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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十二話 彼と私と日曜日
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12-23 お母さんの答えと涙




母が初めて声を詰まらせてそれだけなのに苦しかった。

話したくないだろう事を聞くのも、全部。

でも単刀直入になんて聞けない。

質問を重ねたのは気づいて心構えをして欲しかったから。

涙が止まらなく手が震えた。


怖い。

母が異父兄を認めるのがずっと怖くて何も聞けなかった。

わたしより異父兄を選んだらどうしようかとずっと思っていた。

父とわたしより兄を選んだらどうしよう。

母に捨てられたらどうしよう。


それでもここまで話したなら聞かないといけない。

聞かないと祐樹さんは許してくれない。

彼が電話をわたしから奪い直接母に問いただすくらいならわたしが聞いた方がずっと良い。

息を飲んで嗚咽が上がりそうなのを我慢した。

三人は何も言わずただわたしを心配そうに見つめて待ってくれている。

恐る恐る口を開いて何度か開閉を繰り返して覚悟を決める。


母の言葉を受け入れる覚悟。

異父兄をきちんと認める覚悟。

夢物語の中の登場人物のようだったその存在を、わたしは、今確認するんだ。


「お、にいちゃんのっ、な、まえ……ゆ、うきって、い……うんだよねっ」


堪えられなかった嗚咽に言葉が乗った。

途切れたそれを母は黙って聞いてそれから電話の向こうで息を飲んだ。

心臓が早くなって頭がくらくらする。

否定して欲しいと思う。

太郎でも一郎でも何でもいい。

違う名前だと言ってほしい。


祐樹さんにはとても勝てない、敵わない。

明るい性格で誰からも信頼されて、友達や同僚思いで。

周りにたくさん人がいて、ちゃんと就職してて。

結婚が決まってて。


何より汚れてない。

彼はわたしと違って汚れてない。

綺麗なまま、だ。

そんな彼にわたしは勝てない。

きっとお母さんもわたしを捨てる。

捨てて祐樹さんを選ぶ。

絶対的に愛されるその立場がなくなる。


ただ、ただ、怖い。


母の優しい声が無くなり、その声はいつになく真剣だった。

間をたっぷり置いてからその答えが耳に届く。


『そうよ、カタカナのネに右、それに樹木の樹と書いてゆうきと読むの。父親から一文字貰った良い名前でしょ』


口調はいつもの母だったのに声は違っていてそれでもう限界だった。

泣き出しそうになる口元を押さえて携帯を耳から離す。

その後に母が何を言うのか聞きたくなかった。

震える手からそれが落ちて床にぶつかり音を立てた。

わたしの行動に三人の顔が変わった。

立ち上がる祐樹さん、それを追う由香里さん。


礼が隣の席から立ち上がり彼らより早くわたしを抱きしめた。

強く抱きしめてわたしの顔を自分のお腹に押しつける。

手で押さえても漏れ始めていた嗚咽の声が彼のお腹に吸い込まれた。

祐樹さんがわたしの椅子の横で屈んでピンクの携帯を取りそれからわたしの背中を軽く叩いて小さく呟く。


「ありがと」


彼がそのまま足早にテーブルを回りルーフバルコニーへ通じる窓を開けて外に出てそれを由香里さんが追い窓を閉めた。

風音が一瞬だけ聞こえてまた静かになった。


「泣いていいよ」


優しく低くそれでいて伸びのある綺麗な礼の声がわたしに許しを出してくれて彼の腕の中で吐いていた嗚咽はきちんとした泣き声に変わる。

大声を上げ出せる限りの力で泣きじゃくり彼の腰に手を回す。

頭を何度も振り彼の体に押し付け喉が痛くなるくらいに声を上げた。

息を吸い吐きながら声を上げまた息を吸い、喉が痛くなるのも気にせず泣き喚き、その間ずっと彼はわたしを抱きしめ、その力がだんだん強くなった。


「……おかっ…さっ、わっ…たしっ……すてっ……る……かもっ」


泣きながらそう大声で伝えれば彼はわたしの頭に手をやって子供をただあやすようにゆっくり何度も撫で下ろす。

それが母親を連想させてますます感情が高ぶり涙を誘った。


「大丈夫、涼、大丈夫だよ。お母様は君を捨てたりしない」


その言葉に首を何度も何度も振りその度に声を上げて泣き喚く。


お母さんだってこんな汚い娘要らない。

全部知ったらきっと失望してわたしの元から居なくなる。

みんな、みんな、居なくなる。

明みたいわたしをぽいって捨てるんだ。


「だ、い……じょ、じゃ……なっ。ゆ……きさ、んの……ほ、う……えらっ……ぶっ」


彼は何も言わずにその言葉を受け止めてくれてただずっと頭を撫でてくれた。

安心させる言葉を言って欲しいのに、俺が居るって言って欲しいのに、彼は言ってくれなくて。

彼もきっと居なくなるんだと、それを自分が望んだんだと分かっていて、また声を張り裂けるくらい上げて泣いた。

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