13-1 わたしと彼と大寝坊
わたしと兄
どこかで音が鳴っている。
ピピピ、ピピピ、ピピピと一定のリズムでずっと続いているその音に段々意識がはっきりしてきて目をゆっくり開けた。
開けたそこは薄っすらと窓から日の光が差し込んでいて明るい。
もう朝だと思い、悪夢を見なかった事に驚いた。
「……あ、れ?」
これがその夢なんじゃないかと頬を触れば確かにそこに感触がある。
それからごろんと横を向けばそこには礼が居た。
だからきっとこれは夢じゃない。
わたしの悪夢に彼は出てこない。
あー幸せだ、と目を細め笑う。
こんなにぐっすり寝たのは本当に久しぶり、けれどまだまだ寝れそうだ。
彼もまったく起きなくて、そういえばと、まだ鳴り響くその音が何なのかそれから考えた。
入れっぱなしにしてしまったコンタクトのおかげで視界は良好。
少し乾いて瞬きしずらいだけだ。
素直にその音をうるさいと思った。
その発生源を探すためにうつ伏せになりそれを見た。
礼の携帯電話。
それが明るくなり電話番号を表示している。
その番号を知っている。
……へ?
その番号を見て飛び起きる。
それは紛れもなくわたしと礼が所属する佐久間商事の電話番号だ。
その左上に表示されている時刻を見て思わずそれを落とした。
午前十時。
午前十時?
午前十時って何時?
そんな馬鹿な考えが浮かび慌てて彼の体を揺する。
ぐらぐらと力が抜けている彼が小さく呻いてから目を開ける。
それからわたしの顔を見て不思議そうにしてから欠伸をした。
「礼、礼っ!!」
慌てすぎたわたしは彼に時刻を伝えず鳴り響く携帯の画面を見せた。
瞬きをしてそれを見つめていた彼のそれが止まり次の瞬間、絶叫した。
「えええええぇぇぇっ!!!」
わたしだって彼と同じ気持ちだ。
彼の絶叫に肩をすくめながらそれを聞きそれから二人で顔を見合わせた。
どうしよう、大遅刻だ。
たぶん二人の顔は同じ顔をしていたと思う。
それからしっかり二人で頷きあった。
「ちょ、涼、電話出てっ!!」
頷き合った後どちらからともなく二人でベッドを飛び降りる。
俺は裸足のままクローゼットに走り寄りそれを開ける。
やばい、物凄くやばい。
スーツもワイシャツもネクタイも選ぶ暇なくというか風呂にも入ってないのに昨日着ていた服をどんどん脱いで着替えながらそう叫べば彼女は嫌です!と言いながら部屋を出て行った。
電話はベッドの上で一度止まってからまた鳴り出す。
「嘘だろ」
出て行ってしまい閉まったドアを見ながら情けない顔をして後はネクタイと上着とコートだけという状態のままベッドまで走りごくりと喉を鳴らしてから画面を操作した。
「……も、もしもし」
怒鳴る祐樹の声を思い浮かべながら目を強く閉じて出ればそれは予想外の物だった。
『しゃ、しゃひょうっすか』
力無く言うその声はあの屋上で殴り合いをした時に一番最初に駆けつけてくれた若手だ。
入社一年目の彼の声は呂律が回ってない、というか、鼻を啜る音まで聞こえてくる。
「え?あ、うん。俺、だけど。あれ?祐樹は?」
てっきり祐樹が出るとばかり思っていた俺が拍子抜けして聞けばぐすぐすと泣きながら、来ませんと呟く。
「えぇぇっ?!ま、マジで?マジで来ないの?」
こういう時にどっしり出来ないのは経営者失格だと俺は思っている。
けれど、事態が飲み込めていないせいか思いっきり動揺した。
部屋のドアがバンッと開きすっかり支度を終え眼鏡を掛けた涼が俺を見て怒鳴る。
「何やってるんですか!!!早くっ!!」
彼女は仕事のために買ったという大きなトートバッグを肩に掛けてから低めのヒールの靴のはずなのにカツカツと音を立て開いたままのクローゼットに向かい、適当にネクタイを選び上着を腕に掛け、コートを背負うように反対側の肩に掛ける。
「ちょ、ちょっと待って。結構緊急事態だって」
「んなこたぁ、分かってるんだ!!アホったれ!!」
どこかで聞いたような台詞を怒鳴る彼女に怯え電話の向こうで泣いている若手の事を気にする余裕も与えられず、彼女が俺の元へきてむんずと腕を掴んで引っ張る。
足がもつれて転びそうになりながら立ち上がり急いで革靴を履く。
「早くっ!!!」
形勢逆転したまま引っ張られおよそ社会人にあるまじき恰好で切るわけに行かない電話を耳に当てたまま玄関を出る。
電話の向こうの彼は泣きながら社長社長と何度も呼ぶ。
俺の腕を掴んだまま廊下を走りだし引きずられるままエレベーターに乗りそのまま忠実に俺を待っていた酒井の車に乗り込んだ。