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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十二話 彼と私と日曜日
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12-5 俺と彼女と嘘の果て

フードコートを出ても彼女の顔は沈んだままで言い過ぎたと少し後悔する。

でも本音だった。

前から俺にそういう幻想めいた物を抱いていることはよく分かっていたし、身に染み付いたそれは嫌でも出てしまう。

けれどちゃんと分かって貰いたい。

俺は涼と自然体で付き合ってる。

カッコつけたり金に物を言わせたりしてるわけじゃない。

彼女にはたまたま付き合った人がお金持ちだったくらいに思って欲しい。


同じように血が通ったただの人間だから何を思われても受け流せるほど強くもない。

それが他人なら笑って受け流すけれど涼は嫌だ。

嫌な事も嬉しい事も全部ちゃんと見せているのだから、そんな風に自分も相手も騙すように受け流したりしたくない。


「まだ拗ねてるの?後でチーズケーキ食べさせてあげるから」


そう言えば彼女は顔を上げてきらきらと笑う。

大変素直でよろしいと頭を撫でてから歩きだし大体目的の物も買った事もあってあとはぶらぶらと気になった店を覗き見する程度。


最近の涼はどういうきっかけなのか分からないけれどだいぶ遠慮することが無くなった。

服にしても何にしても欲しければ欲しいと言うようになったし、食べたい物があれば食べたいと言う。

それは俺にとっても喜ばしい事だ。

いつまでも顔色を窺われるのは好きじゃない。

それは対等な関係とは言えない。


「これ、可愛い」


そう手にしたのは春らしい軽いイメージの薄いピンクのパンプスで早速試着をしている。

けれどそれは彼女の足には大きすぎたようで棚に戻してブーツを履いた。


「残念、涼は足が小さいからね」


そう言えばそうなんですよと不満げに言う。

大体の店では彼女の足に合う靴は無い。

辛うじてあるのは子供靴だけ。

サイズを聞けば22cm無いと言う。


「またネットで買う?それともオーダーしてみる?」


そう聞けばうーんと唸ってからオーダーかぁと呟く。

前ならネットで良いですと即座に言っていたその言葉にくすくす笑えば不思議そうな顔。

何でもないよと言い靴屋を出てまた歩く。


「オーダーしてみようかな、デパート行けばやってくれるんですっけ」


その言葉に頷けばふーんと一言。

あまり公にはなっていないけれど顧客の要望ならやってくれる。

俺も何足かはそうやって買った事がある。


「あんまり色とかは選べないけどね、ただ履き心地は抜群だよ」


俺から足を止め入ったのは帽子専門店。

二人で棚に置かれたそれを見ながら手に取っては被ってみる。


「涼は頭も小さいからぶかぶかじゃない」


顔が隠れてしまっているその帽子の縁をそっと上げれば上目づかいで彼女が見てきてその顔があまりにも可愛くて胸が高鳴った。

鼓動が速くなり欲望が顔を出す。

それは自分の理性と戦ってくれているはずなのに今は理性が劣勢のようだ。


あ、やばい、かも。


そう思い帽子を何気なく取ってやり棚に戻す。


あの日以来、彼女には指一本触れてない。

いやそれは嘘になるけれど軽く手が当たってしまったり、悪戯的に触ったりはある。

けれどそれは上半身に限った事だ。

本音を言えばそう言う事もしたい。

隣で寝る涼を見てはため息を吐いてきた。

彼女が夜中、相変わらず息を止めて起きてしまいそれを抱きしめて安心させるように背中をさするのだって軽い拷問だ。


見つめる事が出来なくて不自然に視線に彼女の顔から視線を外しその店を出る。

一歩遅れて着いてきた彼女が不思議そうに見つめてきてますます見れなくなった。


「礼?どうしたの?」


手が引かれ立ち止まってしまって彼女は俺の顔をただ見つめてきた。

それに首を振って何でもないと笑えばその顔が歪む。

それから低くした声で刺々しい口調で呟く。


「うそつき」


一言そう言って彼女は顔を伏せて自分から歩き出す。

引かれた手そのまま歩き出しすれ違う人の視線が気になった。

特に男が彼女を見るのは今すごく嫌だ。

ただ視界に入っただけだと分かっているのに彼女が盗られるような気がしてしまう。

それでもこんな風に喧嘩じみているのは嫌だからと前を歩く小さな背中に向けて口を開く


「涼、ちょっと待って」


そう声を掛ければ彼女は立ち止りこっちを見てきた。

通行人が見ていたのはこれかと、眉を寄せて怒ったままの顔をみて思う。

いつもならそれを見て吹き出し謝ればきっと許してくれたと思う。

けれど今の俺にはそんな余裕が無い。

だからただまた謝ってしまった。

自然に誤魔化してしまった。


「ごめんって、でも、何でもないから」


そう言って引き寄せ抱きしめはしないものの距離を詰める。

俺の言葉を受けた彼女がそれを嫌がり繋いだ手を離そうと動かす。

その顔は怒りに満ちている。

彼女が手を動かしながら俺を睨みつける。


「礼のうそつき、また、嘘吐いたじゃないですか」


大声で言われその言葉に一瞬たじろいで緩んだ隙に手が離れて彼女は一歩下がった。

その開いてしまった俺と彼女との間を小さな子が無遠慮に通り過ぎていく。

立ち止った俺達に周りは喧嘩かと視線を送ってきてそれも堪らなく嫌で唇を噛みしめて彼女の手を無理矢理取った。

離してと嫌がるその手を掴んで歩き出す。

道には両手いっぱいに荷物を持った人や親子連れが居てその人達に無遠慮にぶつかりながらただ進み着いた先は駐車場で自分の車まで来れば彼女は俺の手をまた払った。


「何なんですか、もうっ!意味が分からないっ!!」


珍しく怒鳴る彼女に何も答えず後部座席に荷物を全部放り投げる。

わざと音を立てて閉めて車と距離を開けて立つ彼女を助手席を開け嫌がるのも構わず押し込んでドアを閉める。

ドアを開けて逃げられる前に乗り込みエンジンを掛ける。


「礼!!」


そう怒鳴られ、けれど、それでも、もう堪らなかった。

堪らなく彼女を抱きたかった。

だから彼女に視線を向けそのまま体を倒し身を乗り出して肩を掴む。

そのまま引き寄せ顔を傾けて乱暴に唇を重ねた。

目を開いたまま彼女が俺の体に手を当てて押し返す。

それに素直に応じてから離れて冷たく告げた。


「シートベルトして、車出すから」


彼女の体は震えていた。

それでも、もう、それすらも俺には刺激にしかならなくてそのまま車を出す。


同じように血が通ったただ人間だから。

だから普通に彼女を好きになった。


だから。

だから?


運転しながら唇を噛みしめて彼女が震えているのを横目にただちらりとたまに見るしか出来ない。

しばらく下道を進めばそれは見えてきた。

無駄に大きなそれでいてわざとらしい建物。

城を模したそれの中に舞踏会が出来るような広間も王様と謁見する部屋も無い事は俺も涼もよく知っている。

彼女が息を飲みそれから俺を見つめた。


「……嫌っ」


小さく叫び声を上げたその声はとにかく震えていた。

上下の歯がカチカチと音が鳴っているのが聞こえる。

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