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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十二話 彼と私と日曜日
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12-21 わたしと祐樹さんとお母さん

玄関のドアを閉めれば祐樹と高松さんが飛んできて今起きた事を振り返る暇も無かった。

涼が自分から抱きついてきた、たったそれだけの事なのに、彼女が居なくなった時よりずっと動揺している。


「涼ちゃんは?!」


玄関まで来た高松さんに言われドアを振り返るとそれが開き小さい体をもっと小さくした涼が入ってくる。

その顔は物凄く暗い。


「涼ちゃんっ」


高松さんが俺の前を抜けて涼を抱きしめて俺と祐樹はそれを見ながら息を吐いた。

あの気まずい空気はもうそこには無くただ、年下の小さな涼が帰ってきた事に安堵する空気だけ。


「ごめんなさい」


小さく謝る彼女に高松さんが抱きしめながら怒っている。

玄関先に大人四人で何をしているんだと冷静に突っ込みたくなるほどそこにいた。


「とりあえず中に入ろうか」


そう声を掛ければ彼らは頷き祐樹を先導にリビングへと向かう。

ちらりと後ろを見れば泣き出した涼の手をまるで母親のように高松さんが握って歩いていた。

誰が言い出した訳でもないのにテーブルにそれぞれ座り、俺と涼、祐樹と高松さんで向かいあうように座る。

また重苦しくなった空気を一番初めに破ったのは意外にも祐樹だった。

テーブルに腕を乗せそれを少し前に出して両手を組んでから涼をまじまじと見る。


「本当に妹なのか?間違いねぇんだな?」


その言葉に涼が首を振った。

それから俯いて小さく口を開く。


「まだ母に確認したわけじゃないです。けれど母から聞いた話と礼から聞いた話は一致するところが多くて。あと、母の前の姓は……黒井でしたし」


その言葉に祐樹はそうかと呟いてから笑顔を浮かべた。

それに怪訝そうな顔をしたのは俺と高松さんだ。

彼はそれを見ながら少し俯いていた顔を上げる。


「笹川の母親は早寝早起きか?」


質問の意図が全く分からないそれは涼も同じだったらしくへ?と顔を上げて祐樹を見つめる。

左頬だけ詰め物をしたように腫れて赤い。


「もう寝てんのか?それとも起きてんのか聞いてんだよ」


そう言いながら彼が時計を見た。

時刻は間もなく日付が変わる時間に差し掛かっている。

その視線を三人が追って、ようやく彼の言う意味が分かった。


「お前、まさか、今から?」


そう思わず尋ねれば彼はいつものように、おう、と返事をする。

高松さんは怪訝な顔を浮かべたままよく分かっていないらしくどういう事?と俺に聞いてきた。


「祐樹は今から確かめるつもりなんだろ。涼の母親に電話して」


ええっ、と声を先に上げたのは涼だった。

涼も分かってなかったのかと息を吐く。


「そ、それは嫌ですっ」


涼が首を振れば祐樹はそれにふんっと鼻を鳴らす。

それから高松さんをちらりと見た。

見られた当の本人はえ?え?とうろたえるばかりだ。


「ちゃんとこいつの事も話してぇしな。笹川の母親が俺の母親なら俺にはそれを話す権利があんだろ。はっきりしねぇ内は、帰らねぇぜ」






そんなに堂々と宣言されたら携帯を取りに行くしかない。

テーブルの椅子を引き立ち上がれば礼は小さく頷いてくれた。


「携帯とってきます……」


声が沈んでしまったのは心の現れだ。

母には何も話していない。

怖くて結局何も聞けなかった。

三人の視線を背中に感じながらとぼとぼ廊下を歩き自室に入ってこたつ布団の上にあったそれを手にしてため息を吐く。


母は何て言うだろうか。

喜ぶのだろうか。

それとも悲しむのだろうか。


立ち上がり部屋を出て立ち止まった。

しばらくそのまま動けずに居るわたしの元に礼が廊下の向こうから歩いてきてわたしを見て目の前で立ち止まる。

遅いわたしを心配したのだろうけど彼はもう何もしてくれないだろうと思って俯いたまま謝ろうと口を開けば彼はその前にわたしをただ抱きしめた。

ふわりと彼の匂いと体がわたしを包む。


「今だけ特別、ね。本当は返事聞くまでこう言う事したくないんだけど。今だけ」


それがわたしに大丈夫といつものように告げている言葉のように感じてただ小さく頷けば彼はわたしをすぐ解放して先に歩き出す。

それでもやっぱり手は繋いでくれない。


「おいで」


歩き出さないわたしの彼が振り返ってそう告げてきてその後を数歩下がったまま歩き出した。

リビングに入れば祐樹さんが待ちくたびれた顔をしてわたしを迎え、テーブルにつけばどこかわくわくしたような顔をしてこっちを見ていて二つ折りのそれを開いた。

アドレス帳から母とだけ入力してあるそれを探し電話番号を表示してその指が止まる。


「早く掛けちゃえって。大丈夫だって」


祐樹さんがそう急かしてきてボタンを押してみんなから遠い方の耳に当てれば、母が出るより先に礼が小さく空いている彼側の耳元に唇を寄せた。


俺の事は言わないで


小さく言い離れていく彼に頷く。

母が寝ていればいいと思った。

けれどわたしの母はそんなに真面目じゃない。

日曜日の夜はいつも撮り溜めたドラマを見てる。


『もしもし?涼?どうしたのこんな夜中に』


繋がってしまったと顔を上げ三人を見れば同時に頷かれそれでもうどうにも堪らなくなった。


「ごめんね、こんな遅くに。あのね、どうしてもお母さんに聞きたい事があって」


どう話したら良いか分からなくなって結局ストレートに尋ねる事にしてそう言えば母の後のテレビの音が止まった。

たぶん一時停止してる。


『聞きたい事?いいわよ、何でも。でもスリーサイズは内緒だけど』


普段なら何も思わないそのいつもの御茶目な感じが懐かしい。

母はこんな調子でいつも茶化してくる。


「スリーサイズはとりあえず今日は良いかな。太ったの?あんまりお菓子ばっかり食べない方が良いよ」


その言葉に三人の眉が寄る。

いや、待ってください。

それくらいの導入はさせてくださいと手を振って見せた。


『で、何よ。早く言ってちょうだい。もしかして子供でも出来たの?』


その言葉に言いかけた言葉を飲み込んでむせてしまった。

今その冗談はあんまり芳しくない。

げほげほ咳をするわたしの背中を礼が一生懸命落ち着かせようと撫でる。


「ち、違う。あの、お母さんの……前の旦那さんって」


そうすこし掠れた声で尋ねれば三人の空気も電話の向こうの空気も一変した。

渦中のわたしだけその空気をもっと重く重く感じている。

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