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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十二話 彼と私と日曜日
122/418

12-10 わたしと彼とあの言葉







ずっと感じていた違和感が口に出して彼女に言えば言う程形を成して行った。


涼ならもっと怒っているのではないかと思う。

けれど涼なら怒らずに笑って許してくれていたとも思う。

涼なら震えていただけではないかと思う。

けれど涼なら自分より俺を優先して耐えていたのではとも思う。


いつから?


いつから涼は俺の知っている涼になった?

いつから涼は俺の事を信じなくなった?

いつから涼は俺の事を好きになった?


俺はいつから涼を好きになった?

俺はいつから涼を見ていなかった?

俺はいつから涼を愛していると思った?


目の前に居るのは誰?

目の前に居るのはどれ?

目の前に居るのは俺の恋人?



「君は誰?涼の姿をした、誰、なの?」


口に出た言葉は彼女の顔色を変えた。

それまでぼんやりとしていた顔が急に引き締まりそのまま首を振る。

その姿を見て急激に体が冷たく冷えていく。

追い炊きが付いていない風呂に入っているからじゃない。

体感温度じゃなくもっと芯の所が恐怖に似たそれに冷えていく。


「……涼はいつからそこに居ない?いつから俺の側に居ない?」


そう抜け殻になったような何も考えられない心で呟くように尋ねれば彼女は静かに涙を目に溜めてそれを瞬きと一緒に落とした。

一滴、一滴、静かに、まるで泣いている事にすら気づいていないように頬を伝う涙を不謹慎ながら美しいと思った。


彼女は、涼の姿を被った彼女は、それでも、まだ、俺を愛していると思っているのだろうか。

だから涙を流しているのだろうか。





どうして。

どうして。

どうして、どうして、どうして。


どうして、そんな事を言うんだろう。

そんな事を言って私を責めるんだろう。

私が何をしたって言うのだ。


苦しい。

苦しい。

苦しくて苦しくて苦しい。


わたしも私も『私』も礼を心の底から想ってる。

大事で大切で側に居て欲しいと願ってる。

愛してると心の底から、それだけは間違いなく、本当に、そう思っている。

けれど私は確かにずるいんだ。

卑怯で汚くてそれでいて彼を拘束しようともがいている。


「君はどうして俺の側に居る?どうして俺は君を愛して居る?なあ、何か言えよ、なんで、君が俺の側に居るんだ?どうしていつから、どうして」


彼が声を荒げすがるように湯を掻きわけて私の力無くただそこにあるだけの肩を掴んで揺する。

がくがくと首も頭も揺れて彼はそれをみて動きを止めた。


違うの。

違うの。

違うの。


わたしも私も『私』も同じように貴方を好きで愛しているの。


けれどわたしには何て言えば良いのか分からない。

どうやって説明したら分かってもらえるかそれが分からない。


「何とか言えって、俺をどうしてそんなに想うんだよ、どうして俺なんだよ」


悲痛と絶望と苦痛だけが彼の顔を支配していた。

その顔を見たくないのに俯けない。


頭の中で彼が離れて行ってしまうそれに怯えたわたし達が考える。


どうして責めるの、とわたし。

どうして体だけじゃだめなの、と私。

どうしてそんな顔をするの、と『私』。


どれも本当の思いで、でも、それはとても伝えられなくて唇を噛みしめる。


「なあ、言ってくれって。俺を愛してるって言ったのは、俺を好きだと言ったのは、俺の側を離れないって言ったのは、俺の心を軽くしてくれたのは、俺に楽しそうに笑ってくれたのは、俺の為に泣いたのは、俺の為に耐えたのは、俺の為に努力したのは、一体、誰なんだよ!」


声が反響してその幾重のも重なった彼の悲鳴と揺さぶる手がわたしと私と『私』を責め立てて体が小刻みに震えていく。

いつもなら『私』に対する彼なら力強く抱きしめてくれたのに、彼はその手を伸ばしてはくれなかった。

何か言わないととわたしが焦り彼の事を誘惑したいと私が思いただうろたえるだけの『私』が居る。


明に作られた私は、長い時間と礼によって『私』になって、箱を開けられてわたしになった。


彼と体だけでも繋がって居たい私。

彼と心も繋がりたい『私』。

その中間でふたつの自分を見ているわたし。


それでもわたしも私も『私』も彼と一緒にいつまでも居たい。

それは本当に彼を誰より愛しているから。

でも、それが、彼をこうやって苦しめるなら、嘘を吐くのはわたしと私と『私』じゃないと駄目だ。


彼の顔をただ見つめた。

記憶にある笑った顔も泣いた顔も意地悪する顔も嬉しそうな顔も幸せそうな顔も全部、全部、わたしと私と『私』が持っていく。

もうそれだけあれば充分、幸せなはずなんだから。


最後は笑いたかった。

笑ってこんな酷いわたしと私と『私』でも、笑顔だけ覚えていて欲しかった。


もうチェックメイトだ。


一度目を閉じれば涙が流れて落ちた。

それからゆっくり目を開けてそっといつものように笑う。

ただ穏やかに静かに。

彼は肩を揺するのを止めて笹川涼を見ている。

まっすぐ視線をそらさずにただ見ている。


「おしまいにしましょう、もう、一緒には居られません」


出来るだけゆっくりと何も感情を乗せないで告げる。



笹川涼は佐久間礼を本当に本当に愛していました。

彼の為なら辛い事も苦しい事も受け入れる覚悟をしました。

自分が耐えていれば一緒に居れるのなら何も苦痛ではなかったからです。

彼が笑ってくれればそれだけで幸せだったからです。

彼が一緒に居てくれればそれだけで満足だったからです。

だからこそ彼に言わせたくなかったんです。

彼はいつも穏やかに笑っていて欲しいから。

決して自分を責めたりしないで欲しいから。

彼を苦しめるのなら居ない方が良いのだから。

だから、もう、良いんです。

もう、充分、幸せだった、から。



固まる彼にまた口を開く。

大丈夫、ちゃんと最後まできちんと言える。

そう自分に言い聞かせてそっと声を出す。

その声はもう震えて居なかった。


「もっと早くこうするべきでした。貴方の気持ちに応えるべきじゃありませんでした。好きになってくれてありがとう。愛してくれてありがとう。大事にしてくれてありがとう。全部、全部、ずっと大事にしまっておきます。だから……もう、大丈夫。もう、悩む事も嘆く事も辛い事もありません。もう、笹川涼は貴方の前に現れないとそれだけは約束しますから。もう貴方と一緒に居るのは嫌です。すごく辛くて苦しくて、それなら、もう……一緒に居てくれなくて良い」


彼の嫌いな言葉をちゃんと言う。

ちゃんと最後まで笑顔を向けて言った。


彼はただ静かに目を見開いてわたしを見て、それから小さく動いた。

物凄く私事ですが。


この作品は完璧に竹野の自慰作品になってしまっています。

ですが、今回ばかりは本気で泣きながらキーボード打ちました。

自分が作っている作品でこんなにボロボロ泣いたのは初めてです。

初めて書いた事を後悔しています。


もっと本当は幸せにするつもりだったのに、どうしても涼と礼に辛い目に遭って貰わないと話が成り立たないという言い訳です。

竹野の拙い文章力では伝えたい事の半分も書ききれません。

本当にごめんなさい。


みかんとこたつとクリスマスから読んで頂いてる方もいらっしゃると思います。

前作の二人のイメージを180度変えてしまうような展開にして本当に申し訳ありません。

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