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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十二話 彼と私と日曜日
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12-25 わたしと彼と不安

窓ガラスが開き風が舞いこんできてすぐに止んだ。

涼が体をびくつかせ泣くのを我慢する。

俺は彼女の頭を守るように屈めていた体を上げてみれば目の赤い二人がそこに居て彼らは何も言わず少し困った顔をして涼の携帯をテーブルに置いてそれから廊下へ向かった。

今、彼女を刺激しないで欲しかったからその心遣いに心の底から感謝した。

リビングを出る時に高松さんだけが深く涼に向かって頭を下げそれから足早に家を出て行った。

ドアの閉まる音を合図にまた絞り出すような悲痛な泣き声が始まる。

本当ならこんな事したくない。

抱きしめて居れば彼女が心を許してくれて居るんじゃないかと錯覚してしまう。

それでも一人で泣かせる訳に行かなかった。

彼女は母親が自分を捨て祐樹を選ぶと信じている。

俺はそれに対して違うと言いきれない。


俺の母親は俺より体裁を選んだから。


彼女の体が苦しそうにびくつきようやく泣きやんだのはそれからしばらくしてからだった。

名残惜しいと思いながらその体を離して体を少し曲げて顔を覗き込む。

まだ涙に濡れた瞳が俺を見てから視線を逸らした。


「落ち着いた?もう、寝よう。明日も仕事だから」


他に言いたい言葉はたくさんあったがそれしか言えなかった。

彼女が返事をくれるまでは、そうしたくない。

そうすれば俺に甘えてしまいたいと、今の彼女は思うだろう。

こくんと頷くその姿に体を起こしてから告げる。


「それじゃあ、おやすみ。明日起きれないようだったら遅くなっても構わないよ。昼前には来てね。もう一緒に働くのは嫌かも知れないけれど後任が見つかるまではやってくれると助かるから」





彼の言葉に目を開いた。

後任という事はわたしでは無く他の人間を探すと言っている。

彼がそれだけ言って背を向けた。


別れを告げたのも返事をしないのもわたしが決めたんだ。

私でも『私』でもなくわたしが決めた。

彼はさっきまで優しく抱きしめてくれていたのはそうせざるを得なかったからだ。

それもわたしが選んだ結果。


友達とは疎遠になったまま。

祐樹さんとはこれからどうなるか分からない。

祐樹さんとどうなるか分からない以上由香里さんも同じだ。

母も兄を息子を選ぶかもしれない。

父は兄に遠慮して兄を優先するかもしれない。

結婚出来る子供は結婚出来ない子供に勝てない。

前者は未来があり後者は未来がない。

孫を作れる人と作れない人。


その上、礼も、居なくなる。

そうしたらわたしは一人になる。

わたしと私と『私』だけだ。

三人ではなく一人だ。

一人で周りの幸せを見続けなければいけない。


でも、礼を選べない。

傷つけたくない。

一緒に居ればお互い辛い時の方が多いかもしれない。

優しく穏やかな彼をそんな目に遭わせたくない。


心が葛藤を始め歩き出す彼の背中が遠くに感じた。

蜃気楼のようにすぐに消えてしまいそうで改めて礼を失う怖さを知る。

腫れて痛い頬も泣いて乾いて膨れた瞼も枯れた喉も詰まってしまった鼻も気にならない。


礼が居なくなる。

礼がわたしから居なくなる。

礼がわたしを捨てたんじゃなくてわたしが礼を捨てた。


ようやく気付いたその事実に心は愕然とし、けれど体が勝手に動いた。

彼の後を追い走り寄りリビングから出そうになる体を引き留めたくて腕をつかんだ。

彼の足が止まり振りかえり一瞬驚いた顔をしてから体の向きを変えた。

それからゆっくりとわたしが掴んでいない手でわたしの手を取って自分の腕から離す。

彼が言っていた本能的にそうしたいとはきっとこう言う事を言うのだろう。


「駄目だよ」


言い聞かせるように穏やかに言われ彼の手が離れてわたしの手が体の横に戻ってきた。

顔を上げて彼を見れば小さく首を横に振っている。


「駄目だよ」


もう一度そう告げられて首を横に振った。

それでも彼はわたしに対して何もしてこなかった。

ただ静かに告げるだけ。


「駄目だよ。そんな風にされたらどうして良いか分からなくなる」


その言葉に酷く残酷な事をしたのだと気付かされた。

思わず俯いて足元を見つめる。


「おやすみ」


彼の足がそう告げてから方向を変えて動き始めて駄目だと分かっているのに顔を上げまた彼の腕をつかんだ。

彼が今度は振りかえらずに立ち止まる。


「涼」


ただそれだけで彼はわたしを止めさせようとしている。

それでもわたしは腕を掴む手を離せない。


「涼」


もう一度そう呼ばれて顔を上げた。

彼の背中、うなじ、後頭部を順番に見ていき息を吐いた。

こんな事してどうするって言うんだ。

何がしたいんだ。

ただ彼の気持ちを利用して都合の良い時だけ甘えて縋ってるだけだ。


「離して」


次はちゃんとそう告げる彼に小さく首を振った。

無意識にそうしてしまって自分でも驚いて息を飲む。

彼が首だけ振りかえってわたしを見た。

その顔は信じられないほど無機質で無表情だった。

彫刻か何かがそこにただ乗っているだけのよう。


「離して」

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