11-3 俺と彼女とパン朝食
息を飲む音で目が覚めた。
俺の上着を握る彼女の手は白くなるのがオレンジ色の薄い明りの中でも分かるほどだった。
その手をしっかりと握りそっと緩ませるように上着から外す。
悲鳴が無かった。
それは良い兆候かどうか分からない。
指は俺のそれに絡みつきそのまま握りしめられる。
それをそっと下の方に動かし彼女に近づいて呼びかける。
眉を寄せ顔を歪めて唸っているその一線になった目が薄らとアーモンド形になっていく。
「涼」
そうもう一度呼べば目が開いてそのまま息をし始めた。
止めていたのかと驚き片手だけ離して彼女の背に回し撫でてやる。
やっぱり駄目なんだと思う。
余計に駄目なんだろう。
「れ、い」
名前を呼ばれ頷いて見せれば空いた手をそのまま俺の体にしがみつくように添えてきた。
「怖い?」
そう尋ねればゆっくりと頷き目を閉じる。
その瞼にそっと口付けてから彼女が寝るまで待った。
大丈夫なんてとても言えない。
呼吸が出来なくなるほどの夢なんて見た事が無い。
起きれば朝方でゆっくりとベッドから出ようとして体が痛くて呻いた。
冷えるとだめなのかもしれない。
今日は特に冷え込んでいる。
「んー……」
隣からそう聞こえてきてそっちを見れば彼が薄目を開けた所だった。
起してしまったと肘を付き起き上がれないままの姿勢でそっちを向けばそのまま抱きかかえられてしまう。
「きゃぁ」
その衝撃で体ごと彼に預ける形になりそのままよいしょっと起き上がらせられた。
頭をぽんぽんと撫でられその後伸びをする彼を見れば欠伸をしながら言う。
「無理して起きなくていいのに。トイレ?」
うんうんと頷けばじゃあ連れていくよと彼が先にベッドから降りてすんなりと抱きあげられた。
ドアを開けすぐ側のトイレの前で降ろされそのまま彼は玄関へ頭を掻きながら向かい新聞を取ってくる。
終わったら呼んでねとリビングに向かう姿を見ながらそこに入り苦労しながら座り用を足してから出れば向こうから終わったー?と声。
「終わりましたー」
と答えればぺたぺたと歩いてきてまた抱きかかえられた。
なんか介護されてるみたいだ。
「なんかすみません。明日くらいにはもっと動けるようになってると思うんですけど」
近い彼の顔を見ながらそう言えばそうして貰わないと困るからねとだけ返ってきて首を傾げれが笑いながら言う。
「だって秘書やるんでしょ。明日からおいでよね。そうじゃないと俺は会社休むよ」
えっ、と言葉に詰まればあっという間にリビングのテーブルに座らされた。
朝ごはんはどうしようかという声にパンが残ってると伝えればそれでいいかと彼はキッチンへ向かっていった。
パンを焼きながらまた欠伸をして落ちた珈琲をマグカップに淹れる。
彼女の分にはたっぷりの牛乳を入れてやり先にそれを持ってテーブルへ戻る。
パジャマのまま朝食を食べるなんて初めてではないだろうか。
「すみません」
また涼の謝罪病が再発していて苦笑いを浮かべチンという音にキッチンへ戻りマーガリンを出してパンを皿に取りそのまま持っていく。
「何枚食べる?一枚で大丈夫?」
一枚の皿に三枚のせたそれを見せながら聞けば一枚食べればお腹いっぱいですよと言われそのまま席に座った。
女の子って食べないよね、本当。
いただきますを言い合い取り皿もないままマーガリンを順番につけて頬張り咀嚼をしながら新聞を読む。
「本当に秘書やる?結構大変だよ。家事やる暇も無いかもしれないけど」
と顔を上げて聞けば大丈夫ですと満面の笑みで言われ俺がもう一枚食べ終わると言うのに彼女はまだ三分の一も食べていなかった。
「なら、良いけどね。辞めたくなったらいつでも言って。無理はしなくて良いから」
その言葉に齧りついたそのまま頷く彼女を見て小さく息を吐いた。
さて、準備をしないと、と思いながら。
朝ごはんが終わり着替えておいでと部屋の前で降ろされ返事をしてから自室に入る。
クローゼットまで壁を伝って歩き開けて手前にあった服に着替える。
が、時間がかかりすぎて彼はドアをノックしてきた。
どうぞとまだ脱いでいる最中だが返事をすれば一言、やっぱりねとの声。
彼はカーキのチノパンにグレーのタートルネック、それに薄い濁った水色のニットのカーディガンを着ている。
「あんまり無理すると明日からに差し支えるからさ」
と上着に掛けていた私の手を降ろさせ着替えさせる。
男の人にブラジャー着けて貰うなんて無くてドキドキした。
そんな私を見下ろし彼は呆れたような顔をした。
「何赤くなってんの、涼のえっち」
えっち?!
その言葉にぱくぱくしている間に黒のタートルネックが頭上から下りてきて私の口と視界を遮りすぽんと首が出て下に引っ張られた。
「はい、足上げて。肩につかまっていいから」
しゃがんだ彼の肩に両手をついて片足ずつ上げればパジャマのズボンが脱がされそれからタイツが来る。
それをつま先から入れてもらい上へと履かせられる。
「何着る?スカートの方がいいかな」
そう彼がいいクローゼットに入ればチェックのウールのミニスカートを出して合わせてから頷いた。
って、私の意見は反映されないんですね。
足を上げるように言われその通りにすればあっと言う間に着替えが終わった。
最初から最後まで私の肌に触れないようにしてくれたのは痛みがあるのを考慮してだろう。
「ん、良いんじゃない。涼は何着ても似合うから」
そんな事さらっと言わないで欲しい。
それからこたつまで連れて行かれ座らされさすがに化粧は自分でと断れば前に彼が座った。
「えっと……」
と言えばどうぞ気にしないでと言われ睨みつけた。
化粧している所を真正面から好きな人に見られるのはすっぴんを見られるより恥ずかしい。
「今日は大人しい目にしてね。あんまり色を乗せなくていいから」
あー、寒いとこたつのスイッチを入れる彼に退かないという意思表示を感じ諦めてカバのポーチを開く。
ファンデーションを出してそれを塗りながらそういえば今日は顔を洗ってないと気付くが、もうどうでもよかった。
肌ノリが悪くない私はそれでもちゃんと化粧が出来る。
昨日数日ぶりとあってたっぷりと塗った化粧水と乳液のおかげかもしれないが。
化粧が終われば彼は満足そうに頷きさて出掛けようかとこたつのスイッチを切り立ちあがった。
洗濯がと言えばもう回して乾燥まで予約してあるから平気とクローゼットから黒のショートダッフルを出して放り投げてきてそれは受け取り損ねて私の顔に掛かった。
記念すべき百部目だー!!
ありがとうございますっ!!