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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第三話 私と彼と初詣
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3-5 お風呂と寝室と口付けと

そうこうなって私は今洗面所に居る。

もちろんその先にはお風呂場がある。

彼はさすがに服から一緒には気まずいだろうからと先に入ってくれた。

お風呂場の中は電気が点いていないから真っ暗だ。


「さ、佐久間さん?」


呼びかけると中からエコーが掛った声で返事がある。

もう服は脱いだ。

フェイスタオルで隠すべき所も隠してある。

でも磨りガラスのドアの前に立つ勇気も無い。

だってやっぱり恥ずかしい。


「大丈夫だからおいで」


中から声がする。

電気は点けなくていいよねと言ったのも彼だ。

洗面所だけで充分足元は見えるし恥ずかしいでしょ、と。

でも中に入ってしまえば見えてしまう。

湯船に浸かってもそれは同じだ。


「お湯濁らせてあるから」


私の考えている事などお見通しという風にそう彼が告げ、脇に置いてあるゴミ箱を見れば確かに入浴剤の空袋。

突拍子も無い事を言ったくせにどこまでも完璧にスマートにこなす。

彼の頭の中にはどんなパソコンが入っていると言うんだろう。






ようやく彼女が磨りガラスの前に立つと、嫌でもその姿が目に入った。

華奢な体がそこに見えて思わず目を逸らす。

小さな細い体なのは知っていた。

けれどそれはあまりにも子供のよう。

それなのに体はしっかりと反応しかけていて理性を働かせる。

一番見たくない面倒な書類なんかを必死に思い出すとようやく落ち着いた。


「風邪ひいちゃうからおいで。目、つぶってるから」


そう言って目を閉じる。

残り少ない休暇を彼女とどうせなら楽しく過ごしたい。

風邪をひかれたらたまったもんじゃない。


「本当に目を閉じててくださいね」


そう告げられて分かったと返事をする。

きぃっと小さなドアの開閉音がして彼女が入ってくる気配。

手桶が入ってきたのだろう、湯船の水面が揺れる。

ざーっとお湯を何度か掛けてから俺の足元のほうに沈む。


「開けるよ?」


確認してからそっと目を開けると真っ赤になって髪を軽くまとめた彼女がちんまりと座っている。

体を硬くしている姿を見て苦笑いを浮かべる。

よくもまぁそんな状態で誘ってきたなと思う。


乳白色に濁ったお湯は彼女の体を隠してくれているから鎖骨から上しか見えない。

彼女のためだと言えば聞こえがいいけれど本当は自分のためだ。

見せたくないし、見たら理性が吹っ飛ぶかもしれなかった。


「そんな端っこに居なくても。ほら、おいで」


手を伸ばすと水面が揺れた。

彼女がいやいやをするように首を振る。

それを見ながら腕を下ろしそっと手を伸ばせばいくら広いと言えど所詮は自宅の湯船、彼女の腕に当たる。

それを取って引っ張る。

小さな悲鳴を上げたまま後ろから抱き締めるように自分の前に座らせた。

腰が触れない位置でしかし上半身は自分にもたれかかるようにする。


「大丈夫だって、何もしないから」


そう言ってお腹の辺りに腕を回す。

両腕を重ね余計な所は触らないようにする。

小さな後頭部に頭を乗せてやれやれと息を吐く。





私を動かしたきり動かなくなって少し安心する。

腰と腰は触れ合わないようになっているし楽になるように彼の体が背にある。

いや、直接肌が触れているという事実だけで、もう一杯一杯だ。

胸が痛くなるくらい鼓動が速い。


「大丈夫だって、何もしないから」


手がお腹に回る。

ひゃぁっと声を上げそうになるのを必死で堪えた。

小さく息を吐く音。

それはお風呂場に思ったよりも響いて私の耳にも届いた。


「しないんですか」


と怖々尋ねる。


「しないよ」

「本当に?」

「うん、本当。今はね」


今とはいつの事だろうか。

今日なのか今この瞬間なのか分からない。

というかしたいのかも分からない。


「したくないんですか?」


と尋ねてから答えが怖くなり水面から出ている顔をぶくぶくと沈める。

後頭部から彼の頭が外れる。

それから少し慌てたような声。


「そんな筈、ないでしょ。そりゃね、俺だって男だから、涼とそう言う事したいって思うよ」


その言葉に顔がにやけそうだった。

そんな事を気にもせず少し沈みかけた私をよいしょっと持ち上げてくれる。

顔がまた水面から上に出てしまう。


「でも、本意じゃないでしょ、お互いに。もっとさゆっくりでも良いと思うんだけど、どう?」


どうっと聞かれて思わず振り返る。

薄暗し浴室で彼の顔が思ったより近い。

でも細かい表情までは見えなかった。

そのまま体の向きまで変えられて彼が私の背中に手を回す。


「今はこのままでも充分だと思わない?」


首元に彼の顔が降りる。

素肌に感じる彼の胸にドキドキする。

それでもそっと手を彼の背に回すとその言葉がその通りだと思ってしまった。





理性は欲望を抑えてくれました。

また目を閉じて彼女を先に上がらせて湯船ではーっと息を吐く。


これで良かったのかと思う。

巡ってきたチャンスは逃さない主義なのに今回ばかりは自ら退いてしまった。

カタンとドアの閉まる音で湯船から上がる。

もうのぼせてる域に入ってる。

ふらつきながらも外へでてローブを羽織って自室へと向かう。

すぐにパジャマなんて着れないなぁとベッドに腰掛けて心臓が落ち着くのを待つ。

長風呂したせいだけではないそれはいつまで経っても収まらなかった。


コンコンとノックされて我に返る。

パジャマ着てねーやと思いながらローブ羽織ってるからまぁいいかと返事をすると、すっかり可愛らしいデザインのパジャマを着た彼女が立っていた。


「おじゃまします」


の言葉にどうぞと返す。

まぁ彼女が寝てからパジャマを着ればいいだろう。

腰をずらして奥へと移る。

そのまま布団に潜り込めばすぐに真横に彼女が入ってくる。

部屋の明かりをリモコンで消して残るのはスタンドのほのかなオレンジの光だけだ。


「いずれちゃんとするから、ね」


まだ目を閉じて居ない彼女にそう呟くと不思議そうな顔をした。

流れで言ったとは言え本心だ。

でも、そういう事はちゃんとしたい。


「その時が来たらきちんとするから」





彼の言葉を受けてますます混乱した。

だってそれはどっちにも当てはまる。


「……礼」


小さく呼べば彼は私を見た。

その変わらぬ優しい眼差しにどきりとする。

顔がまた赤くなっていく。

そっとその形の良い程良い大きさの唇に自分の物を重ねる。

驚いた彼は、しかし、次の瞬間には私の頭をそっと支えてくれた。


一度離れてまた重ねる。

顔を傾けて角度をずらして。

今までとは違う長いキス。

離れてからまた重ねて、彼の手が私の衣服に掛かるのを、ぼーっとする意識の中感じていた。


第三話 私と彼と初詣 完

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