4-1 俺と彼女と仕事
俺と彼女と仕事
ふと目が覚める。
もう朝だ。
朝の5時を時計が指している。
素肌に感じる羽毛布団と洗ってある清潔なシーツと、それから。
隣で寝る小さな彼女の体。
滑らかな陶器のような肌にそっと手を置く。
腰の下の辺りに手をやって、それを抱き締める。
ゆっくりって言ったのにと真っ赤になったまま呟いた声がまだ耳に残ってる。
体ごと抱き締めて形の良い頭、後頭部にそっと口付けする。
そのまま顔を埋めて反対側の手で布団を手繰り寄せる。
こんな風に出来るのは今だけだ。
あと数日すればまた分刻みのスケジュールが待ってる。
彼女はそれに耐えてくれるだろうか。
こんな風に付き合ったばかりに一緒に居る時間が長いとその後が怖い。
いくら寝食を共にしていたって一日で会える時間は数時間だ。
その半分以上は睡眠時間になってしまう。
はぁっと溜息を吐くと彼女はくすぐったいのか小さく呻いてから目を覚ました。
鼻先から彼女の頭が消える。
その代わりに現れたのは小さな顔。
俺を見た瞬間に真っ赤になって俯く。
「おはよう」
その姿がまぁ通常運転で思わず笑みを漏らした。
目を白黒させながら途切れ途切れに挨拶を返してくる。
「もう少し寝てても構わないよ」
そう言ってやると首を振る。
髪が胸元に当たってくすぐったい。
「そう?じゃあ一緒にお風呂でも入る?」
冗談めかしてそう言うと彼女はますます真っ赤になって俺の顔を両手で押しやった。
冗談だよ、冗談という彼にぷんすか怒りながら脱がされてパジャマを布団の中から拾って布団の中で着る。
まだ薄暗い室内では見えないとは思うけれどやっぱり恥ずかしい。
体が隠れたのを確認してそっとベッドを出る。
「お風呂、沸かし直しますけど、一緒には入りませんから」
ぷいっと横を向いてそう告げて部屋を出た。
ドアを後ろ手に閉めた瞬間だーっと座りこむ。
いやいや、無理。
絶対、無理。
お風呂なんてとんでもない。
物凄い恥ずかしくてもう死にそうだ。
声を出さないように両手で口元を覆って呻く。
騙されたとは言わないけどやっぱり昨夜の事は、自分が捲いた種なのに、もう、どうしたら良いのか分かんない。
全身を覆っているのは嫌悪感では無い、羞恥心だ。
そして有り余る程の幸福感。
全然違うんだ、そういう関係を持った後と前って。
そう思って立ち上がり、風呂場へと向かう。
パネルの追い炊きを押す。
ドアを閉めてリビングへと向かう。
止めてあったエアコンを入れてキッチンへ向かいポットに水を足す。
カーテンを開けてはみるもののまだ全然暗い。
仕方なくリモコンで蛍光灯を点ける。
一瞬で昼間よりも部屋が明るくなる。
佐久間礼は私にとって初めての彼氏じゃない。
だから所謂、初めてでは無かった。
でも彼との行為は全然違っていたんだ。
かつて尽くすだけ尽くしてゴミを捨てるように私を捨てた男とは。
「こんなに幸せなものなんだ」
高校からの友達が早々と体験して言っていた言葉を思い出す。
している時は勿論気持ち良いんだけど、それ以上にさ、言葉とか仕草とかじゃ埋まらない心の隙間が埋まっていく気がするのよ。
本当だと思う。
だってこんなにも幸福で思い出すだけでも嬉しくなるなんて初めてだったのだから。
これは危険だと思う。
もっともっとと欲張りになってしまいそうな気がするんだ。
壁に掛けてある昨日お目見えしたばかりのカレンダーを見つめる。
昨日が元日で今日は二日だ。
明日が終わったら彼はまた仕事に戻ってしまう。
はぁっと小さく溜息を吐く。
この甘い甘い幸せな時間は時限爆弾のようにカウントダウンを確実に始めている。
だから心配になる。
この休暇が終わってしまったら、元の生活に戻ったら、私の存在は彼の重荷になるのでは無いだろうかと。