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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十三話 わたしと兄
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13-2 二人と会社と阿鼻叫喚


大失態だ。

物凄い大失態だ。

絶対祐樹さんの怒髪天を食らう。

礼と一緒に一時間も説教されるのは嫌だ。

なのに、礼ときたら、支度もしないで電話してて。

ぎろっと睨めばようやく電話を切った彼がはぁっと大きなため息を吐いた。


「そんなに睨まないでよ」


そう呑気に言う姿に腸煮えくり返りそうになり膝に置いていた鞄で向かいに座る彼をぶん殴る。

避け損なった彼にクリーンヒットをかまし鞄の角が確実に顔面を捉えた。


「いって!!」


体が傾いた彼が睨んできて思いっきり睨み返す。

あまりにも自然に喧嘩をしていてとても昨日あんな事があったとは思えないくらいと自分でも思う。


「で、何が緊急事態なんですかっ!!」


彼が腕組みをしそっぽを向くように窓の外に視線を逃す。

その態度に頭に来てがつがつと彼の脚を蹴る。


「やめてって、言うからっ。スーツが汚れる!!」


脚を慌てて上に上げられ蹴るものがなくなったわたしのつま先が宙を空しく空ぶった。

彼がこっちを見てから口を開く。


「祐樹も来てないってさ。緊急事態でしょ?」


ため息混じりにそう言われてさすがに驚き怒りが消えた。

そのまましばらく見つめあう。


「……え?」


ようやくそう聞き返せば苛立ったように彼がだからっと声を荒げる。

そのままダンっと車内の床を踏みならした。


「来てないんだって、祐樹が、やばいんだって!!」


その言葉に頭がくるくる回転して答えを導き出す。

祐樹さんも礼も居ない……ってことは?つまり?

その瞬間顔がさーっと青ざめた。

彼はそれを見て眉を寄せる。


「やばくないですか?」


それに彼があー、もうっと怒鳴ってまたそっぽを向いた。

いや、本当に、これはまずい。


「とりあえずネクタイしてください。あと、上着。祐樹さんにはわたしが連絡しますから」


冷静になれと自分に命じて握りしめていたネクタイと腕に掛けた上着を渡す。

コートは乗る時に彼の横に置いた。

それから慌てて携帯を取り出して祐樹さんに電話をした。





社屋が見えて車が停まり酒井が開ける前にドアを開けて飛び出す。

涼がその後から小走りで駆け寄り二人で手を繋いで走った。

手を繋いだのは仲良しアピールじゃない。

そっちの方が二人で動くのに効率が良いからだ。

自動ドアが開き切るのを待たずにそこに駆け込むが受付嬢すら居ない。


佐久間商事は古株が居なくなり立て直してから日が浅い。

最初は俺と祐樹と古株何人かと始め段々と月日を掛け人数を増やした。

残っていた古株も辞めてしまっている。

その上、土曜日も営業している事から、平日交替で休みを週二にしている。

今日最初から居た人間が居るとは限らない。

というかたぶん居ない。

じゃなかったらあんなに泣いて電話してこないはずだ。

責任ある仕事、つまり決断を下す役割を俺と祐樹だけでこなしている。

そろそろ任せてもいいかとは思っているけれどそこまで踏み切れない。


はぁはぁ言いながらエレベーターに乗り込んでオフィスを目指す。

もちろん俺のじゃない。

涼も同じようにはぁはぁ言いながら鞄からハンカチを取り出し汗を拭ってから俺に渡してきてありがたくそれを受け取り額を拭ってから返した。


「今日、月曜日ですよね?」


彼女がそう尋ねてきて頷くと細い腕に巻いた華奢な腕時計を見て嗚呼と声を漏らす。

それから顔をすぐ上げて俺に焦った顔で告げた。


「佐久間さん、今日、月曜です。十一時五十分までに今週分の納品書」


そこまで言われて目を丸くした。

普段、祐樹に任せっぱなしだから忘れてた。


今日、納品書を配送業者に送らないと今週一杯商品が店舗に納品されない。

やばい、本当に、絶対絶命かもしれない。


「嘘だろ……」


呟く俺に非情にもエレベーターはチンと軽い音を立てて扉を開いてくれた。

その先にあるのは阿鼻叫喚だ。

ガラスの壁を隔てても怒鳴り声と泣き声が聞こえてくる。


「早くっ!!!」


涼がそのドアを開いてから怒鳴って俺を呼んでそこに飛び込んだ。






うわぁ、目も当てられないと言うのが最初の感想。

それから慌ただしく礼と二人で書類を集める。

それぞれの納品書は社員のみなさんが三人一組で担当していて作っている。

役割はグループリーダー、集計、予測・在庫管理の三つで、集計が出したデータで予測・在庫管理が発注書と納品書を作り、リーダーが最終チェックをして仕上げる。

交替で休みを取る勤務体制なので一人一人の仕事はそんなに重く無い。

逆に言えば一人欠けても大丈夫なようになっている。


出来あがったそれを月曜日の午前中にチェックしつつ会議をして、終わり次第FAXで送る。

その午前中に大失態を犯した。

礼か祐樹さん、どっちかが居ればまだマシ。

会議が予定通り行われ、どっちかの負担が増すだけだ。


「A地区、A地区の1から15まで無いって、どこ?!」


持ち主不在の大きな机に座って次々に渡される書類に目を通していく礼の顔は焦りの色を隠していない。

こういう時は焦ったらだめだ。

全地区送れればベストだけど半分でも送る事を目標にしないといけない。

焦る礼を尻目に冷静にそう思って、とにかくAからDまでは送らないとと思う。


「A地区の15までですね?えーっと……」


机に広がる書類を見て探しながら次に渡された書類を彼の代わりに受け取る。

目的の書類が見つからず顔を上げた。


「無いです」


きっぱりと告げれば彼は顔を上げて眉を寄せた。

そんな答えを求めてるわけじゃねーんだよ、と顔に書いてある。


「ちょっと待ってください。えーっと、15までは田中さん」


と、振り返りA地区前班のリーダー田中さんを探しても田中さんは居ない。

よくある名字の田中さん、は経理の田中さんを除いてここには一人しかいない。


「たーなーかーさーん!!!いますか?!!」


大声で呼べばよほど珍しかったのか慌ただしく動き回る彼らが止まった。

それから周囲を全員で見回す。

その中の一人が大混乱の中、思い出したようにホワイトボードを見て叫ぶ。


「田中は外出ですっ!!営業行ってます!!」


マジかよと思った。

どっかに書類置いてあるの?!と慌てて田中さんの席を鞄から出した席次表と照らし合わせればそこはすっきりと片付いていた。


あいつ、忘れていきやがった。


ぼそりとそう呟けば隣の木村さんがびくっと体を揺らした。

佐久間商事は色々な所に輸入品を販売する小売店を持っている。

店舗数は二百二十五。

その小売店は三十店舗ずつを一地区としてAからDが都内、EからGが神奈川県、Hがその他の地区になってる。

一地区は二つに分けられ前班と後班と呼ばれている。

読み方はそのままぜんはんとこうはんだ。

その中でもA地区1から15の番号の店舗、つまり前班は会議でも一番最初に上がる地区だ。

だから田中さんはそれが終わると営業に出る。


「うーっ!!!」


思いっきり唸ってから彼の机の椅子を乱暴に引いてどんっと椅子に座る。

せめてもの情けか置いていってくれたノートパソコンの電源を入れながら腕時計を見た。

時刻は十一字二十分を銀色の長針と短針が示してくれていた。


他人のパソコンなんてどこに何があるか分かんないよっ。


立ち上がったそれを見ながらタッチパッドを操作した。

いくつかフォルダを開き正解を探して何度も日付を確認して印刷を掛ける。

専用のプリンタではなく端の机だけ少し広いそこに置かれた紙を見て礼の元に駆け寄りそれを出した。


「Aの前班です!確認お願いしますっ!!」

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