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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十三話 わたしと兄
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13-17 わたしと彼とお客様

何だかんだ言っても礼が会社に戻ってきたのは十六時を過ぎて居てだらだらお茶を飲んだり肩を揉んだり二度目のお昼を遅いおやつ代わりに頂いていたらあっという間に終業のベルが鳴った。

ようやく取りかかった仕事をしていた彼が顔を上げ一言告げる。


「お疲れ、上がっていいよ」


これはいつものやり取りで、彼がそう言い立ち上がらないという事は残業をしていくという合図で、資料を纏めていた手を止めて小さく頷く。

本当は残って手伝いたいけれど彼と交わした約束の中によほどの事が無い限りはわたしは残業してはいけない事になっている。

家事を優先したいというわたしの希望と、家事を優先して欲しいという彼の希望は物の見事に一致した。


「ではお先に失礼致します」


身支度をして頭を下げてそのままドアへ向かう。

いつも思うけれど変な瞬間だ。

どうせ数時間後には家で会うのに、まるでその日は会わないような別れ方をする。

彼はいつも通り何も言わずわたしの言葉を受けて顔を書類へと戻しそれを見届けてからドアを開けた。

一階までエレベーターに乗り、乗り合わせた社員のみなさんと軽く話しながらそれを降りれば、受付カウンターに座る受付嬢の鈴木さんが受話器を挟んだままわたしを呼びとめた。


「さーさーかわーさーん」


大声に立ち止まればみなさんも同じように立ち止まり何だ何だとわたしを見てくる。

何も分からず首を振ればカウンターから出てきた彼女がロビーに置いてあるソファを指差した。


「お客様ですよ、笹川さんに。社長に聞いたら今帰った所って言われて。間に合ってよかったー」


そう言われ、んー?とそっちを見ればその後ろ姿に見覚えがあった。

きっちりと撫でつけた髪に黒いスーツ、今日は白いマフラーを巻かずに垂らしている。


「あっ!!!」


思わず声を上げれば彼はゆっくりと振り返りにやりと笑った。

もっともサングラスに隠された瞳までは見えなかったけれど。

その人を待ちわびていたのは確かだった。

みなさんに別れの挨拶をして掛け寄れば彼は立ち上がらずわたしを見上げた。


「よう、お姫様、久しぶりだね」


手を上げるその人こそわたしの中でヒーローになってる人だ。

頭を改めて下げてお礼を言う。


「その節はありがとうございました。お礼もろくに言わず失礼致しました。

改めまして笹川涼です」


わたしのその言葉に彼が立ち上がり同じように頭を下げる。

そういう筋の人にしか思えなかった彼のその行動に面食らう。


「あの時はろくに話せなかったからな、ちぃとばかし堅気な仕事じゃねぇんで、名前はアタルってだけ名乗らせてくれ。よろしくな」


顔を上げたその顔はにやりとまた笑っていてそれに思わず吹き出した。

それからちょっと話があるんだという彼の言葉に大丈夫ですと答え、一度上に戻らせてもらう事にする。


「後から何かあると面倒ですから、きちんと……彼に断ってきます。あとはお返ししないといけない物も上にありますので、お待ち頂けますか」


そう言えば今日は暇だから構わないと彼が告げソファに座るや否や駆け足でエレベーターに向かった。

もうだいぶ人も少なくなっているせいかすぐにそれは到着し開くドアが開き切る前に乗り閉めるボタンを連打する。

最上階まで直通でお願いして開いてから礼が居るそこに駆け寄りノックもせずに開けてしまった。


「……どうしたの?」


突然の事に彼が目を丸くしてわたしを見ていてはぁはぁ言いながら説明をすれば笑いながら立ち上がり部屋の隅に置かせて貰っていた紙袋を持ってきてくれる。


礼にはあの後すぐに誰が助けてくれたのか、名前を聞き忘れたけれど祐樹さんのお友達みたいだった事、その人がコートとマフラーを貸してくれた事、助けてくれた事、親切にしてもらった事を話した。

その筋の人のようでしたと言えばふーんとひとつ漏らしてからコートとマフラーは俺のスーツと一緒にクリーニングに出して良いと言ってくれ、出来あがったそれを運んでくれたのも彼だった。

それなりに感謝してるんだよ、どんな仕事の人でも、と彼は言いそれを社長室の隅に置き、来るならここでしょ、と二人で待ちわびていた。


「俺も行った方がいい?」


上司としてではなくわたしの婚約者としてという意味で彼が言いそれに首を振る。

それからはーっと大きく息を吐いてから口を開く。

ようやく呼吸が落ち着いてきた。


「大丈夫です。でも、何かお話があるみたいなので、もしかしたら御夕飯は作れないかもしれません。あ、間違ってもそういう事をするような方じゃないですから。終わったら連絡しますし」


手をぶんぶん振ってまるで言い訳のように言えば彼はあははっと笑ないがらわたしの肩に手をやってからくるりとわたしの体をドアの方に向けた。


「大丈夫、分かってるって」


わたしの体越しに彼が長い腕を伸ばしそっとドアを開けてから顔を下に向けて曲げてわたしがそれを見上げるその顔が近くて思わず赤くなり、彼はまたくすくす笑いながら額にそっと口付けてからわたしの背を押した。


「じゃあ、気をつけて。何かあったら連絡してきてね。あんまり遅くなると先方に失礼だから、もう行きなさい」


ぶわっともっと真っ赤になり逃げるように彼の元から去ってエレベーターを呼び、ちらりと見れば手を振ってくれていて小さく振り返せば彼はそのままドアを閉めた。



「お待たせしました」


再びアタルさんの元を訪れ頭を下げれば彼が立ち上がりだいぶ人の通りが少なくなったロビーを二人で横切り外へ出る。

今日も車なのだろうかと思い歩き始めれば彼はわたしを見下ろして言う。


「思い出すと嫌だろうと思ってね、今日は手下ぁ置いて来たんだ。どっか喫茶店でも入ろうや」


そう言う彼の顔は目元は見えないけれど穏やかで、やっぱりこの人も優しい人なんだなぁと嬉しくって笑ってから頷いて口を開く。


「ありがとうございます」


その顔を見て彼は一瞬立ち止まりそれから駅の方へ向かって歩き始めた。

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