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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十三話 わたしと兄
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13-3 涼と祐樹とリーダーシップ

はいっ、と差し出しだされたペラペラなA4サイズのコピー用紙より涼の顔を見てしまった。

浮かんでいた表情は真顔だったと思う。

俺はさっきA地区の1から15と伝えたんだ。

まだ入って二週間の彼女にハウスルールを使うのはよくないと思ったから。

でも彼女はしっかりとA地区前班ですと言った。


「佐久間さん?早くっ!時間無いですってっ」


ほら、ほらと言わんばかりに差し出してくるその手より紙よりやっぱり涼を見た。

眉を片方だけ上げ俺を睨んでくるそれに思わず笑ってしまう。


そっくりだ。

焦ると暴言を吐く姿も片眉を上げて怒る姿も、そして恐ろしく頭の回転が速い所も。


「さ、く、ま、さ、んっ!!!」


ダンダンと足を踏み鳴らす音で我に返る。

彼女の怒鳴り声が大きくて他の社員みんなこっち見てるじゃん。

そんな所までそっくりかよ。

非常事態なのに遂には笑いが込み上げてくる。


「……っぷ……あはっ……はははっ」


非常事態の緊張感の中の張りつめたそれはとっくに切れていた。

大声を上げて仰け反り笑う俺に彼女が紙を机に叩きつける。

それから俺を睨みつけて腕組みをして、それから怒鳴った。


「このクソったれ!!誰のせいでこうなってると思ってんの、あほっ!!」


その言葉にまた吹き出し勝手に瞼まで下りた。

目尻には涙まで浮かんでくる始末。

それでも今の状況でこんな事をしている場合じゃないと腹を抱えてひーひー言いながら体を戻す。

薄目を開けて堪えたせいでひくつく体で少し震えながら彼女に告げる。


「ご、ごめっ……ははっ、あのさ、涼」


よう呼べば何か言いたそうに顔を顰め唇を尖らせる。

けれど俺の言葉を睨んだまま彼女は待ってくれた。

抱えていた腹から手を離し置かれた紙、田中が作った納品書を手に取り眺める。

そのまま少し俯いてそれを見続けたまま口を開いた。

社員は彼女の怒鳴り声と俺の笑い声でこっちを見たままだ。


「絶対結婚しよう。絶対、だ」


強くはっきりとした口調で自分の思いを伝える。

今朝はどたばたしてそれについて話していなかったから彼女が心変わりをしているかどうかまで分からない。

けれど、大事な場面できちんと兄の俺の親友の代わりを立派に務めあげてくれる、親友そっくりな恋人を俺は手放せない。


最強じゃないか、それって。


「さ……っ」


名前を呼ぼうとしている彼女を上目づかいで見れば白い牛乳に苺を潰して入れた様に赤くなりプルプル震え、腕組みを解いて俺を睨んだ。


「この馬鹿っ!!!」


その怒鳴り声と共に浴びせられたのは平手打ちで俺の顔は彼女の小さな手によって真横を向かされた。





耳まで熱い。

昨日の頬はもっと熱い。

痛いんじゃない、恥じらいだ。

思わず引っ叩いた事に驚き数歩下がって礼がゆっくり顔を戻してからまた納品書の束に向かうのを見た。


なんか言ってくれないとわたし、困るんですけど。


所在無く立ち尽くすわたしの耳にはざわざわとざわめく声。

思わず額をぐっと下げて目を閉じた。

それから手を握りしめる。

違う、今はこんな事してる場合じゃ無い。


「は、早くっ!!仕事してくださいっ!!!」


そう大声で怒鳴れば礼はまたそれを聞いて俯き書類を見たまま吹き出してそれがもう気に障って気に障って、神経逆なでされた。


「礼のアホっ!!みんなも早く仕事してって言ってるじゃないですかっ!みんなアホったれのクソったれっ!!」


言ってしまってからやばいと思った。

これじゃあ兄そっくりだ。

ずっと抑えてきた自我が突然出ている。


兄ほど口が悪くないけれどわたしも気性は似ていると思う。

それを口に出すか出さないか、我慢するかしないかの差。

兄が祐樹さんが出す方、プラスの性質ならわたしは出さない方、マイナスの性質だ。


彼らがわたしの怒鳴り声にびくっと体を震わせてからいそいそ仕事を始め、わたしは誤魔化すように腕時計を見て驚愕した。


「タイムアップですっ、回収します!!」


あとFAXの送信期限まで五分を切っていて慌てて二棟に分かれた通路側の机を巡り差し出された、チェックを受け訂正が終わったそれを回収した。

最後に礼の机と彼の手からそれをひったくりそのまま部屋の隅にあるFAXを目指して走り寄りセットしてから短縮ダイアルを押す。

一瞬の間の後機械音が鳴りそれが吸い込まれていくのを見て肩を下げながら大きくため息を吐いた。


「よかった……」


飲まれていった最後の一枚をしっかり見届けてから受話器を上げ送り先に確認をして、それから額に掻いていた汗を手の甲で拭った。

緊張感と羞恥心で掻いたそれは思っていたより多くわたしの甲を濡らし手を外せば蛍光灯にきらきらときらめいた。





間に合ったか、と一息ついて椅子に背を預ける。

太ももの間で組んでいた手を解き左頬にそっと触る。

結構痛い。

涼は送り終わった納品書をひとまとめにし両手に持って振り返り俺を見て笑顔を崩した。

そりゃそうだ。

大勢の前で会社のトップを引っ叩いたのだから、一番下っ端の彼女はそんな顔もするだろう。


「じゃ、あとはいつも通りやってね。俺は上に戻るから」


とりあえずここに居ても仕方ないと立ち上がり頬から手を外した。

各々が返事をし座り直す者、立ち上がり上着を羽織る者。

グループリーダーは営業を兼ね合わせている。

納品書が出来るまでは仕事がたいして無いので出店先の親元やら何やらを回らせ市場拡大を目指す。


「あと、祐樹の机、誰か片付けておいてくれる?俺、この後、接待なんだ」


そう言えば二年目の女子社員が立ち上がり手を上げて微笑んだ。

あまり営業統括部門と仰々しい名前を付けたここには女子社員が多くない。

というか社全体でも圧倒的に男ばかりだ。


「よろしく。……で、祐樹から連絡は来たの?」


うーん、と一度安堵感を満載した伸びをしてから机を離れ通路を歩きながら聞けば誰も答えなかった。

気を取り直したらしい涼が書類をそれぞれに配りながら俺の横を通り過ぎようとして足を止めた。


「私も連絡取れてません」


その言葉に思わずうーんと唸って眉を寄せた。

祐樹はプライベートと仕事をきっちりと分ける男だ。

そして若干ではあるが仕事を優先したがる。

彼の父親を彷彿とさせるそれを俺はあまり好きではない。

だからこそ彼にはそれなりの給与を支払い、役職を与え、彼自身が彼のペースをコントロール出来るようにした。


「そんな奴じゃないはずなんだけど、ね」


小さく呟けば配り終えた涼が隣に立って心配そうな顔をしたまま俺を見ていた。

放り投げていた鞄を肩に掛け半歩下がった所に立っている。


「とりあえず、上行こうか。俺はどっちにしろ動けないからね」


言葉通りこの後は徳本社長の接待がある。

苦笑を浮かべそう彼女に告げれば一度頷いてから俺と一緒にドアまで歩き、俺と一緒に部屋を出ようとして足を止めた。

俺だけ外に出ている形のまま彼女が後を振り返り、大声で告げた。


「とりあえず何かあったらわたしまでお願いしますっ!!小さな事でも構わないので、ホウレンソウ厳守でっ!!」


その言葉にはーいと返事が上がり彼女が部屋を出てドアを閉めた。

たった一時間のドタバタ劇で彼女はすっかり会社での地位を確立している。


そういうリーダーシップに溢れ、他人に気を使う所まで本当に、今日無断欠勤をしている親友にそっくりだった。

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