9兵士募集
ミワは、アパートの管理人から予定より早く、部屋が空いたとの連絡に、喜々として、飛びつくと屋敷を後にした。
ティアには、この実家に滞在中、結局一度も口を聞くことがなかった。
ミワが話そうとすると、くるっと踵を反して、部屋に戻るか、無視される。
ミワも最後は諦めて、あえて何も話しかけなかった。
母も義父がなかなか帰って来なかったのと、映画の撮影が急遽早まって、早々と屋敷を後にした。
義兄は、バイオレットが一緒に来ることをOKしてくれたので、彼女を連れて、母に頼まれたのもあり、実家に戻って来ていた。
おかげでミワは、二人にティアをお願いして、晴れて自由の身になり、アパートに戻れたのだ。
バイオレットさま、さまである。
いやいずれ、義姉になるだろうから、バイオレット義姉さまが正しいのかもしれない。
ミワがアパートの整理を終え、大学に講義登録に行った頃には、休みが終わって、講義が始まる直前になっていた。
その間、ミワが一番気になっていた唯一のことは、ジャックからの連絡だったが、テロ事件の後始末に、ネネとの婚約中止といろいろあったようで、なしのつぶてだった。
ちなみに、ネネからは、”あの時のジャックからもらった情報で、無事に、婚約せずに共同契約を結べた。晴れてジャックは独り身だから、ミワの好きなようにしてね。”という怪メールが届いた。
「私に何しろって言うのよ、ネネ。」
ミワはひとり言を言って、通路を通り過ぎようとした。
その時、手元のカードが鳴って、大学での募集要項が発表された。
その内容は、”辺境惑星での兵士募集”の案内だった。
珍らしいことに、辺境惑星で兵士を募集する内容なら、いつもはすぐに、捨ててしまうミワが、この時は何とはなしに、内容を読んでいた。
取り立てて、内容自体は、珍しいものでもなかった。
ただし、いつもと違う点が、2点。
一つは、なぜかわからないが、報酬が以上に高いこと。
二つ目は、無事半年、辺境惑星で兵役を務めれば、軍に入って、やりたい職務に、無条件でつくことが出来る。
という内容になっていた。
やりたい職務は、いわずもがなで整備士だ。
だが本当に、この募集要項は真実なのだろうか。
この報酬の高さが、逆に気になる。
なんでこんなに高いんだ。
取り敢えず、調べてみるしかないか。
ミワは、心にそうメモると、大学を後にした。
アパートに戻る為、構内を歩いていると、前方でカードを覗き込みながら、話す俊介と伸を見つけた。
ミワは後ろから声をかけようと近づいた。
「俊介見たか、この募集要項。」
「ああ、すごいな、この金額。やっぱり、インパクトがあるなぁ。でも、叔父さんの話が本当なら、この金額も納得いくよ。」
「何の話さ。叔父さんに何を聞いたんだ、俊介?」
俊介はここから声を落として、伸に囁いた。
「ここだけの話、今回の募集されている地域は、辺境惑星っていうだけじゃなく、どうも過去、何度も敵対勢力の奇襲をうけている、レッドゾーン認定の危険な惑星みたいなんだ。」
「じゃ、なんでそれを大学で募集するのさ。下手すりゃ、訴訟問題にならないか。」
伸が目をぱちくりさせて、改めて俊介を見た。
「普通ならそうなんだけど、今回は敵対勢力間で、和平公約が結ばれたんだ。なので、短期的だが一応調停が結ばれている見たいなんだ。でも、今までが今までなんで、募集しても軍部では、行く人間が少ないらしくて。今回とにかく何がなんでも人を集めたいって、こんな募集をかけたらしい。」
「ああ、いいなぁ、この金額。これがあれば、やりたい改造が全部できるなぁ。」
伸が羨ましそうに、募集要項を眺めている。
「仕方ないだろ、いくら出席扱いになるとはいえ、実際に講義受けないで、試験が受かるわけないだろうし、なんとか筆記試験がパスしても、実技はぜったい無理だぞ。」
「確かに、留年なんかした日には、親に殺される。やっぱり無理か。」
伸は大きな溜息をついている。
俊介の叔父は確か軍部の整備部門にいたはずだ。
なら、今回の募集じたいは、軍部の正式な募集事項ということになる。
ミワは二人の話から、思わず真実をここで確認することが出来た。
では、報酬の件も軍に入れば、やりたい職務に、無条件でつくことが出来る条件も本当だろう。
ミワの中で、この募集に応募する事は、最優先事項になっていた。
今すぐ応募しよう。
本当はネネに、もっと調べてもらう予定だったが、この好条件だ。
人数はすぐに集ってしまうだろう。
集まれば申し込み順で、締め切られてしまうので、あっと言う間に、資格がなくなってしまう。
待つのは危険だ。
ミワは歩きながら、カードで内容をもう一度確認すると、募集項目の詳細を急いで埋め、最後に自分の名前を打って、送信を押した。
すぐに返信があって、それと同時に募集事項が締め切られた。
本当にいいタイミングだ。
幸先がいい。
ミワは意気揚々とカードをしまうと、大学を後にした。
一方、募集を出した軍部の広報課は、募集1時間で定員の15名を集めることができ、ほくほく顔だった。
さっそく、送られて来た誓約書と個人情報を確認後、5日後の搭乗案内の用紙を発送する。
それと当時に登場メンバーの紙を応募に応じた順にコピーすると、将軍のサインを貰ってくるように、新人に押し付ける。
「先輩、今行くんですか?」
「当たり前だろ。出発は5日後だ。今貰わないと、出発便に間に合わなくなる。」
「ですが今は、テロ事件の後始末で将軍、ぜったい鬼のように忙しいのに、何をどうすればサインがもらえるんですか?」
「そこはお前が考えろ。くだくだ言わずに行け!」
新人君は、先輩に怒られ、しぶしぶ将軍がいる上層部の部屋に、書類のサインを貰いに行った。
「ばかやろう、何をやっているんだ。そんなもの、このくそ忙しい中、持ってくるな。」
自動ドアが開いて、書類にサインを貰いに来ていた、総務の人間が叩き出されていた。
『こんな中、どうやって将軍に、サイン貰えばいいんだ?』
新人君は、自動ドアの前に佇んでいた。
そこに偶然、将軍の副官であるノリンが、自動ドアの前に佇む新人君を見つけて声をかけた。
「どうしたの、入らないの?」
新人君はビクリと飛び上がると、何も問いかけられていないのに、ここにいる理由をノリンにぶちまけていた。
ノリンは盛大に溜息をつくと、
「今はテロがらみで、こっちも大忙しいから。とにかく入って、その書類にサインを貰いなさい。」
新人君はノリンに連れられ、将軍がいる部屋に入った。
入ったとたんに将軍に睨みつけられた。
新人君がビクンと震え上がる。
「将軍、イラつくのは分かりますが、仕事をしてください。」
「わかっとる。」
将軍はそう言うと、手を差し出した。
新人君は差し出された書類を受け取ると、一番最初の書類に目を通す。
「例の辺境惑星派遣の件か。それにしても、よく15名も人数が集まったな。」
将軍は最初の数名の名前を確認すると、その書類にサインした。
すぐに新人君にサインされた書類が戻される。
新人君は慌てて会釈すると、書類を抱えて、その部屋を後にした。
「先輩、貰ってきました。」
先輩は目を白黒させた。
『こいつはいったいどうやって、あの鬼将軍といわれている人から、この時期に、サインを貰ってきたのだろうか?』
不思議に思ったが、これで上官に怒られることなく、辺境惑星に人を送ることが出来る。
上官曰く、
「いいか集まり次第、すぐに応募した人間を送りだせ。」
「しかし、一応・・・。」
「馬鹿者が、時間がたてば立つほど、行く人間がいなくなるだろう。」
「そりゃ、あの惑星はレッド・・・。」
「馬鹿者、今は調停が入って、現在、和平公約が交わされているんだ。あれは普通の惑星だ。」
上官は、真実を言おうとした部下を怒鳴りつけた。
「でも、もしもですね、相手が公約を破って・・・。」
部下はこの時、ニヤリと笑う上官を見た。
『まさか、この募集者は、囮・・・。』
「いいからサッサと仕事をしろ。」
二日前の上官とのやり取りがこの時一瞬頭に浮かんだが、今は考えても仕方がない。
とにもかくにも、これで上官に命令された仕事は、滞りなく進められる。
次の日には、この新人君の働きで、無事、サインをされた書類は、広報課から、すぐに辺境惑星に人員を運ぶ第5部隊に回され、募集された人は、5日後、旅立つことになった。