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私と彼の新しい生活  作者: 竹野きひめ
第十一話 彼と私と就職
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11-5 私と彼と忘れ物

警察署と大きなビルは目と鼻の先で彼が歩いていくのと車とどっちがいいかと尋ねてきてすこし迷ってから車と告げればそのまま地下の駐車場へと連れて行かれる。

たった二十分くらいの滞在だったのに六百円も掛かるなんて都内は本当に何でも高い。


「じゃあ行こうか」


と車が車道へと出て高速道路の下を通って少し回り道をしたルートで進む。

彼が信号を待ちながらコートのポケットから前に掛けていたサングラスを差し出してきた。

前に遊園地に行った時のそれを持ってきていたらしく掛けてと一言。

受け取りながら首を傾げれば苦笑いを浮かべる。


「化粧してても薄っすら見える痣、引きずる足。で、俺。行き先は警察署」


そう言われてなるほどと頷いて掛ければそれは度が入って無いただのガラスだった。


「礼は目が良いんですね」


そういえばあんまり眼鏡をしている所も見た事ないと思いそう言えば少し悪いけど矯正するほどじゃないんだと言われ、あっという間にそこに着いた。


警察署というのはどこも同じような匂いがする。

古く書類にまみれて埃っぽいそれでいてどこか鬱蒼と暗く重い。

落し物をと一階のカウンターで言えば二階だと言われ階段を上る。

一応面倒な事になるとあれだからと手は繋がず礼は何も言わずにただ後から付いてくるだけだった。


「いつごろですか」


と聞かれ四日くらい前だと答えるとカチカチパソコンをいじってからこれかなっと独り言のように呟く。

中に入っていた物を告げていたためすんなりと類似する物が見つかったようだった。


「氏名と生年月日、あと住所お願いできますか」


そう言われ正直に名前と生年月日、住所はまだ変更していないから前のあのアパートの物を告げれば書類を出されそれを書いた。

ちょっと待っててくださいねと言われしばらく待てば茶色の紙袋に入ったエナメルの見た事あるそれが出てきて顔がほころぶ。


「これですか」


はいっと頷けば書類を確認してから渡されてその場で中身を見た。

ハンカチも化粧直し用のパウダーも飴も家の鍵も全部入っていてよかったと胸をなでおろした。

財布を開ければ残念なことに現金はすべて抜かれていたがキャッシュカードも身分証も無事だった。


「免許証が入っていたのにラッキーでしたね」


そう言われて頭を下げてからひょこひょこと礼の元へ行き掲げてみせれば彼はにっこりと笑って座っていた平たいベンチから立ちあがった。


「行こうか」


はい、と答え足早にそこを後にする。

結局戻ってこなかったのは酒井さんに渡そうと買った物だけだった。





「さて無事に戻ってきた事だし、買い物に行こうか」


車をバックで出しながらそう言えば涼は本当に意外そうな顔をした。

その顔をちらっと見ながら吹き出す。


「だって明日から秘書やるんでしょう?なら、服買わないとね」


言えばえぇっと彼女が声を上げそのまま俯いた。

構わず走り出し少し距離があるからとラジオを点ける。

天気予報が途中から流れそのまま渋滞情報へと続いた。


「ま、就職祝いだと思って素直に受け取ってよ」


そう言えばやっと俯いた顔が上がりただ申し訳なさそうに頭を下げるだけだった。





礼の車にはカーナビが付いていない。

けれど彼は運転席のドアポケットに入っている地図を見ることはしなかった。


「地図見なくても大丈夫なんですか?」


しばらく走ってから高速道路に乗り少し高い位置の窓の外を眺めながら聞けば、ん?と返ってくる。

それからうーんと唸る。


「行くところが決まっていれば、ね。そうじゃ無ければ調べて覚えたり、よくわからなかったら地図見たりするけど。涼の事を言ってるわけじゃないけど女の子は地図苦手でしょ。酔っちゃう子もいるから運転中はあんまり見ないかな」


それはすごいと思ってへーっと言いながら小さく拍手する。

それに少し得意げに笑って返してみせた。


「涼って変な所で感心するよね」


そう言われえ?と返せばくすくすと笑いながら言う。


「全部覚えてるわけじゃないけどいつもそこかよって言いたくなる所で感心してる。人とベクトルが違うのかもね」


ベクトル?そうかなと思って首を傾げればそのままくすくすと笑う。

しばらく走れば海が見えてきてわぁっと思わず声に出した。


「海好きだね、前に山下公園に行った時もそうやって嬉しそうにしてたし」

「日本海を見て育ったので太平洋は全然違って見えるんです」


そう答えればへーっと今度は彼が声を上げた。

それにくすくす笑えば高速を降りあっという間に目的地に着いたようだった。


「ここって……」


そこから少し離れた駐車場から歩きながら目の前の巨大な建物を見てその脇の海を見て彼の手を握り返す。

私が返したサングラスを掛けて煉瓦色のマフラーに顔を埋めている彼がうんうんと頷いた。

海風がとても冷たくてけれどどこか懐かしい匂いがした。

近づけば近づくほどそこはカラフルな、けれど派手ではない控えめな色で塗られた木造の幅の狭い板が横に平行に上から並べられそれは斜めになっていて小屋をイメージした造り。

まさに海辺の別荘といったところだ。


「わー、アウトレットだ」


入口の前ででかでかと掲げられた看板を見て立ち止まるとマフラーを指で下げてから彼が言う。


「そ。ここなら気兼ねなくたくさん買えるでしょ。あそこだとつい値段が気になっちゃうからね」


あそことは行きつけのデパートだろう。

確かにあそこで買った服は気を使う。

買うのにも着るのにも。

礼の言葉が嬉しくて、はい、と笑顔で言えばとりあえずご飯でも食べようかと歩きだした。

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