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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十二話 彼と私と日曜日
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12-26 彼女の答え

それはお願いでも懇願でもない。

命令だ。

それに今度は自分の意思で首を横に振った。

手を離したらいけないと思った。

手を離したらもう二度と彼に触れない。

仕事をただ一緒にやり後任が見つかったら辞めて良いと命令される。

それで終わってしまう。

彼のプロポーズを受け入れるだけの勇気も覚悟も無いのにそれは嫌だとわたしも私も『私』も思う。


「どうして?」


あの時と同じ言葉を彼がその無機質で無表情なまま告げる。

言葉が詰まって喉の奥に引っかかる。

何を言えば良いのか分からない。


「どうして?」


答えを待ってくれない。

彼はもう待ってくれない。

すぐにそうもう一度尋ねられて心がひゅっとした。


暖かい室内なのにすごく寒い。

風が吹いているように冷えていく。


「……どうして?」


三度目のそれは口を開いてから間が開いた。

空いている手をぎゅっと握りしめる。

彼が体の向きを変えてわたしを見た。

見下ろすだけの視線が痛い。

それきり何も言わない。

彼は笑いも怒りもしない。

胸が苦しいくて息が上手く吸えない。


「……どうして?」


四度目のそれに初めて彼は感情を示した。

顔に目に映るそれは悲哀だ。

彼はわたしに対して何も出来ない事を一人で憂いている。


「……どうして?」


振り払う事だって出来るはずなのにそれを彼は彼自身で拒否している。

それでいて何も出来ずただわたしに理由を聞いている。

その理由は彼にとって答えになる事を分かっている。

だからそれ以上何も言わず何もしない。


わたしが口をそっと開く。

彼の目はそれに少し細まってけれど優しい瞳で穏やかに見返してくれた。

声が上手く出るか怖かった。

今ならどうして彼があの時ああ言ったのかよく分かる。

それしか言えない。

わたしにも彼にもその言葉しか許されない。

他の何を言っても嘘みたいに聞こえる。

たった一言言うだけなのにすごく緊張する。

彼がどう思うかは分かっているのに、もう、万が一違っていたらと思うと声が出ない。


「……どうして」


声音が変わった。

それは最後の合図だ。

それ以上は言わないし聞かないという最後の合図。

どうしてそれが分かるのか分からないけど、そうだと確信した。


「どこにも」


小さく口に出せば彼は目を見開いてからいつもの穏やかな顔をした。

それがなぜかすごく恥ずかしくて目線を逸らしてから口を開き続きを告げようとする。

けれど彼は迷う事無くわたしが掴んだその手を折り曲げて引き寄せる。

引き寄せられながら小さく呟く。


「行かないで」


その短い言葉を言い終わる時にはわたしは彼の腕の中だった。

彼の顔がわたしの後頭部に当たりその口が動くのが頭越しに分かる。


「行かない」


そのたった一言に安堵して彼の胸に頭を埋めた。


最初から分かっていた。

離れる事なんて出来ないって。

それでも彼を守りたかった。

もう彼を守る事は出来ない。

けれど、彼は、それでも良いと言ってくれるだろう。

それなら、もう迷わず、一緒に居るだけだ。


彼が要らないと言うその時まで。





またこうして彼女を抱きしめられる事が嬉しい。

俺自身が好意を持って慰めでなく気持ちを形に出来るのが嬉しくて笑みを浮かべた。

腕の中の涼の耳が赤くなっていてそれを隠すように片腕と手で押さえる。

明日になったらやっぱり駄目ですと言われるかもしれない。

情緒不安定な彼女ならやりかねない。

それでも良い。

それならまた待つだけだ。

またきちんと想いを告げて待つだけだ。


ずっとこうして居たいけれどそうもいかない。

彼女以外にも俺には守らないといけない物がある。

立場のある大人だからこそ彼女と一緒に居るためにちゃんとしないといけない。


「寝ようか」


だから仕方なくそう小さく尋ねれば彼女が頷く。

手と腕が離れ耳がまた見える。

変わらず赤いそれが愛おしい。


「別々?」


どっちでも構わないと思いそう聞けば彼女が首を横に振った。

あんな事があった後だから嫌がると思っていた。


「一緒?」


けれどきちんと確認したくてそう尋ねてしまう。

彼女が少し間を置いてから小さく頷き顔を上げた。

それから彼女の小さな唇が小さく動く。


「でも、したくない」


それは体を重ねたくないという事だろう。

さすがに俺でもそれはしない。

でも彼女を責められない事を俺がしたのは事実だ。


「大丈夫、何もしないよ。したい時はちゃんと言うから」


俺がそう眉を下げて伝えれば彼女は小さく頷いてから安心するように息を吐いた。

どきりと体と心がそれに反応してしまい目を閉じる。

一度それを落ち着かせてから彼女の体を子供にするように抱きあげた。


「礼?!」


小さく悲鳴を上げるように抗議する彼女の顔が近くにあってその唇に自分のそれを重ねて一瞬だけの軽い口付けをする。


「運んであげる。だから早く寝よう」


彼女がまた顔を赤らめて小さく頷いた。

それは俺と出会った頃の彼女を彷彿とさせる。

その懐かしささえ感じる彼女はパジャマに着替える暇すら与えてやらない俺のエゴを受け入れてくれてそのまま廊下を歩く。


リビングダイニングの電気が点けっ放しだけれど構わない。

電気もパジャマもどうでもいい。

ただ今のこの幸せを抱きしめて感じて居たい。


部屋のドアを開けベッドに彼女を降ろせば自分から靴を脱いでそれをきちんと揃えて置いた。

こんな時までそれが彼女らしくて笑いながら靴を脱ぎ捨て布団の中に潜る。

笑われて頬を少し膨らませた彼女がそれに続き向かい合うように入ってくる。

どちらからともなく額と額をくっつけ鼻と鼻をくっつける。


もう何も言葉は要らない。

まだ片付いていない問題もたくさんある。

それをひとつひとつ二人でクリアしていけるかどうかはまだ分からない。


けれど今日はもう何も考えず、ただ、彼女の手を握り身を寄せ合って眠りたいと目を閉じた。



第十二話 彼と私の日曜日 終

竹野です。

ここまで読んでいただいてありがとうございます。

ブクマが減り評価が下がり、気分が落ちたりしましたが、一人でも読んでくださる方が居ると信じて最後まで書き上げる所存でございます。


ようやくプロポーズする所まで書き安心しています。

下がりっ放しの話ですがもうしばらくお付き合いいただけると幸いです。


後半もよろしくお願いします。

読んでくださる皆様に感謝してます。


本当にありがとうございます。

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