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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十一話 彼と私と就職
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11-7 彼と私と佐久間の家と

差し出された手をそれでも握ってしまった。

彼がそれを確かめるように握り返しショップが並ぶ方へと歩き始める。

その背中には怒りが見えていた。


実家に帰るのが嫌なのは見合いなんかじゃない。

それは最後の手段だと思っているからだ。

逃げるように安全な場所に帰るのはボロボロになったプライドを自分で踏みつけるようなものだ。

ここじゃなかったとしてもそれは同じだったと思う。

佐久間の家に知られたくないのと同じくらい両親にも知られたくない。

娘が二桁に上る男の人に弄ばれ犯されたと知って喜ぶ親はいない。

東京に礼の側に居ると決めた時から覚悟していた。

最初は一人だけで抱え込むつもりだった。

いざ話が進んで露呈してそれがきっかけで破談になったとしても仕方無いと思っていた。

それがそういう運命だったのか礼に知られ肉親である祐樹さんに知られ義姉になる由香里さんにまで知られた。

リスクはどんどん高まっている。


「ここはどう?」


考え込んでいてそう聞かれ顔を上げれば彼はもうすっかりいつもの顔だった。

そこはレディース服のお店で頷いて彼に引かれるがまま入る。

まずはスカートだねとそのコーナーまで連れていかれた。


「動きやすい方がいいから、これどう?」


と差し出された紺地のスカートを彼が当ててみてうんうんと頷く。

出資者は彼なのだから決めて貰った方が楽だ。

プラスチックの茶色の籠に彼がそれを入れ目当ての物を探す振りをしてそっと周りに聞こえないように呟く。


『秘書になるって言ったのもそれがあったから?』


えっと見上げそうになっていけないと我慢して掛かっているスカートに手を伸ばし見ている振りをする。

それから小さく頷いて見せる。

まるでこれもいいわねと言うように。


「これはどう?」


茶色の軽い素材のスカートを当てられうーんと唸る。


「少し丈が短くないですか?屈んだら中が見えそう」

「それはまずい。じゃこれかな」


ただふつうの買い物風景を装って彼はまた笑顔のまま呟いた。

よく似合ってるよと言うように。


『写真はどこだった?分かる?』


それに首を振って答えればそのまま残念そうな顔をしてスカートをポールに戻した。

中々良いのが無いねなんて言いながら次に黒いシフォンのスカートを出す。

それを可愛いと言いながら受け取り当てて見せる。

笑顔を浮かべどうですか?と聞くように呟く。


『秘書になれば不自然でなく礼と一緒に居れますから』


彼がそうだねと同意するように頷きそれを籠に放りこんだ。

次はトップスだねとコーナーを移動する。

歩きながら辺りを探しているように見回す。

彼があっちじゃないっと指差しながら耳元で囁く。


『俺は安心だし確かに名案だね、涼の言う通りさっきからポケットがうるさいんだよ』


早口で告げられ耳を澄ませば確かに低く唸る音が聞こえた。

そのまま二人で向かい何枚か選んでレジに並ぶ。

それならどうして彼は手を繋いでいるんだろう。

店を出て他の店に向かい逃げるようにそこに入る。


「ちょっとカジュアル過ぎません?」


と聞けば笑いながらジャケット着ちゃえば分からないよとシャツのコーナーへ。

綿やレーヨンのそれを二人で見る。

手に商品を取りその度に小さく呟き合う。


「これなんか良いんじゃない?」

『佐久間の家に知られてると思って間違いないかもね』


「透け過ぎじゃないですか。何か着ればいいかな」

『それはあまり芳しくないですね』


「じゃあこっちは?」

『まぁいいよ』


「それは結構好きかもしれないです。あとこっち」

『そんな楽観的に言わないでください』


普通に話した後にそのまま声をひそめて会話を繰り返しそれでも籠は商品で埋まっていく。

レジに並びちょっと持っててとさっきのお店の袋を預かる。

辺りを何でも無い風に窺ってしまうのは彼の携帯がまだ唸っているからだ。


「ジャケット買おう」


その店を出て少し高そうな店に入り今度は何も言わずに無難なグレーとブラックの上着を試着もしないで買った。

ひとつボタンのそれはシンプルでシルエットが美しい。


「靴も買う?」


店を出てさすがに全部は持たせられないと買ったばかりのジャケットが入った袋を持って首を振る。


「パンプスなら何足かありますから、大丈夫です。それに足が小さいからこういう所だと無くて」


そう言い口だけで帰りましょうと形をつくって見せれば彼は頷き、じゃあ帰ろうと歩き始め気づけば日がだいぶ傾いていてゆっくりと辺りを眺めながら駐車場へと向かった。





後部座席に荷物を全部積んでから運転席に乗り込みうるさい携帯を取り出せばやはりそれは母親からだった。

涼を向けば緊張した面持ちで俺を見てから小さく頷く。

あまり無視するのも油を注ぐ結果になるので口の前で人差し指を立ててから電話に出た。


「もしもし、礼です。どうされました」


なるべく穏やかにそう告げれば電話先の母親は怒り狂った声で怒鳴った。


『どうされましたじゃありません、貴方、何を考えているのっ?!』


その声は俺の耳を通り越して車内に薄っすらと響き、音がない空間で涼の耳にも確実に届いたようだ。

体が強張り下を向く。

電話を持つ手を変えて右手を差し伸べ彼女の手を取った。


「何、ですか?見当もつかないのですが、何かありましたか」


彼女が俺を見上げたその瞳は絶望に支配されている。

大丈夫だと言うように手を握り返す。

とぼけた事で母親の怒りは頂点に達したらしい。


『分かってて一緒に居るんですの?!それとも本当に知らないのかしらっ!』


涼の事を指しているのは分かっている。

今ここで認めた方がいいのかそれとも否定するべきか一瞬悩んで出た答えはそれを曖昧にする事だった。


「何方の事を仰ってるのか分かりかねますが、彼女とはまだ何もしていませんよ。僕の秘書にしようとは思っていますけれど、ね」


秘書という言葉に母親が二度三度と繰り返し聞いてくるがそれに答えない。

キンキンと高くなっていた声が一転低くなる。


『そんな汚い女、佐久間に入れる何て許しませんよ!!』


すうっとその言葉に息を吸った。

一度止めてから揺さぶられた怒りが収まるのをゆっくり待つ。

彼女がまた俯き目から涙が垂れるのが夕日に光って見えた。

あぁ、駄目だ。

我慢なんて出来ない。

そう思い口を開いて薄く笑う。


「母さん、正月にも言ったのですが、会社は僕の物です。いくら貴方がたが株を持っていようが、僕の物ですよね。そういう約束だったはずだ。ですから僕が誰を雇っても一切口出しは出来ないでしょう?先方を待たせているので失礼しますね」


言い切り電話を切った。

彼女を慰めて抱きしめてやりたいがもう一件どうしても電話しないといけない。

そこを探し電話すればすぐにいつものように少し乱暴な声がする。


『おう、どうした?』


その声にほっとしながら寄せていた眉をほどいていく。


「母親からそっちに電話なかった?」

『ん?あぁ、あった。面倒だから適当に視察に行って人と会う事になってるって言っといたぞ。どうしたんだ?』


その気遣いに深く息を吐いてからワックスで軽くまとめただけの頭をがしがしと掻いた。

その音が向こうに伝わったのか一瞬祐樹が息を飲む音がする。


「涼の事がどうもあっちにばれたみたいだよ」

『マジか。そりゃ面倒だな。何か手伝える事があったら言えよな』


その申し出に感謝を述べ電話を切ってまた深くため息をついた。

それからハンドルに額を付けて低く唸ってしまった。

頭が小さく痛み始めている。

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