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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第四話 俺と彼女と仕事
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4-2 私と彼と新聞

お風呂沸きましたよ、の声分かったとだけ返す。

携帯の画面をじっと見つめて目を離さないまま。

見ているのは株価だ、それから外国為替相場。

つまり一ドルいくらかっていうあれだ。

外貨のチェックは仕事のひとつだ。

それによって会社の業績は大きく左右する。

正月早々とは自分で思うものの、チャンスは逃したくない。

だいたい祐樹だって見ているのだから、見ていなければ年明けに目玉を食らう。


まあ大体変わらずだなと画面を閉じる。

あんまりこういう姿は見せたくない。

現実的過ぎると思う。

大きく伸びをしてから携帯のサイドボタンを長押しして電源を切る。

ブーっと低く唸ってから沈黙したそれを放り出して軽く着替えてからドアを開けた。


「先に入らなくていいの?」


洗面所で洗濯物を洗濯機へと押し込んでいる彼女にそう尋ねれば、お掃除が洗濯物がと返ってくる。

確かに脇にどけてある籠には一昨日干した洗濯物がどっさりと鎮座していた。

それは風呂を沸かす前に取り込んだ分。


「正月くらいゆっくりすれば良いのに、真面目だねぇ」


と返し上着に手を掛けると彼女が慌てて出て行った。

真面目、ね。と服を脱ぎながら思う。

素っ裸になって風呂場へ向かう。

昨日のままの白濁とした湯は湯気を立てている。

手桶でそれを体に掛けてから体を沈める。


真面目なのはどっちもどっちだよなぁと思う。

俺も彼女と一緒で仕事から離れられていない。





昨日は新聞がお休みだったからと覗きもしなかったポストにはもう新年の一発目のそれが入っていて、細く開けたドアから手を伸ばして引き抜く。

一年を通してあまり変わらない紙面をじっと見ながら歩く。

何も置かれていない広い廊下はもう勝手知ったるなんたらでぶつかる事もなく、リビングへとたどり着いた。

ぱらりぱらりと私の体には少し大きいそれをめくる。

父がやっていたように縦半分に折って見ていく。


かつて見聞は必ず広めなさいと母は子供の私に色々な本を買って与えた。

推理小説にファンタジー冒険小説、伝記に恋愛小説。

料理本にことわざ辞典に、漢字辞典に、果ては分厚い百科事典まで。

だから文字を追う事は嫌いじゃない。

むしろ好きな方だ。


経済に関する記事が多めのそれを目で追う。

よく分からない言葉も多いがそれでも内容は頭の中に入ってきた。

ちょうど真ん中辺りに来て目が止まる。

新年という事で特集されている記事。

それは今後の日本において活躍していくであろう人物、主に若手の社長を特集していた。

見開き二ページに渡る特別企画だ。

そこにたった今、風呂に入っている彼の名がある。

インタビュー形式のそれは読む者を引き込むのには充分な効果がある。

書き方が何より上手い。

その上笑った顔が白黒だけれど載っている。

文章の内容よりずっとその写真の方が印象的だった。

それだけで彼の好青年振りがよく出ているし、何より風格というかオーラという物が現れている。


こんな顔するんだ、と思う。

普段私に見せない仕事をする彼の姿。

それからじっくりと記事に目を通せばある一文で目が止まる。


うーんと小さく声を漏らしてそれをまた見る。


こんなのはフェアじゃないと思う。

それにこの取材を彼が受けたのは私と付き合うよりずっと前だろう。


悪い事はしていないのに何だか秘密を垣間見てしまったような気がしてそれを閉じてから表紙を上にして四つ折りにしていつもの位置へと置いた。






上がって彼女と入れ違いになる。

お風呂いただきますと言うその姿に手を振って送り出し、用意してくれていた冷蔵庫から出したばかりのミネラルウォーターのボトルを開けた。

ごくごくと傾けて口の端から零れるのも気にせずに飲む。

流した汗の分の水分が体に染みていく。

半分ほど飲み脇へと置き、新聞へと目をやり手に取る。

手にとって、おや、と思う。

新聞とは不思議な出版物で配達された時は綺麗な折り目なのに一度でも崩してしまうとそれは元に戻らない。

どうしたって重ねた紙に空気が入って膨らんでしまう。

故に誰かが読んだ後がついてしまう。

綺麗に四つ折りにされているそれの元々折れている方を見る。

やっぱりだと確信する。

角が丸く膨らんでいた。

彼女がそんな事をするのは初めてだ。

話題を振れば考えを述べたり俺に聞いてきたりする位だから、出社した後に読んでいるのだとは思う。

けれど、決して俺より先に読んだ事は無かった。


まぁいいかと気にしないで両手いっぱいに開く。

一度開かれた跡のあるそれはいつもより捲り易い。

流し読みをして気になった記事はちゃんと読み、他は流して、ちょうど紙が重なる中心部まで来た所で手を止めた。

そこに居るのは著名になりかけてる同じような立場の何人かの人間と、俺だ。

白黒だけれどきちんと各個人の顔まで載せてくれている。


「そういえばこんな取材受けたな」


そうだった、そうだったと思う。

確か12月に入る少し前だった。

お忙しい所ありがとうございますとお礼を言われて思ったよりも話が盛り上がり予定を大幅にはみ出して、自分より年上の記者と話した事が思い出された。

まぁいいかとそのページを捲ろうとしてもう一度見た。

インタビューの内容は今後の会社の方針やら来年の抱負やら、だ。

そこに冗談めいて言った言葉がしっかりと印刷されている。


プライベートよりも私は仕事を優先しますから、と佐久間氏は満面の笑みで語ってくれた。


何度も見返してそれを言った記憶もある事に盛大に溜息を吐いた。

昨年の記録を超えそうなそれはにこやかに営業スマイルを作った俺の顔にぶつかった。

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