12-6 俺と彼女とラブホテル
駐車場に車が止まった。
こういう所を知らないわけがない。
散々連れて来られている。
彼が乱暴にドアを閉めて前を通って私の方に来た。
鍵を閉めたって彼は鍵を持っているんだから大した抵抗にならない。
というかそれすら体が震えて出来ない。
怖い。
瞬きすら忘れたままただ茫然と座る私に覆いかぶさるようにして彼がシートベルトを外す。
しゅるしゅるっと巻き取られたそれは最後の抵抗が無くなった証だ。
「降りて」
体から離れ外に立った彼が言う。
酷く残酷で冷たい声だった。
恐る恐る彼を見上げれば待ちきれないと言わんばかりに手が私の腕を掴み強制的に引きずり出された。
嫌っ、とその手を払うとまたそれが伸びてきて、出てきたばかりのカップルが不思議そうに見てくる。
「良いから、来て」
引っ張られ腕の中にすっぽりと収まってしまった私の腰に彼の手が来てそのまま押されるがまま中に入る。
狭い外から隠すような入口を抜けて無駄に大きいパネルの前、彼が適当にそれを押し出てきた鍵を持ってエレベーターへ向かう。
ここは後払いなのかとただ思った。
狭く古いエレベーターの中でようやく解放されてただ後ろに下がってもすぐそこに壁があり開いた距離は人一人分くらいだった。
扉が開いた瞬間に彼を押して素早く閉じれば逃げれるだろうか。
でも、彼はきっと手を伸ばし閉まる扉を止めてしまう。
四階にそれが着いて彼が私の手を引いて歩きだす。
乱暴に掴まれてそれが明にされているようで気持ち悪くなった。
空いている手で口を押さえ、もう彼の背中も見たくなくて視線を下に落としたまま開いたドアに押し込まれる。
部屋の中は独特の匂いがした。
「うっ……」
胃がびくつき胃液を吐きそうになり屈んでしまった私を彼はただ抱き上げてそのままベッドの上に放り投げ出された。
やめてと言いたいのに声も出せなかった。
ただ口を両手で押さえて目を閉じているしか出来ない。
わざと明りを落としているその部屋の大きなベッドの上で投げられたままの姿勢で苦しむ彼女に圧し掛かる。
それから無理矢理仰向けにさせてその首元に顔を埋めた。
びくびくっとそれだけで彼女が恐怖で震えていて、その白い肌に口を寄せてわざと吸い付き痕を残す。
顔を上げそれを見た瞬間、背筋がぞくりとした。
透き通るほど白い肌に小さな薔薇の花弁が落ちているようにくっきりと赤い痣。
それを見た事がある。
それは見たく無かった物だ。
ぞくりぞくりと鳥肌が全身を覆いつくし動けない体のまま彼女の顔だけ見れば目を閉じ眉を寄せ眉間には深い皺。
体を片手で支えてその頬に手を伸ばせば引きつけを起さんばかりに体が揺れた。
もうそれ以上出来なかった。
理性が欲望を確実に仕留め始めそのまま体を退けて彼女の足元で正座し頭を抱える。
叫び出したくなるのを抑えて唇を噛みしめて体を縮めた。
これじゃああの男と同じじゃないか。
また嘘を吐いているじゃないか。
彼女がただ傷つくだけじゃないか。
肩で息を荒くしながらただそんな風に思い思えば思う程、自分が嫌で嫌で堪らない。
布擦れの音がして彼女が動いたと分かる。
早くベッドから降りて欲しいと願いそっちを見る事も出来ない。
「礼」
しかし彼女はただ俺を小さく呼んだ。
俯いたまま首を横に振る。
何も言えやしない。
「礼、どうしたの。したいんでしょう?」
甘く誘うようにはちみつが垂れるような言葉に思わず顔を上げた。
抱えていた手を下ろして彼女を見ればもうただ失望し何も感じていない顔で横たわったまま上半身を少し起こし体を肩肘で支え、自分の下着とタイツに手を掛けていた。
「したいんでしょ?」
もう一度言いその手がゆっくりと下がるのを見て涙が流れた。
ただただ溢れてその目の前の光景を遮っていく。
あいつ良い体してんだろ?
オレが作ったんだぜ
あいつ嫌がってたのに最後は自分から腰振ってたぜ
あの聞きたくなかった言葉が頭にガンガン流れてきてもう何も考えたくなくてけれどその言葉を裏付けるような彼女の姿が嫌で、そうさせたのは俺なのにただ嫌で口を開いた。
「涼っ!!」
俯き涙がぼたぼたと落ちる。
彼女の手は止まった。
それから不思議そうにただ見ている。
名前を呼ばれた。
礼がそうしたいのなら私がただ我慢をすればいいんだ。
私が我慢をさせていたなら私が誘えば彼は出来るんだ、といつか習ったようにしていただけなのに。
彼は泣いている。
それは知っていたけれど彼が自分からそうしたいと願ったのならどうして泣くのだろう。
「……礼?」
意味がもう分からなくてただそう呼べば彼はそのまま這ってくる。
なんだやっぱりしたいだけじゃないと下着を下ろす手を進めれば彼の手がそれを止めた。
脱がせたいのかと手を離せば次は彼がそのまま私を押し倒し抱きしめる。
そうか、そういうやり方がいいのかと力を抜いて覆いかぶられたままじっとしているが彼はそのまま私の首元に顔を埋めて肩を震わせてしゃくり上げて泣いている。
「礼?どうしたの?時間、勿体ないよ」
その体に腕をまわしそう言うと首元で髪が揺れ首を振っているのが分かる。
彼は明と違うんだと思う。
明はいつも一分一秒でも惜しむように私の体を貪り付くように味わった。
気を失っても泣き叫んでも止めてくれる事はなかった。
むしろそうしたほうが彼は快感を覚えますます責め立てて来た。
中途半端に脱げた下着が気持ち悪くて足を動かし脱ごうとすれば礼はそれを自分の足で絡めて止める。
「礼?早くしよう。気持ちよくしてあげるから」
そう言えば彼が私を抱く力がただ強まって頭の中が混乱した。
深く深い所にある私の歪んだ価値観が警鐘を鳴らす。
このままでは大好きな人に捨てられる、と。
「礼、礼、お願い。したいならして。そうじゃないと不安なの。こんな風に中途半端に生殺しにしないで。私を捨てるくらいなら目的がそれだけでも良いから側に置いて」
そうやって明にお願いしたんだ。
そうすれば彼はにやりと笑って私の体にまた飛びついてきた。
でも礼は?
礼はどうなのかな。
礼はこんな事する人じゃなかったのに、どうしてここに居るの?
どうしてこんな風にしたのに、気持ちよくなる事を拒否するの?
私の言葉にびくっと体をただ揺らして彼が起き上がり肘で体を支えた。
私の目の前に彼の顔が来て体は触れてしまうほど近い。
胸がドキドキした。
彼の顔があまりに悲痛に歪んで涙で濡れて、物凄く色っぽかったから。
だから手を伸ばし引き寄せて無理矢理唇を重ねた。
噛みしめているその柔らかい唇に舌を這わせ閉じている歯を開かせようとする。
これは何?
これは私が彼を襲っているの?
不意にそんな風に思って体がびくついた。
目を見開けば彼は怖がる子供のように目を強く閉じてその顔に皺が寄っていた。
「礼、ごめ、ごめんなさっ、ごめんなさい!ち、違うっ、違うのっ!!わ、わた、私っ、わたしっ、む、むりやっ、無理矢理っ、ごめ、ん、なさっ」
もうどっちがどっちか分からなかった。
彼が私を襲っていたはずなのに私が彼を襲っていて。
嫌がっていたのは私のはずなのに気付いたら彼が嫌がっていて。
彼の涙が私の頬に垂れて濡らしてきてその冷たさに顔が引きつる。
それはまるでガラスの雨のようだった。
私達にはただ一緒に快感を得る事すら許されていないのだろうか。