う。

事が進めば進むほど忘れていた感覚が、ヘドロが蘇り、水の奥底に沈んでいたそれは確実に掻き混ぜられ、澄み切っていた水を濁らせた。




「君の望むようにしたから、帰って。鍵は開けて置いていいから」


事が終わり汗ばんだ体でそう告げれば彼女はのろのろと体を動かし俺に抱きつこうとする。

それを彼女に背を向けるようにして防げば嗚咽をその場で漏らし、ひとしきりそうしてから部屋のドアが閉まった。

ずっと我慢していた吐き気は確実に形になって俺の喉元を襲い、そのまま口を押さえて布団に潜り込んだ。


ホテルで豹変した涼の時とは少し違い、もっとひどい。

汚くて臭くてそれでいてちっとも無くならない、それが、俺の中から大量に溢れだそうとしている。

玄関の閉まる音と共に全裸で部屋を飛び出し、すぐ側のトイレに駆け込んだ。

手を外し便器を抱え込み、自分の体の出したいという欲望に任せてすべて吐きだす。

何度も餌吐きしばらくそうしていれば涙が溢れた。

どうしてこんな事しているんだろう。

どんな理由があったって他の女なんか抱きたく無かった。

涼に言えないような事をしたく無かった。

彼女の為だなんて都合の良い事を言っているだけだと。

交渉もせずただ安田の言葉に流されて一番簡単で確実な方法を選んだ自分に嫌悪感が浮かび、また餌吐いたがもう、何も口からは出なかった。







あれから何となく気まずくなり、けれど、二人は何も無かったようにテレビを見ながらわたしに話し掛け、段々と空気は元に戻った。

由香里さんがお菓子を出してくれて三人でそれをむしゃむしゃ食べながら会話が弾んでいる。


「で?涼ちゃんは何着てくるの?」


話はやっぱり間近に迫った結婚式についてになり、当日の披露宴のお料理の話なんかをしていればそう聞かれうーんと小さく唸る。


「正直なところまだ何にも。まだお給料も頂いていないので、無い袖は振れないと言った所です。実家から着物を借りようか迷っていて」


そう告げれば由香里さんは目を見開いてから嬉しそうに笑う。

祐樹さんがそれに怪訝そうに顔を歪めた。

彼はあんまり話に入って来ない。

どちらかと言えばわたしと由香里さんが話しているのをずっと聞いている。


「良いじゃない、着物っ!もちろんお振りでしょ??見たいなぁ、涼ちゃんの振り袖。何色?」


そう言われうーんと言いながら携帯を取り出し確かあったはずと写真を探し出す。

実の所を言えば成人式には着て居ない。

その次の年にこっそりと実家に帰省し写真だけでも撮ってほしいというそれに負けて一度着ただけだ。

とてもじゃないけれど成人式にそれを着るような精神的余裕は無かった。

卒業まで忙しいと両親には言い訳をしてわたしは当時沙織の家に居た。


「ありました。こんな感じの……。朱色ですかね。母の持っていた物をそのまま着せてもらったので」


そう小さな画面を隣に座る彼女に見せれば俺もと祐樹さんが立ちあがりかけた。

それを見た彼女は小さく声を漏らしてからぱたんと携帯を閉じて首を彼に振る。

えーっと不満げに言いながら手を伸ばすその手をぴしゃりと叩いた。

携帯をわたしに戻しながら彼女はそのままわたしの手を両手でしっかり握る。


「涼ちゃん!」


あまりの気迫に思わず、はいっ、と返事をすれば彼女は本当に真剣な顔をして言った。


「絶対に振り袖で来て頂戴。祐樹にそれくら見せてあげて。私もちゃんと生で見たいし、涼ちゃんが着てくれれば場が華やぐわ」


そう言われてまでドレスで行くとは言えず、小さく頷いてから笑顔を浮かべて返事を小さくした。

その時携帯が音を鳴らして三人一緒にびくっとなり、彼女の手から戻ってきたばかりのそれを開けば待ちわびた人の名が表示されていてこの家に来てから一番幸せそうな顔をしてそれを耳に当てた。


「もしもし」


そう告げれば今度は確実に礼が間を置いてから一言耳元で囁いた。


『ごめんね、涼』


とだけ、一言、小さく呟いた。


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