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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十二話 彼と私と日曜日
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12-18 祐樹の拳の行方

祐樹さんはそのまま礼をすごい形相で睨み椅子から立ち上がらせようとするが礼はそれに応じない。

礼はただ冷静な無機質な顔で祐樹さんを見ていた。


「ふざけてないよ。本当にそうしたかったからそうしてしまっただけだ」


礼がいつもの穏やかな声で祐樹さんに告げれば祐樹さんは目を開いてそれから拳を握りしめた。

胸倉をつかんだままそうすれば次の行動はひとつしかない。

それでもすぐにそれに移らないのは祐樹さんの中の理性がそれを抑えているからだろう。


「一番お前がしちゃいけねぇ事だろうがっ!!」


バカもアホもくそったれもそこには無かった。

いつもよりずっと怒っているその姿に体が震える。


「そうだね、だから、別れを告げられたんだよ。それで、それが、どうだって言うの?」


別れ?

その言葉にしている話は今日の事だとようやく気付く。

けれど彼らが礼を睨み怒りを露わにしているのなら礼はまだ自分がプロポーズした事を告げていない。

それさえ言えばこんな事態にはなっていないかもしれないのに。


「俺にどうして欲しいわけ?今ここで二人に謝ればいいの?それで良いならいくらでも頭下げてやるよ」


歯を噛み締め礼を少し持ち上げたまま何も言わない祐樹さんに礼が吐き捨てるように言った。

そんな事言ったらもっともっと怒らせてしまう。

由香里さんがその言葉に貴方ねぇっ!!と声を上げる。

祐樹さんの握りしめた拳が腕がブルブル震えだす。

いけないと思って体が少し前に動く。


「それで満足するんでしょ?どうもすみませんでした。……他人の事情に口挟むなんてやってる事は俺と大して変わらないんだからなっ!ちょっとは弁えろ!!」






祐樹と高松さんが心配してるのは分かっていた。

けれど聞かれたくない。

何でも話せる祐樹にも話したくない事だ。


エゴの塊の俺。

涼に酷い事をしてそれでも繋ぎ止めたいと思った俺。

受け入れて貰えるまで縋り付くつもりの情けない俺。

結婚したいと言ったと告げれば彼らの怒りは少しだけ収まるだろう。

けれど涼がそれに対して返事をしていないと知れば叩き起して責め立てる。


どうして返事をしないんだ。

礼はすべてを受け入れるって言ってるんだ。

それなのに、どうして応えてやらないんだ。


二人は感情が豊かでそういう無神経な事を必ず言うはずだ。

そんな風に信頼する二人に言われたら彼女は自分の気持ちを押し殺して嘘を吐く。

少し迷っていただけです。

本当はすごく嬉しかったんです。


だから結婚します、と。


そんな第三者に言わされた答えなんて要らない。

これは俺と涼だけの二人だけの問題なんだから、そこに他人の介入なんて絶対に許さない。

そうやって彼女を責め立て傷をつける事も絶対にさせない。


だからわざと祐樹も高松さんも怒らせるように仕向けたんだ。


「弁えろ、だと。お前、どの口がそれを言うんだよっ!!散々巻き込んだのはお前らだろっ!!」


胸倉から祐樹の手が離れて俺との間に隙間が出来て殴られると直感的に思った。

これだけ煽ったんだからそうしてくれないと困る。

殴って気が済んでそれで帰って行ってくれればそれに越した事はない。

だから笑んでみせる。

馬鹿にしたように見下したように深く口元だけを歪ませた。

俺のその笑みに祐樹が歯を噛み締め彼の腕が振り上げられ痛みを覚悟して目を閉じた。





こんなの間違ってる。

こんなの違う。

祐樹さんと礼はいつも仲良くないといけない。

わたし以上に彼は礼に必要な人だから、いけない。


わたしのせいで二人が喧嘩するなんていけない。

わたしのせいで礼が傷つくのは見たくない。

わたしのせいで兄が礼を傷つけるのはもっと見たくない。


そこからはスローモーションのように見えた。


祐樹さんが半歩下がって手を礼を離した。

彼の手が振り上げられる中、礼が目を閉じたその瞬間体は勝手に動いた。


「だめ、駄目っ!!お兄ちゃん、止めてっ!!!」


思わず無意識にそう口走り叫んで走り寄り振り下ろおされるその固い怒りの象徴の前に割って入る。

身構える暇なんて無かった。

わたしを殴るつもりじゃない、体格の似ている礼を殴るつもりのそれはわたしには強すぎた。

左の頬に骨ごと砕かれるような強い衝撃が加えられて踏ん張れなかった足はその衝撃に勝てなかった。

右頬が先導してわたしの体が吹っ飛びそのまま壁にぶつかって落ちて時間が元に戻る。

三人に背を向けるように壁を向いて倒れたわたしを誰かが呼んだ。


「涼ちゃんっ!!!」


その声は由香里さんでガタガタと椅子を倒す音がする。

大丈夫ですと伝えたいのに口が動かない。

左頬が焼けるように痛くて涙が溢れそれが流れる僅かな感触さえちりちりと痛む。


「……お兄ちゃん?」


祐樹さんが呟く声が聞こえる。

その声に自分が発した言葉を思い出し目を開いた。

けれど祐樹さんはそれ以上何も言わず動かない。

動けないんだろう。

礼は何も言わずわたしの所にも来ない。

わたしが彼を庇った事と兄を兄として呼んだ事に驚いているのだろう。


「うぅ……っ……」


小さく呻いてから目を開け、冷静に歯が折れたかもしれないと思いながら舌を動かせばまだ平気らしい。

確かに痛いけど明に途方もなく殴られ続けたんだから、わたしにとってはこれくらい大した事ない。


そんな事より早く起きて大丈夫だと言わないと。

咄嗟にお兄ちゃんと呼んだ事を訂正して謝らないと。


吹っ飛び横倒れになった体をふらつく頭を最後にゆっくり起こして左手で隠すように痛む場所を押さえて立ち上がりそれから三人の方に振り返った。

瞬きもせずわたしを見ている三人に笑顔を浮かべてみせ涙を拭う。


「……大丈夫です。殴られるの慣れてますから」


うまく動かない口でたどたどしくけれど静かにただ告げれば三人の時間が動き始めた。

由香里さんがわたしに走り寄ろうとし祐樹さんが膝から崩れて落ちて礼は顔を両手で覆った。


そんな大事じゃないんだからそんな風にしなくても良いのに。


由香里さんがわたしに抱きついて二人から隠すように抱きしめる。

彼女の白いロングTシャツが赤く染まっていって初めて自分が鼻血を流している事に気付いた。

このひとたちけんかばっかりしてる

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