8 帰宅
ミワは結局、起きてきたウィリアムとバイオレット、それにジャックも同乗したシティカーで、屋敷に戻ることになった。
最初にバイオレットの屋敷に寄り、バイオレットを降ろす。
「じゃ、ウィリアムまた後でね。」
降りる時、恥ずかしそうにウィリアムの頬にキスをする。
突然、ウィリアムはバイオレットの手を掴むと、
「バイオレット、屋敷には誰かいるのか?」
心配顔で、バイオレットを抱き寄せる。
「大丈夫よ、警備ロボもいるし、心配ないわ。」
バイオレットは、ウィリアムの頬にそっと手を添えて微笑んだ。
「警備ロボしかいないのか?」
「ウィリアム!そんなに心配しないで、本当に大丈夫だから。」
最初の予定では、バイオレットだけが降りるはずが、結局ウィリアムも彼女が心配で一緒に降りてしまった。
ウィリアムがバイオレットの腰をグッと引き寄せて、横に立つと、屈んで窓越しにミワに伝言を頼んだ。
「じゃ、ミワ。母さんたちにはヨロシク言ってくれ。」
ミワはただ頷いた。
そのため、バイオレットの屋敷を出た後は、ジャックと二人っきりになってしまった。
車内がシーンと静まり返る。
「あのージャック、そのー、そう、リンダ・マクナリーの件だけど、ネネの言う通りにするの?」
『あっ、しまった。逆にこの話題は、地雷を踏んだかも。どうしよう。
うっ、この気づまりな雰囲気。私のバカバカ、なにを、どうすればいいの。神様、何とかして。』
ミワの叫びは、天に届かなかった。
ジャックは、身じろぎもしない。
ミワが焦っていると、ジャックが突然、ミワに質問を振って来た。
「ミワ。ミワはリンダ・マクナリーと俺の・・・・。いや、何でもない。」
ミワはジャックが何を聞きたかったのかわからず、何も言えなかった。
ハッキリ言ってリンダ・マクナリーとジャックの件は思い出したくないことの第1位だ。
その事を思い出すだけで、なぜだか、胸がズキズキ痛む。
それなのに、敢えてそのことを言いだした、自分っていったい。
気づかないうちに、被虐趣味になっていたんだろうか。
いや、そんなわけはない。
結局、ミワは、気づまりだったので、ただ黙って、外の並木を眺めていた。
ジャックはしばらく、無言でいると、唐突に呟いた。
「ありがとう。」
「えっ?」
あまりに意外なお礼の言葉に、ミワは何を言われたか、わからなかった。
「今回の救出の件は、ミワが言い出したことだと、ネネに聞いた。
もし、ミワ。君が行動を起こしてくれなければ、俺は今頃、宇宙で窒息死していた。
だから、言おうと思っていたんだ。ありがとう、ミワ。」
「それは、あの・・・。いえ、どういたしまして。」
ミワは、ジャックの真剣な目線に、逆になんと言って返せばいいかわからず、ただそう答えていた。
ジャックはそんなミワを、ただ黙って見つめている。
気がつくと、車はいつの間にか、ミワの屋敷の前に止まっていた。
ミワは、ハッと我に返ると、慌てて車から降りようとした。
何かを言いかけた、ジャックは、ミワより先に外に出ると、ミワに手を貸して、立たせてくれる。
「ありがとう、ジャッ・・・。」
ミワがお礼を言おうと、顔を上げると、目の前にジャックのハンサムな顔があった。
ジャックは何を思ったのか、バルコニーの時と同じように、ミワの顎を上げると、屈んで、そのまま唇を重ねる。
「なっ・・・。」
ミワが慌てて、ジャックを押しのけようとするが、後頭部にジャックの手が添えられ、さらにきつく抱きしめられる。
ミワが唖然としているうちに、キスは濃厚なものに変わっていった。
『えっ、えっ、えっ、な・・・なんで????』
口の中にジャックの舌が入って、ミワの舌をなぶる。
ミワは力が抜け、腰がくずおれそうになった。
すかさず、ジャックが支えてくれる。
「なっ・・・ジャッ・・・ク・・あっ・・・・。」
しばらくたってから、やっとジャックが解放してくれた。
「ミワ、今回の件が落ち着いたら、連絡する。」
ジャックがミワを抱きしめたまま、耳元で囁いた。
「あの、ジャック・・・・。」
ミワが言い終わらないうちに、ジャックは一方的に宣言すると、シティカーに乗り込んで、去って行った。
『なんでまた、私はジャックとキスしているの。』
ミワは唖然としていた。
ジャリッ
ミワが音にハッと振り向くと、異父妹のティアが、憎々しげに睨みながら、そこに立っていた。
「ティア!!!」
ミワが声をかけると、ティアはクルッと後ろを振り向いて、無言で走り去ってしまう。
どうやら、今の場面を見られたようだ。
『なんでこうも、今日は間が悪いことばかり、起こるの。なにかの厄日!』
ミワは溜息をつきながら、屋敷に向かって、歩き出した。
とりあえず屋敷に行くと、執事ロボがミワを迎えてくれた。
ミワは執事ロボの後に続いて、屋敷の中に入る。
居間では、母が紅茶を片手に、ミワが入って来るのを待っていたようだ。
「ミワ、今度から出かける時は、必ず、出かける前に、言ってちょうだい。」
なぜか、母は怒っているようだ。
思い当たる節があり過ぎて、どれが原因かわからない。
仕方がないので、素直に返事だけした。
「はい、わかりました。」
「まあ、いいわ。そう言えば、ウィリアムはどうしたの?」
母は優雅に紅茶を一口飲むと質問する。
さすが女優だ。
まさにその動作は、映画のワンシーンそのものである。
「バイオレットが心配だから、向こうに泊まるそうです。」
「そう、まっ、婚約しているし、大人なんだから、仕方ないわね。」
会話はそれで、途切れてしまった。
ミワには、自分の母親なのに、その他に、何を話せばいいのかわからなかった。
母がティーカップで紅茶を飲む音と、いつのまにか降り始めた雨音だけが、居間に響いていた。
ミワはいたたまれなくて、早く部屋に戻りたいが、きっかけがなく、そこに突っ立っていた。
「ミワ、大学はいつから始まるの?」
母の質問にミワは喜んで答えた。
「来週からです。」
「そう、なら準備が必要でしょ。下がっていいわよ。」
「はい、そうします。」
ミワはホッとして、自分の部屋に向かった。
途中、ティアに出くわす。
ミワが何か言おうとすると、ティアは踵を返して、部屋に行ってしまった。
『ああ、早く大学が始まってほしい。』
ミワは心の中で呟いた。