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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十一話 彼と私と就職
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11-14 私とペン立てと名刺と

涼と二人で動かした二つの衝立の向こうに若手が運んできたクロスした金属の細いポールに天板が乗っただけの畳める机と同じベージュの3段のカラーボックスを配置すればもう彼女だけのスペースが完成する。

椅子は机とセットになっていた丸椅子で、もっと良いのをという俺に彼女がこれで良いと笑顔で言った。


「背もたれもないと疲れない?大丈夫かな」


そう完成したそこを二人で眺めれば彼女はにこにこ嬉しそうにしながら大丈夫ですと答える。


「あんまり椅子が幅を利かせるとシンクが使いづらいですから」


確かに広く取ったとは言えすぐ後ろはシンクだから言うとおりだろう。

彼女はその机に座って嬉しそうにぺたぺたと天板を触っている。


「何かこういうの初めてですごく嬉しいです。あ、さっき貰ったの置かないと。あ、でもペン立てとか何も無い」


さっきとは安田に貰った紙袋を指すのだろう。

それはソファの横に立てかけたままで、取りに行き渡してやれば嬉しそうに机の上に出して並べた。


「とりあえずカラーボックスに入れておいたら?後で何か無いか安田に聞いてみるよ」


我が社の百科事典のような彼女ならきっとどこからか備品を出してくれるだろうと思いそう告げれば彼女は頷いてひとつひとつ丁寧にしまっていった。

その手に取られる品々は確かに仕事をする上で必要最低限の物だがあまり綺麗とは言い難い。

社名の入った粗品もあればすこし薄汚れた物もある。

あの安田が?と疑問に思ったが嬉しそうな涼の気持ちに水を差せなかった。


「では仕事に掛かりましょうか」


そう言い立ち上がり彼女は椅子を机の下に入れてシンクへ向く。

その隣に置いてあるポットに水を入れ台座に戻して電源を入れる。

ランプがつきお湯を沸かし始めた事をそれが示している。


「社長もいつまでもそこに立ってらっしゃらないでお仕事してください。今日の分が終わらないと帰れませんから」


その言葉に苦笑し珈琲にしてねとだけ伝えて机に向かう。

もう昼が近い時間、涼の対応だけで午前中をつぶしたことになる。

コポコポ音が鳴りやがて珈琲の良い香りが漂って彼女がそれをマグカップに淹れて持ってきて机にそっと置く。


「今日の予定は十三時より会議室にてバレンタインの売上の結果について発表と今後の対策を考える会議があります。その後十六時からはニコニコスーパーの担当者との会合がここであります。何時に終わるか分かりませんのでその後の予定はまた追ってお話いたします。昼食は先になさいますか?それとも会議の後にされますか?」


片手に持った手帳を開きすらすらとそう言う彼女に怪訝な顔をせずにはいられない。

その表情を見て困ったように笑い彼女は言う。


「本当に秘書はやった事ないですよ。AV女優のスケジュール管理はありますけど」


その言葉に呆れるやら感心するやら何も言えない。

といかAV女優って何の仕事だよ、と思う。

それが表情に出たのか彼女が片手を振る。


「いや、出演はしてません。明の知り合いの方が制作会社をやっていらっしゃってマネージャーが一人辞めたから短期でどうしてもと言われて明経由で行かされただけですから」


出演なんてしてたら怒鳴っている所だったと思いながらただふーんとだけ返してマグカップを置く。

今日の珈琲は少し苦い。





支給されたばかりの礼のよりはずっと小さいノートパソコンを開く。

このタイプのはミニノートと言うらしい。

性能も価格もずっと安いそれではインターネットなんてみる余裕はなさそうでけれど簡単な作りの社内ネットワークのサイトは問題なく見れる。

設定やら何やらは祐樹さんが来てやってくれてもうすぐに使えるようになっていた。


新着メールがあるようでそれを開けば数少ない知り合いの安田さんからだった。

件名は無く名刺が出来たので取りに来てほしいとのこと。

それに了解しましたと返しついでにペン立てか何かあったらお願いしたいと加えて送信する。

立ち上がり礼に下に行くと伝えようとすればピンポンと音が鳴り首を傾げればメールが来るとポップアップが出る仕組みらしい。

そのリンクを指先をタッチパッドに乗せポインタを動かしクリックするとさっきの画面が現れた。

外付けのマウスなんて私には支給してもらえない。


メールを開けば申請していただかないとお貸し出来ませんがありますとの答え。

そのまま申請書を出してから返事が来ないのを確認して礼に声を掛けた。


「名刺とペン立てを取りに行って来ても構いませんか?」


書類を見ていた彼が顔を上げてどうぞと一言。

真剣な目をしていたのでそれ以上は何も言わず部屋を出た。

たった数フロアなので階段で下りればすれ違う人が挨拶をしてくれた。

中には携帯の番号を渡してくれる人も。

後で掛けると約束しそれを持ったまま事務室のドアをノックし返事を待って入る。

窓が遮られたおかげで薄暗いその中に安田さんだけ居た。


「お待たせしました」


告げれば小さな紙の箱に入った束になった私の名刺と長方形のペン立てを机の上から差し出してくれてそれを受け取った。

ペン立てには番号が振られた小さなシール。

机にもカラーボックスにも見え辛い所に貼ってあった。


「ありがとうございます。失礼します」


頭を下げて部屋を出て階段へ向かう。

安田さんは一言も話してくれなかったけれどきっとそういう人なんだろう。


そんな事よりも初めての自分の本当の名刺に嬉しくて嬉しくて階段を上がりながらペン立てを小脇に抱えて箱を開けた。

一枚出そうと立ち止り出てきたのは名刺ではなく折りたたまれたコピー用紙でそれを不審に思いながら開いた瞬間、ペン立てが脇から落ちてカランカランと階段を少し下って行った。


「な、んで」


小さく呟き手が震えた。

それは見たくない画像。

引き延ばされ多少粒子が粗くなっても誰だかわかる無修正の卑猥で汚いそれ。


男と結合した性器。

白い裸を汚す精液。

だらしなく伸びた肢体と剥き出しの胸は何本もの男の手に撫でられている。

振り乱し広がった焦げ茶の黒に近い髪。

額に貼りついた前髪。

苦痛に歪みそれでもどこか艶っぽい目をしているのは間違いなく私だった。


階段の上の方から笑い声が響いてきて慌ててそれをくしゃくしゃっと丸めて転がって行ったペン立てを拾ってその中に突っ込んだ。

降りてきた二人の社員に会釈をし彼らが今さっき出てきた事務室へ向かうのを見ながら階段を駆け上がる。

目が潤んで流れ落ちそうだ。


どうして、なんで。

なんで安田さんが?

どこからどうやってこの画像を手に入れたの?

明の知り合い?

そんな風には見えなかった。

でも、でも。

知られてしまった。

だから私と何も話してくれなかったんだ。


階段を駆け上がり礼のオフィスの前まで来て涙を指先で拭った。

あれを見つけたのが階段で良かった。

少なくとも礼は自分の部下がそういう行動を取った事を知らずに済んだんだから。

ペン立てからそれを取り出して一度広げて四つに切った。

それから一つずつ丸めて一個ずつ飲み込む。

気持ち悪いと思うのは食べ物を飲み込んだからだけじゃない。

過去を、汚い自分を、自分の意思で飲みこんだんだ。


全部飲んでからノックをして彼の声を聞いて首を振ってからドアを開けた。

それから顔を上げてにっこりと彼に笑って見せてから衝立の向こうに戻った。


こうして私の佐久間商事での秘書生活が始まった。



第十一話 彼と私と就職 終

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