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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十一話 彼と私と就職
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11-12 私と手帳と七年間

涼が出て行ってから部屋を見回し立ち上がった。

それから一人うーんと唸る。


秘書を置く予定なんてこれぽっちも無かったため本来なら俺のオフィスの前にもうひとつ部屋があるはずのそれは無い。

ドアを開ければすぐに廊下だし、隣は会議室だ。


「困ったね」


あんまり離れた所に置けば秘書として働きづらいだろうし、俺も不便だ。

あーだこーだと考えぶつぶつ呟いているとトントンとノックの後にドアがすぐ開く。


「笹川はいねーのか」


手に紙袋を持ち入ってくるなり部屋を見回し衝立の方を見てからそう言う祐樹に外に出てると答えれば残念そうにそうかと言う。


「どうしたの?何かあれば伝えておくけど」


そう聞けば彼は持っていた紙袋を上に上げた。

それからすぐにまた下ろして口を開く。


「ん、ちょっとな、就職祝い兼ねてこれやろうと思ったんだけどな。で、お前は何突っ立ってるわけ?」


そう言えば俺の不審な動きに眉を寄せる。

それに首を振ってから口を開いてため息混じりに事情を説明すれば彼も困った顔をした。


「そりゃ、問題だわ。ちょっと紙寄越せ、紙」


彼の言葉に机の引き出しからコピー用紙を持ってくればそれを受け取りどっかりとソファに座って胸ポケットからボールペンを出す。

社で支給しているのでは無く軸が木材になっている彼のお気に入りだ。

それから簡単にこの部屋の間取りを書いてみせた。


「ここがお前の机だろ、それから本棚。あとこの応接セットがここ、ミニシンクと棚がこうあってここが衝立だ」


その図に書き込んでいくそれを見てうんうんと頷く。

確かに立体で見るより平面で見た方が考えやすいかもしれない。

彼がそのボールペンをしまい今度は支給品の三色ボールペンを取り出した。

それの中のあまり使わない青のフックを押して芯を出す。


「で、だ。動かせないのはお前の机と応接セットだろ」


トントンと書いたそれを叩けば点がぽつぽつ残る。

それに頷いて向かいの席に座る。


「だったらさ、これをこうして、衝立をこうして。後はそうだなもう一個衝立が余ってるからそれをこうして、二階にあるあの小っせえ二つ折りの机をここに持ってきて、三段のカラーボックスもあったからそれもここだな」


彼の案はミニシンクの横にある三つ折りの衝立を少しミニシンクから距離を取って置きそれを目一杯伸ばす。

その横にもう一つ同じものを置き二折り分だけ伸ばし残りの一折りを斜めに俺の机に向かって置く。

その衝立の中に小さな机とカラーボックスを置き椅子を置くと言う物だった。


「これなら客からも中は見えねぇし、お前はちょっと横にずれれば見えるだろ。で、茶の準備もしやすいし、あの机じゃ引き出しねぇからな、カラーボックス置けばそれが代わりになるだろ」


確かにそれならおかしくはないだろう。

ソファの側まで衝立が来るがそんな所は人がそもそも通らない。

涼が一人通れれば問題無い。


「いいね、これにしよう。ちょっと若いの貸して。机とカラーボックス運ぶから」

「おう、後で取りに行かせる」

「これ持って行った方が話しやすいよね、衝立は俺と涼でずらしておくよ」


話が上手く纏まって一度下に戻ると彼が立ち上がればトントンとノックがされ返事を待たぬまま開いた。

顔を出したのは涼でその姿に彼が口を開く。


「おい、返事待てって」


にやりと笑う彼が仕返しだとばかりに言えば彼女は俯いて少し顔を赤くした。

それからただいま戻りましたと呟く。


「おかえり。写真はもう渡してある?」


そう尋ねれば安田の所に寄ってきたらしくうんうんと頷く。

入ってきた彼女の手には確かに紙袋がある。


「ボールペンとか鋏とか糊とか貰いました。たくさんあるから上げるって」


がさがささせながらそれを見せてくれてそれから俺達の方へ歩いてくる。

マフラーを外しほうっと息を吐く彼女の耳は寒さからか真っ赤だった。

祐樹が彼女に持っていた紙袋から赤い革の表紙の大きな手帳を差し出す。


「就職祝い兼ねて礼の分の手帳だ。中身は古いぞ、俺が使ってたのまんま移したからな」





差し出されたそれを慌てて紙袋とバッグを腕に掛けたまま両手で受け取ればずっしりと重い。

と言うかものすごく分厚い。


「重いだろ。七年分の歴史だからな、覚悟しろよ」


何をですかとは聞けなかった。

ホックで止まっている留め具を外し中を開けば予定が書き込めるカレンダーの最初のページは確かにまだ新しい。

ぺらぺらとめくれば既にずらりと予定が書き込まれていてうんざりしそうだ。

それも一カ月カレンダーの後は全部見開き二日分の予定表になっている。

一日一ページ、時間が印刷されたそこに文字が並んでいた。


「こんなに予定があるんだ」


思わず呟けば彼らは二人で顔を見合わせた。

それに疑問を持たないほどずっとこうなんだろう。

カレンダー部分が終わればメモになっている部分がこれまた厚い。

一ページ一ページによく使う店の名前と連絡先が書かれていたり、店舗で配られる名刺サイズのカードがそのまま貼られていた。

メモは端にインデックスが貼られジャンルごとに分けられている。

お店の次は取引相手の好みや情報。

それが終わればその後には印刷された路線図が鉄道会社ごとに手帳のサイズに合わせて折られていた。


「これ全部祐樹さんがやってんですか」


そう尋ねれば一度頷いてそれから時計を見てもう行くわと出ていく。

手帳を閉じて彼に頭を下げればドアが開く音がして姿が消えていった。

真新しいのは表紙の革だけだ。

きっと買いにいってくれたんだろう。


「れ……社長は予定が詰まってらっしゃるんですね。私に管理しきれるか分かりませんけれど、がんばりますね」


立ち上がり机に戻った彼にそう告げれば名前を言い直した事は何も触れずただ笑ってノートパソコンに向き直った。


「ま、あんまり気負いしなくて構わないから。最初から上手くなんて誰もやれないでしょ。俺達だって最初は酷いもんだったしね」


その言葉が手に持った重い手帳を指しているような気がしてぎゅっと握りしめずにはいられなかった。

すんなりとみんなが私を受け入れてくれて本当にありがたい。

だからこそしっかりちゃんとやらないと、期待を裏切ってしまう。

祐樹さんや安田さんや他の人、それに礼の期待もこの手帳に詰まっているんだと、今さらながらその責任の重さに体が少し震えた。

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