3-3 彼と私と祐樹さん
って、あれ、異母兄妹って言わなかったと彼の顔を見上げる。
しゃもじで黙々とご飯を茶碗によそってる。
間違えるなんて珍しい。
「あの、異父兄妹です」
小さく訂正すると彼は不思議そうな顔をした。
混乱しているのだと思う。
「私の父は笹川で黒井さんではありませんから。えっと母は同じですけど」
告げてからあぁうんと頷く。
本当に分かってくれたのか。
「それから、祐樹さんには何も言わないでください。母が再婚した事も何もご存じ無いと思いますし、母を良く思ってらっしゃらないかもしれません」
かき混ぜた釜飯を茶碗に盛る。
私の前に置かれたのは海老釜飯だ。
「そうだね」
彼が私の言葉に納得したように頷いた。
正月早々御通夜みたいな雰囲気で釜飯を食べると私たちは店を後にした。
衝撃的な話を聞いてしまったと冷や汗が流れる。
そりゃ彼女も中々口を割らないわけだ。
えぇっと親友の父親を奪ったのは俺の親父で、父親から逃げた母親と新しい男の間に生まれたのが涼で、でも、親父がこき使わなかったら母親は逃げなかったから彼女は生まれてない。
お釣りの小銭を何枚か落として拾い上げる。
外へ出ると寒そうに彼女が手をはぁっと温めていた。
「……なんかすごい複雑だけどとにかく涼がどうしてそんなに出来るのかは分かったよ」
佐久間の家の躾ならばそうだろうと思う。
佐久間は母の名で父は入り婿だ。
その名は没落したけれど財閥の末裔だ。
俺と父には何も言わずに三歩下がっていた母も使用人には確かに厳しかった。
「という事は、涼は遅くに出来た子供って事になるよね」
と尋ねると歩きながら頷く。
俺と祐樹の母と言う事は少なくとも30は近いだろう。
俺の母が俺を生んだのが25の時だったし祐樹の話では両親は結婚が遅かったとも言っていた。
「当時ではですけどね」
ほんの20年位前の話なのにずいぶんと時代は変わってしまった。
今は晩婚化していてそれくらいに子供を産んでもおかしくはない。
「そうかぁ、佐久間のねぇ」
自分の名を出して唸る。
佐久間の躾を受けた人の子供ならば間違いは無いに決まっている。
「本当にすみません、昨日の話を聞くまでは私も佐久間さんの所だと思って無くて」
頭を下げる彼女に首を振る。
いやいやそれは仕方無いよ。
「祐樹に会っても分からなかったの?」
そう尋ねると母とあんまり似ていないんですとの答え。
確かに彼は父親そっくりだ。
しかし困った。
まさかこんな所で繋がるとは思って居なかったんだ。
「話さない方が良かったですか」
足を止め心配そうに俺を見上げる彼女に言葉を掛けようとした所で背後から呼びとめられた。
「おう、礼と笹川さんじゃん」
ぎくりと振り返ればそこには今一番会いたくない人物が立っていた。
その顔を見て顔色を変えないように努めて振り返ってから手を上げる。
「お、祐樹。こんな所で会うなんて偶然だな」
握っていた手に力がこもる。
彼女の緊張が直に手を通して伝わってきた。
彼を呼ぶ声に聞き覚えがあった。
それは間違いなく祐樹さんだった。
なんてタイムリーな人なんだろう。
隣に立つ高松さんが頭を下げてきて慌ててそれに倣う。
「あけましておめでとう」
そうにこやかに言う祐樹さんを見て返事をする。
「おめでとうございます」
礼は私の手をしっかりと握っていてくれる。
大丈夫。
必要以上に口を開かなければボロは出ないはずなんだから。
御茶でもしようぜとの祐樹さんの断りに彼が断れるはずもなく私たちは小さな喫茶店へと移った。
小さな店の小さなテーブルに大人4人で座ればきっちきちだ。
必要以上に礼と密着することとなる。
いつまでも手を握ったままの私たちに祐樹さんがにやりと笑った。
「おー、おー、お熱いことですな」
オッサンみたいな物言いに吹き出しそうになる。
いや、違う。
この人本当に私の兄妹なのだろうか。
まじまじと見つめるも自分で思うのも何だが似ていない。
そんな私の様子に高松さんが申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさいね、この人強引だから」
いえいえと手を振り礼と繋いでいた手を離す。
それから一番安い珈琲をお願いした。
とりあえずもう何もしないでおこうと俯いて男二人がタバコを吸っているのを見る。
煙がもくもく上がってく。
「着物似合ってるな」
と声がかかってうんうんと頷く高松さんの声。
顔を上げればにこにこと二人は笑っている。
同じ年だという彼らと礼から見たら私は幼いのだろう。
なんせ五つも下だ。
「こいつなんか大きいからそういうの似合わないからな」
高松さんを指してそう言う。
確かに祐樹さんとあまり変わらない背丈の彼女ならば着物よりはドレスの方が似合いそうだ。
「ひっどい」
呟きそっぽを向く。
あーあ、怒らせたと礼が野次ると慌てて謝っている。
私と礼は思わず吹き出すとようやく二人はこっちを見た。
「お、ようやく笑ったな。なんか二人とも新年早々、怖い顔してるからさ」
なっ、と相槌を求めれば高松さんが頷く。
いや、はい、すいません。
重い話をしていたんです。
とは言えず礼が機転を利かせてくれた。
「人が多いからね、疲れちゃって。昨日も遅くまで起きてたし」
1時には二人とも寝息を立てていたのに、すらすらと出てくる嘘に感心しつつ頷く。
「おいおい、何してたんだよ」
新年早々の下ネタに顔を赤くする。
いや何もしてないですと答えるとまたにやにやと笑う。
本当にしていないのですと心の奥で思う。
「俺の彼女困らせんなよ」
礼が助け船を出してくれる。
悪い悪いと祐樹さんが謝ってしげしげと私を見た。
「しっかし良いなぁ、俺も、こんな可愛い妹が欲しかったよ」
来たばかりの熱々の珈琲を吹く所だった。
それは隣に座る礼も一緒だったらしく少しむせている。
「そ、それだとお前と親戚になる可能性があるってことだろ」
苦し紛れの言葉にはっとする。
親戚になる可能性?
それって結婚するってこと?
いや確かにあるけど、まさか、こんな所で聞くとは思わなかったと赤くなる。
昨日、年が変わる前に、胸に秘めた思いはそれだった。
「あー、そうだな。でも、ま、それも良いんじゃね?どっちが兄になるかは別としてお前なら親戚でも構わん」
いや、言い切らないでください。
異父兄妹だって立派に多分そうなったら親戚だ。
「あら、ご結婚されるんですか?」
カップを長い指で持ったまま高松さんが目を開いた。
いやいや、待って。
話の流れちゃんと聞いててください。
礼がそれにうーんと唸った。
「そうだね、その内そうなったら良いかな」
彼の顔を思わず見上げる。
そうなの?と多分顔に出ていた。
そこにはいつもの安心させるような笑顔が浮かんでいてつられて笑ってしまった。