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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十二話 彼と私と日曜日
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12-4 彼はセレブ、私は庶民

まるで人形のようだと思った。

そのフリルだらけのイチゴ柄のスカートが広がったワンピースを頼みこんで試着してもらい出てきたその顔は真っ赤だった。

それを見てそう素直に思った。

リボンとフリルがふんだんに使われたそれは涼に良く似合っている。

もともと肌が透き通るように白いから尚更人形のようだ。


「似合うじゃない、買おうよ」


そう告げれば全力で首を振られた。

別にそれしか着ちゃいけないと言っているわけじゃないのに。


「絶対、嫌ですっ!恥ずかしいもん」


試着室に戻りシャッとカーテンが閉まってしまいやれやれと肩を竦めれば店員はそれにくすくす笑う。


「よくお似合いでしたけど、ご本人がお嫌なら仕方無いですね」


その言葉に同意して頷きながら同じような格好をしている店員の耳元でひそひそと話しかける。

見る見る間にそれで赤くなった彼女は口を離せばひとつ返事で分かりましたと言ってくれた。

カーテンが開かない事を確認してから素早くレジへ向かい伝票に住所と電話番号、それから名前を記入する。

もちろん差出人は俺で受取人は涼だ。


「お会計は一万九千八百円です」


こそっと声をひそめて伝えてくれるそれにカードを出して出てきたレシートにサインする。

カードにしたのは現金が減っていればすぐに涼に分かってしまうから。

それからちらっと振り返ればまだカーテンは開いていなかった。


「お届けはいつにしますか?」


その言葉に少し考えてから明日以降にとお願いしてその場を離れた。

あんまりレジに居れば開けた時に不審がられる

足音を消しそこまで戻ればカーテンが開いてワンピースを手に掛けた涼が出てきた。

跳ねた前髪を手を伸ばし直してやってそのワンピースを受け取り後ろに戻っていた店員に渡す。


「どうも気に入らないみたいだから、申し訳ないけど」


それを受け取りながら彼女は首を振りまたお待ちしてますと頭を下げた。

ブーツを履いた涼の手を取りそこを足早に出て次の店へと向かう。


「可愛かったのになぁ」


ぼやけば彼女はまた絶対嫌ですと力強く言い、心の中ででも買っちゃったんだよねと思い笑ってしまった。

眉を片方上げて見てくるその顔を誤魔化すようにジーパン専門店に入る。


「俺も新しいの買おう」


その言葉に彼女はひどく驚いて、へ?と声を上げた。

何だよとちらりと睨めば意外ですと素直に告げてくる。

棚に綺麗に畳まれているそれを見ながら口を開く。


「別にいつも高い服着てるわけじゃないよ。大学の時は貧乏だったからね、量販店にもお世話になったし。今日着てるこれも五千円もしないやつだよ」


そう履いているジーパンをぱんぱんと軽く叩けばますます彼女は驚いた表情を浮かべた。

棚から一つ商品を取り当てて見る。

丈はいつも切らずに済むので後は色だ。


「これちょっと濃いかな」


そう聞けば彼女は驚いた顔を止めてうーんと唸る。

それから当てているそれを手に取りくんくんと匂いを嗅いだ。


「染料結構残っているから洗うと色落ちするかもしれませんね。どれくらい薄くなるかは分かりませんけど」


変な特技を見せられて吹き出しそれじゃあ止めようと棚に戻し結局藍色ではなく黒地のそれを一本買った。





隣を歩く礼は買ったばかりのジーパンが入った袋を提げて物凄く嬉しそうだ。

時々、佐久間礼という人物がよく分からなくなる。

今回に限った事ではない。

たまにコンビニに行こうと言い出し、チープな味のお菓子をたくさん買ってきてはむしゃむしゃ食べ始めたりする。

彼ならそんな安い物を買わなくても済むはずなのに。


「何難しい顔しているの」


そう言われ顔を上げれば少し休憩しようと言う。

それに頷いてフードコートへ向かう。

そこは施設唯一の喫煙席がある。


「あっちでいい?」


尋ねられ頷いていつものように空いている席に私が座り席を取っておく。

フードコートは色んな匂いがしている。

買いに行く彼に何か適当なものでと頼みその後ろ姿を見た。


姿だけ見ればどこからどう見ても普通の人だ。


けれどあのジャケットは五万、あの靴は十万。

時計は値段は知らないけど有名な高級時計。

歩く資産みたいな姿にうーんと唸る。

でも履いてるのは五千円以下のジーパン。


何だろう、このギャップは。

頬杖をついてそう悩んでいれば彼はトレーにプラスチックのグラスを二つ乗せてきた。

そのオレンジ色の方を私の前に置いてもう一つはトレーのまま自分の前に置く。


「珈琲ですか?」


とストローを咥えて尋ねれば飲む?と彼のグラスとストローが来て苦いの嫌だなと液体を吸えば口の中でしゅわしゅわした。


「コーラ?」


そう尋ねると彼は自分の口にストローを戻しうんうんと頷く。

だから、何なんだ、それ。

別にセレブはコーラ飲んじゃだめとかじゃないけど。


「また難しい顔して、何考えてるの」


げふっと小さくげっぷをするその姿にますます顔を顰めてしまう。

それを見ながら彼がまた額に指を伸ばしてきて慌ててグラスを置き両手でガードした。


「仕事の事じゃないですって」


そう言えば彼はますます不満そうに指を伸ばし手の平ごと弾かれた。

それから姿勢を戻しまたストローを咥えすこし拗ねたように私から視線を外す。


「何か色々意外で驚いてた所です」

「何が?五千円のジーパン?それともコーラ?」


ストローを噛んだまま横目でじろりと見られどっちもですと答える。

彼はストローを口から外しグラスをトレーに戻す。


「あのね」


彼が頭を掻いてからタバコを取り出す。

一緒に居てからなんとなくわかってしまったけど苛立ったストレスを感じると彼の手はタバコに伸びる。

やばいなぁと俯けばじゅっと火が点く音。


「俺だってコーラ飲むし安い服だって着るよ、涼が俺達みたいな層の人間にどういうイメージを持ってるかは想像がつくけど、あんまり気持ち良い物じゃないの。涼だっておめかしして高級レストランに行ったのに門前払いされて鼻で笑われたら嫌でしょ?そんなに高い服ばっかり着て欲しいならそうするけどそれなら涼は俺に合わせて背伸びをする事になるけど良いの?」


怒鳴るわけでもなくただ淡々とけれど冷たい声で言われてますます俯いた。

合わせてくれているというほどじゃないけど彼はちゃんと私と居るための小さな努力をしてくれているんだ。


「ほら、顔上げて。俺が何を着て何を食べても俺の価値は変わらないでしょ?」


そう言われ顔を上げればトントンと灰皿に灰を落としてそう言われる。

伏せたまつ毛がすごく長い。

彼の言ってる事はものすごく正しい。


「で、どうして欲しいの?俺の今まで過ごしてきた所謂金持ちの世界の方がいいなら、今すぐ帰るよ。それから着替えて出直そう。その代わり涼はお留守番ね」


それにはさすがに首を真横に振った。

それから怒っている彼の顔をじっと見つめる。

彼はそれ以上何も言わずにただ待ってくれる。


「ごめんなさい」


小さく呟けばそれからと先を促された。


「このままが良いです」


それを聞けば満足したのかタバコを消してグラスを取ってずずっと中身を啜る。

確かに私が彼の住んでいた世界に入るにはまだ経験値が少なすぎる。

しょんぼりする私に彼がいくらか声を優しくして告げた。


「そんなにしょげなくてもいずれ嫌って程味わう事になるから、そうなった時に俺の気持ちがよく分かると思うよ」


それは物凄く感情がこもっていて、けれど、今の私にはよく分からなかった。

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