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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十一話 彼と私と就職
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11-6 俺と彼女とチーズケーキ

マリーナが見える小さな灯台の側にあるカフェへと入りレジに並ぶ。

エスプレッソマシーンから良い香りが漂い店内に広がっていた。

メニューを見ながら何にしようかと二人で話し合いハムとチーズのサンドウィッチと生ハムが入ったパニーニ、ブレンドとショコララテに決まる。

けれど涼の目は写真のケーキから離れない。


「食べたいの?」


声を掛ければはっとした様子で顔を上げ首を真横に振った。

そんなに否定しなくてもいいのに。


「頼めばいいじゃない、どれ?」


そう言えばうーんと小さく唸ってからチーズケーキを指差す。

それは確かに美味しそうだ。

三角形のチーズケーキにミックスベリーのソースがたっぷりと掛かってる。

じゃあそれもねと言えばうーんとまた唸る。


「食べきれないかもしれないですし、大丈夫です」


と少し寂しそうに言うその姿に少し意地悪をしたくなった。

あ、そう、と言い順番が回ってきそうだった事もあり席を取っといてと言えば頷いて背を向けて歩きだす。


「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」


その言葉にすこしいつもの作り笑顔を浮かべてサンドウィッチとパニーニとドリンクを頼み最後にチーズケーキもと言えば店員は復唱してから金額を伝えてくる。

尻ポケットから財布を出し清算をすませて彼女の元に向かえばバッグを抱えたまま外をじっと見ていた。

マリーナに停泊するヨットが波に揺られ上下に穏やかに動いている。

テーブルにトレーを置く音で気づいたのかこっちを見てトレーをみてまた俺を見た。


「ケーキ」


小さく呟く嬉しそうな顔にわざととぼけてあれ?と声を出す。


「涼は要らないんでしょ、ケーキ」


そう言えばひどくショックを受けたような顔をしてケーキを見つめた。

その顔があんまりにも悲壮感が漂っていて吹き出し、彼女の向かいに座る。

珈琲の蓋を開けずずっと啜れば彼女はじとっと俺を見ていた。


「いただきます」


その視線を受け流し皿に乗ったサンドウィッチを取れば斜めに焦げ目のついたそれはまだ温かい。

半分に切られてるそれを遠慮なく取りもぐもぐと食べる。

チェダーチーズが程良く溶けハムの下に挟まれた少し柔らかくなったレタスの感触と合い美味しい。

海を見ながら平日にこんな風にデートよろしく食事をしているのも昨日までの騒動からすると信じられなかった。

彼女が生ハムとモッツァレラチーズの入ったパニーニを食べてうんっと頷く。

どうやら気に入ったらしい。

もう当然のように違うものを二つ取り分け合うのが当然となっているのでサンドウィッチを早々に食べ終わりパニーニに手を伸ばす。

確かにこちらも美味しくて珈琲を啜りながらそれも食べ終えた。

彼女が全部食べ終わるまで何か適当に話しをしながら待ちさてとっとフォークを掴む。

ケーキの一番内側に当たる柔らかい所をさくっと切りソースをたっぷり付けてから彼女を見てにっこり笑う。

拗ねたようにそれを見て俯くそこへそっとそのフォークを出してやる。


「ほら、あーん」


へ?と顔を上げた彼女が反射的に上半身を前に倒して口を開けた。

そこにフォークごと入れ口が閉じてからゆっくりもったいぶるように抜く。


「美味しい?」


そう聞けば顔を赤くしてうんうんと頷く。

そう、と言いながらまた一口分取って差し出せば周りを気にしながらそれを食べた。


「れ、礼。あの、自分で食べます」


そうごくんと飲んでから言う彼女に首を振ってみせればなんでと非難めいた事を言う。


「遠慮したから、駄目。はい、あーん」


また一口差し出しうぅっと呻いてから口が開いた。

フォークを抜き一口取って上げれば彼女は自分から口を開き、俺は自分の口にそれを入れる。

呆気に取られるその顔ににやにやと笑えば、唇を噛みしめて俯いた。


「ごめん、ごめん。ほら、あーん、最後の一口は涼にあげるから」


皿に残っていたソースをたっぷりと最後の一口分に付けて差し出せば拗ねた顔のままそれをぱくりと食べた。

フォークを皿に置き残っている珈琲を啜る。

彼女もショコララテを飲んで口直しをしたようだ。


「美味しかった?」


と尋ねれば首を縦に振りそれから怒ったようにこっちを見て口を開いた。


「パニーニもサンドウィッチもケーキも美味しかったです」


ケーキの部分を強調されすこし笑いながらごめんってと言えば彼女は唇を尖らせた。

そんなに過剰に反応しなくてもいいのにと思いながら食休みも兼ねてそのまま座っていると彼女が唇を直してそっと顔を上げる。


「明が」


その名に思わず眉を寄せた。

明るい店内と窓越しに見える海の爽やかさが消え二人の間だけ緊張感が走る。

彼女はまた俯いてから小さく呟く。


「写真を持っていたんです」


写真という言葉に頬杖をついて平らにしていた指を持ち上げる。

預けていた顔を上げそのまま左手だけ頬へずらし右手は握ったまま左の肘へと持って行った。


「写真?」


そう聞き返し燃やしたはずのあれを思い出し目を細める。

それに気付き彼女が顔を上げて悲痛な顔を浮かべた。


「礼と私が写っている写真。何枚か隠し撮りされていて私達は恋人同士のようでした」


恋人同士という部分にぴくりと眉が動いた。

それを彼女が否定しているわけじゃない。

あくまで他人から見てという見解だろう。

じゃあそれを強調したのはどうして、か。


「友達が撮ったのだと言っていました。……明は馬鹿でどうしようもない駄目な人ですが、悪知恵だけは人よりもよく働きます」


その名をまた聞いて怒りが込み上げそうになる。

けれどじっと顔を斜めにしたまま動かずにその先を待った。

彼女が手を膝の上で握りしめたのが分かる。

一度目を伏せてからまた上げて力強くけれど不安そうにこっちを見た。


「佐久間の家に送っているかも知れません。保険を掛けているかも、知れない。明のデジカメには違う写真も残っています」


左手を頬から外し周りを見回した。

その見渡す限り怪しい動きをする者も見た顔も無くそのまま視線を彼女に戻してから口を開く。


「分かった、行こう」


トレーを持ち立ちあがれば彼女がそっとその後を追ってその店を出た。

迂闊だった。

盲点だった。


あの男が写真を送っていたとしたら、そろそろ携帯が鳴る頃だろう。

それでも手を彼女に差し出したのは宣戦布告のつもりだ。


何があっても俺は涼を手放すつもりはないんだと、そう、佐久間にも涼にも伝えたかった。

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