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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第三話 私と彼と初詣
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3-2 彼と私と家の事情


「お待たせ」


と湯気立つお椀が置かれておおっと声を漏らす。

これこれ、これが無いと正月っぽく無いですよね。

私のにはお餅がふたつ、彼のにはみっつ入ってる。


「いただきます」


彼が座るのを待ってお雑煮から箸をつける。

着物が汚れないようにきちんとハンカチも襟に挟んだし膝の上にも置いてある。


「伸びますね」


と餅を箸で伸ばしながら呟くと彼は御椀を持ったままこっちをじっと見ていた。


「あのさ、新年早々喧嘩したくないんだけど」


箸も御椀も置く彼に同じようにして、はい、と返事をして見つめる。


「前にも聞いたけど、本当に普通の御家の子、なの?」


あれ、確かに怪しまれるとは思ったけれど、祐樹さんばりのド直球ストライクだ。

頭に刺した摘み簪が揺れる。


「えぇっと……」


顔が赤くなる。

いや、良いタイミングじゃないかと俯きかけた顔を上げる。


「普通は普通なんですけど、ちょっと違ってまして」


何て言えばいいのかな、と思う。

ちょっと複雑なのだ。


「とりあえずお餅食べてからにしませんか」


苦肉の策でそう困りながら言うと彼はそうだねとようやく御椀に口をつけた。

食べ終わりお茶を飲みながらうーんと唸る。

何とも話しにくい。

場所を変えれば気分も変わるかもと顔を上げる。


「あの、初詣に行きませんか」


そう告げれば彼は私から声を掛けた事に意外そうな顔をしたものの快諾してくれた。





浅草寺の列に二人で並んでいる。

着物姿の彼女は白いモヘアのストールを巻いている。

寒くないのだろうかと尋ねれば意外と着物は暖かいんですよと帰ってきた。

中々順番は回ってこなくてようやく一時間程待ってそれが来た。

財布から小銭を出す。

押し合いへしあいの中お参りを済ませて彼女の手を引いた。

もうとっくにお昼は過ぎている。


「この前の所でいい?」


空腹で鳴りそうな腹を押さえてそう告げると小さく頷いた。

着物の彼女のいつもよりゆっくりなペースに合わせて歩く。

何だか鼻が高い。

背は低いものの綺麗な部類に入ると贔屓目に見ても思う彼女は他の女性より着物が似合ってる。

というか着こなしている。

はて、それはどうしてだろうと考える。

最近の若い子は成人式くらいでしか着物などお召しにならないだろう。


小さな釜飯屋は正月とあってか時間を外しているにも関わらず満席だった。

仕方ないですねと笑う彼女と外で待ち、灰皿を見つけてタバコを吸う。

中々口を割らない彼女にどうしたら話してくれるだろうと考える。


「二名様でお待ちの佐久間様」


呼ばれて彼女の手を取り中へと入る。

座敷に通されて先に上がると彼女は俺の靴と自分の草履をきちんと合わせて置いていた。

渡されたメニューは通常よりも品が少ない。

さすがに全部は出来ないのだろうと五目と海老のそれと前と同じように熱燗と板わさを頼む。


「さて」


注文が終わった所で彼女がそう呟いた。

姿勢を正すその姿に思わずこちらも座り直す。

それから頭を軽く下げてくる。

簪が揺れて決して華美ではないそれが音をたてた。


「まずは謝らせてください。嘘を吐いている訳ではないのですが、結果的にそうなってしまうかも知れません。ごめんなさい」






謝罪をしてから顔を上げる。

困った顔をしている彼にどうぞ姿勢を崩してくださいと声を掛ける。

正座していると足がしびれてしまうから。

私も崩しますからと足をすこし崩してみせればようやく胡坐に戻った。


「どうやって話したらいいのか分からないんですけど」


と前置きをする。

板わさと熱燗が来てそれをお互い注ぎ合う。

乾杯をしてからくいっと傾ける。

うん、お酒の勢い借りれば話せそう。


「普通の御家というのならばそうなのですが、普通では無いんです」


彼が首を傾げる。

そりゃそうだろう。

何を言われてるのか分からないはず。


「父は前にも言った通り農業をしながら働いているサラリーマンなんですけど、実は母がちょっと違ってまして」


空になった御猪口に熱燗を注ぐ。

御酌しかえされてそれをまた一気に飲み干す。


「違う?」

「はい、実は、母は良い所のお嬢さんだったんですよ」


あぁ、なるほどと彼が相槌を打つ。

それだけならばまだ良いのだけれどこの話には続きがあるんだ。


「私の料理も着物もマナーも母が仕込んでくれました。子供の時からそれはそれは口煩くて」


苦笑いを浮かべそう告げると大変だったんだねと言われる。

ここで止めておけば嘘としても軽い。

でもどうせならすべて話してしまおう。


「お嬢さんの母がそんな事が出来るのは不思議だと思いませんか?」

「言われてみると確かに。じゃあ聞こう。どうしてそんなに何でも出来るお母様なの?」


板わさを箸でつまんで口に入れる。

山葵が私を叱咤するように口の中を刺激する。


「……花嫁修業でとある御宅へ奉公に出ていたんです」


江戸時代じゃないけれど母から聞いた話ではまるでそうだったのでそう伝えると彼の顔色が変わった。

笑顔が消え私をじっと見つめる。


「その御宅で18の時から女中としてみっちり仕込まれたそうです。着物の着方からお料理まで」

「そんな家、そう多くは無いよ。それじゃあまるで」


彼が口を止める。

言葉の続きはやってこなくて開いた口をまた開けた。


「佐久間の御家みたい、でしょう。……母は一度離婚してます。お仕えしてた御家の使用人の方と結婚してその方の仕事に懸ける想いに負けたのだと言ってました」


箸を彼が落とした。

私も箸を置いて手を膝にやる。


「礼、いえ、佐久間さん。ごめんなさい。でも、昨日話を聞いて確信したんです。隠すつもりは無かったんです。私は母が離婚した後に故郷に戻ってからお見合いをした後に出来た子だから……、血はつながっていません、半分しか」


彼の顔が歪む。

信じられないだろう。

口元に手をやり目を開いて私を見ていた。

それから徐にそれを取って頭を掻く。


「それじゃあお母様の前の姓は黒井なんだね?」


はいっと小さく頷く。

佐久間の名を聞いた時からどっかで聞いたなあとは思っていた。

けれどそれは記憶の隅に追いやられていたのだ。


「そう、かぁ」


釜飯が運ばれてきて彼は言葉を濁してそう呟いた。

蓋を開け木の小さなしゃもじでかき混ぜる。


「……じゃあ祐樹の異母兄妹になるんだね」


そう告げられた事実に思わず俯く。

そう、昨日まで、私だって知らなかったんだ。

母が子供を置いてきたのは知っていたけれど、そんな幼いとは思わなかった。

乳飲み子ではなかったけれど四歳を迎えたばかりだったと母は言っていた。

言葉を失った母に私は言った。

父親は残っているしあそこには母替わりをしてくれる方もたくさん居たからと。


彼と祐樹さんが初めて出会ったのが幼稚園。

彼が祐樹さんの母だと思っていたのは別のただの面倒をみていた女中さんだ。

その頃には私はもう生まれていたことになる。


困った顔をする彼にやっぱり話さなければよかったかなと少しだけ後悔した。


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