12-11 私と彼らと婚約者
小さなアパートのリビング兼ダイニング兼キッチンに置いてある狭いソファの上で祐樹の胸にもたれてテレビを見ている。
腰からお腹にかけてもこもこのアクリルの膝掛けを掛け、足にはふわふわのルームソックスを履いた。
彼の吐く息が私の頭に当たる。
背の同じくらいの彼を私は心の底から愛している。
ヒールを履けば追い抜いてしまうくらいだけれどそれがまた良い。
背伸びをすればいつでも彼にキスする事が出来る。
「ねぇ」
そう呼びかければテレビを見ていた彼は私の方を向いた。
目が細くすこし釣り上った、けれど綺麗な顔。
彼の胸元を引き寄せ上を見上げたまま唇を重ねる。
少し眉間に皺を寄せ私の手を払いその手が私の肩を掴んで引き寄せられた。
彼から今度はキスされてそれは思いのほか長い。
離れてからにやりと彼が笑いまたテレビを見た。
「苦しいじゃない」
そう文句を言えば彼はテレビを見たまま意地悪く言う。
「でも、嬉しいんだろ?俺は嫌じゃないぜ」
その言葉にふふっと笑ってテレビを見る。
同じ物を共有しているこの感覚が堪らなく幸せだ。
「で、準備はどうよ。順調か?」
彼が指しているのは結婚式。
お金が少し戻ってきたこともあり、とりあえず、式と披露宴は予定通り挙げる。
足りない分はご祝儀でと二人で話し合って決めた。
「もちろん。抜かりは無いわ。……私ね、ブーケトスやろうと思うの」
独身ばかりで適齢期を逃しつつある友人を思い止めていたそれをやると告げれば彼はこっちを見た。
それに笑顔をそっと向ける。
「トス、じゃないかな。花束贈呈かもしれない」
その言葉に彼は首を傾げ眉を寄せた。
短気な彼はこういう風に察してくださいという言い方が好きじゃない。
だから怒りだす前に口を開く。
「涼ちゃんにね、上げようと思って」
そう言えば意外そうにけれど嬉しそうな顔を浮かべる。
彼の親友の恋人で、私の親友になりつつある小さなそれでいて綺麗でかわいらしく、いつも控え目に、決して主張せず、他人を思いやるその年下の女の子を私も彼も妹のように愛している。
「笹川に?」
わざとらしく聞いてくる彼に一度頷く。
サプライズにするつもりだと告げそれから彼にだけは理由を話す。
「幸せになって欲しいの。涼ちゃんには誰よりも一番、幸せになってほしい」
過去に酷い目に遭い、また同じ目に遭ったその事を思うだけで胸が詰まる。
苦しくて自分の事のように辛い。
それは彼も同じだ。
二人の間で話には上がらないけれど、彼も心を痛めている。
もっと早く探し出せれば。
もっとちゃんと一緒に居れば。
もっと気をつけて居れば。
涼ちゃんと同じように傷ついた佐久間礼も同じように心配でそれでいて二人とも大好きだ。
だから二人には何が何でも幸せに、二人でなって欲しい。
「そりゃ、喜ぶな、笹川も礼も」
彼がただ嬉しそうに笑って告げてきてうんうんと頷いた。
同じ気持ちを共有出来るこれ以上無い幸せを噛みしめる。
それからそっとお腹に手を当てた。
ここにはもう一人幸せを共有したい小さな命が居る。
まだ細胞が少し変わっただけのようなその存在は、涼ちゃんと佐久間礼に並ぶ大事な人になる。
当てた手を側にある彼の手に重ねて、それを自分のお腹に持ってきた。
その行動に彼は不思議そうな表情を浮かべている。
「名前を付ける時は礼か涼のどちらかを使ってちょうだい。二人のように人を思いやれる優しい穏やかな人間になって欲しいの」
彼がその言葉に目を丸くしてそれから本当か?と尋ねてきて笑みを浮かべたまま頷く。
私達は彼らの正反対だ。
何も障害無く、何も隔てる物も無く、何も気にする事も無く、何も心配する事も無く、何も心を痛める物も無い。
祐樹から少しだけ聞いた佐久間礼の過去も、本人から聞いた涼ちゃんの過去も、私達とかけ離れていて、分かりあえない部分があると思う。
だから時折信じられない。
そんな辛い目に遭ってきた二人がお互いを想い合い、ただ、大切にしているのが堪らなく信じられなくなる。
責めたり罵ったり苦しめたりせず、穏やかに笑い合うその姿を、ただ、羨ましく思う。
彼らには私達よりずっと幸せになって貰わないと困るんだ。
そうでないとこの今の幸せを手放しに喜べないのだから。
祐樹は私のお腹を愛おしそうに撫でてから笑ってもう一度キスをした。
願わくば今この瞬間に彼らが同じように幸せであって欲しいと、思った。