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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十二話 彼と私と日曜日
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12ー8 私と私とパンドラの箱

結果的に言えば俺は涼を抱いた。

それはもう狂おしい程時間を掛けて何度も何度も。

途中、避妊具が無くなりやめようとすれば彼女はそのままで良いと言いただそれに流された。

その間中、彼女は泣き喚き拒絶する言葉を吐き、かと思えば誘い甘え自ら腰を振る。

そのギャップに戸惑う余裕も止める理性も無かった。


あれからどれくらい掛かったのか分からない。

けれどそれは終わった。

呆気なくただ平坦に尾を引く事無く終わり、今、俺と涼は薄っぺらいごわごわするシーツの中で背中合わせに寝ている。


終わってしまえば後悔と執拗な吐き気が俺を襲い起き上がれずにいた。

片手で口を押さえもう片方は胃を掴むようにしている。

内臓が全部、掴まれて揉まれているような感覚。

すべてを吐きだしてしまいたくなりそれ。

かつてそうだった事を思い出しそれでも戻さずに居るのは最後のプライドだ。

胃液は喉まで上がり留まってそこを痛めつけ何度も顎の下がひくつく。


これは罰だ。

彼女のパンドラの箱をこじ開けてしまった俺に下された罰。


初めて彼女と結ばれた時も襲い犯した時でさえそんな風にならなかった。

けれど今は昔と同じようにどうしようも無い、それでいてかつて無いほどの吐き気が俺を罰している。





彼に抱かれるのは三度目だ。

そのどれも違うシチュエーションでどれも違う彼と私だった。

今回の彼は明と違い私の体を痛めつける愚かな真似はしなかった。

けれど何度も何度も私がそこに居るのを確かめるように体を味わった。


背中合わせで寝ている彼から小さく呻く声が聞こえているのも分かっている。

気持ち悪いのだろう。

かつてそう彼が自分で言っていたのだからそうなんだと思う。

前の二回はそんな風にならなかった。

それはきっと自惚れだろうけど『私』だったからだ。

しかし今回は違う。

私は『私』では無く明に作られた違う私のまま抱かれたんだ。

だから礼は『私』がそこに居るのを確かめように抱いた。

けれど彼に『私』は見つからなかった。


だからトラウマが蘇って体に拒否反応が出ている。


私は彼のパンドラの箱を開けた。

彼のそこから出ている欲を逆手にそうした。


どうしてそうしたのかと言えばそれがこの機会を逃したらもう開かないと知っていたからだ。

けれど後悔していないかと言えば嘘になる。

もっと大事にしたいんだ。


彼のパンドラの箱がどのタイミングで隙間が開きただ真っ直ぐな私に対する欲が出たのか分からない。


そもそも私が普通じゃないから彼は我慢をした。

彼が我慢をしそれが限度を迎えた時に私がそれを受け入れられなかったから、彼はすべてを諦めようとした。


だから彼がすべてを諦めないためにこじ開けた。

それは、誰の為?

それは、自分の為。

じゃあ、彼はどうなるの?

彼は、彼は?


礼はどうしたいの?


そこまで考えれば閉じていた目を開けた。

その先は私一人では答えが絶対に出ない。

そもそも彼が要らないと言うまで私は彼の側に居ないといけないんだ。


体が鉛になったように重い。

明ほど酷くないとしても彼の体は私には大きすぎる。

受け入れる物ですら大きすぎて隙間が無いほど、むしろ広げられて責められれば苦しい。

けれどとにかく今のこの状況をどうにかしないとここに泊まる事になってしまう。

礼は辛そうに声を漏らしているからきっと動かないだろう。

それなら私が動かないといけない。


「うっ……んっ……」


そっと振動を起こさないように起きたつもりだったけれど彼が呻く。

そのまま裸足で浴室の前の洗面台へ向かいバスタオルを一枚取ってのろのろ戻る。

それから彼の前に回って膝を着いて座る。


「礼」


そう小さく呼びかければ眉を寄せ顔を顰め閉じていた目が薄らと開く。

口元に半分に折ったバスタオルをそっと差し出し頷けば彼は首を小さく振った。


「良いから、大丈夫。無理しないで吐いた方がいいです。そうじゃないとずっと苦しいままですから」


そう私ではなく『私』が言う。

その言葉に彼が目を開けてそれからゆっくりと頭を動かしてタオルの上へと持ってきた。

耳を覆いたくなるような苦しい音が響き彼の口からは吐瀉物が溢れ出てタオルを広げた両手に落ちていく。

胃液の癖のある臭いが漂い始めそれでもただ見つめた。

両手が塞がっていたから彼の背をさする事も出来ない。

それでも何度か吐けば彼はまた我慢するように口を閉じ手で覆う。


「ちゃんと全部吐いてください。後が辛いですから」


促し首を振る彼にため息を少し吐いてからタオルをベッドの上に置く。

それから彼の後頭部に手を当てて反対側の手で彼の手を外す。


「や……め、て」


そう苦々しく喉をひくつかせながら言う彼のそれが開いた瞬間に彼の手を持っていた手を離し口の中に突っ込む。

そんな事されると思わなかった彼が目を開いて仰け反り抜こうとする。

それを押さえたままの手で押し返し口に入れた手の人差し指と中指だけを喉の奥にどんどん突っ込む。

入れれば入れるほど喉全体が押し返そうとびくびくと動き指先が小さな突起に触れた。

それを二本の指で動かしてやれば生温い物がその先に当たり急いで指を抜いた。

入れっぱなしになんかしたら窒息する恐れだってある。

指を抜けば残っていた吐瀉物がタオルの上に落ちその後黄色い胃液だけになった。


「全部吐きました?」


尋ねながらぬるつく指の臭いを少し嗅げば強い胃液の臭いがし残っていた吐瀉物が少なかった事を示している。

げほげほと咽る彼が小さく頷いたのを確認してタオルをそっと取り上げ二つ折りにした。

中身がこぼれると厄介なのでそのまま丸く肉まんを作るように纏めさっさとトイレに運び水を流しながらそれを流し濡れたタオルを軽く絞ってから床に置く。

部屋の中よりは密閉されているが利用する回数の少ない方がいいだろう。


洗面台でハンドソープできちんとすみずみまで手を洗ってからフェイスタオルで水気を取りくんくんと臭いを嗅げばもうすっかりフローラルな石鹸の香りになっている。

鏡に映る自分の姿は化粧はひどく体中彼が付けた小さな痣が花弁が散ったように広がっていてあまりのそれに苦笑いする。


そこに映っているのは私なのか『私』なのかよく分からない。

ここに来る前なら確実にそれは『私』だったと言える。

断言できる自信だってある。

けれど今はどっちがわたしの中で大部分を占めているのか分からない。


礼のように吐き気はしない。

これは『私』がわたしの中に居ない事になる。

礼のように後悔してない。

これは私がわたしの中に居ない事になる。


鏡の中の自分が薄く笑っている事に気づきただそれを見たくなくてその場を後にした。

それから棚の中に隠されている冷蔵庫を開けミネラルウォーターが入っている場所のボタンを押す。

プラスチックの蓋がかちりと音を立て開きそこからそれを取り出して礼の元へ向かった。


礼はまだうずくまったまま動かない。

その背中を見て思う。


彼は三回とも違う彼だったけれど同じ彼だ。

彼の本質的な所は何も変わっていないからこうやって苦しんでいる。


でも私は違ってしまった。

『私』と私は一瞬で入れ替わり彼を誘惑したんだ。

彼はきっと私を許してくれないだろう。

彼は『私』しか愛していない。

一度壊れかけた『私』は彼によって直された。

けれど今回もそうなるとは限らない。

不安定に私と『私』が顔を出して彼に違う態度を取る。

彼はきっと戸惑いその度に心を痛めていく。


わたしが『私』に戻るには、わたしが彼を傷つけないためには、わたしは彼とどう付き合っていけば良いのだろうか。


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