7ジャックの不運
食堂に着くと、そこにはまだ誰もいなかった。
三人は真中の丸テーブルに座った。
「何にする、ミワ?」
「そうね、昨日は懐石だったから、今日は結構動いて疲れたし、牛肉のステーキにする。」
「そう。じゃ、私は昨日に引き続き和食でスシね。ジャックは?」
ネネは、二人分のメニューをカードで打つと、ジャックに聞く。
「俺も疲れたから牛肉のステーキで。」
「じゃ、ステーキが二つに変更っと。」
ネネがカードの情報を変更する。
ジャックが、全員のオーダーが終わった所で、おもむろに口を開いた。
「俺から質問だ。なんで、リンダ・マクナリーの件を知っていたんだ?」
ネネが黒い笑顔、全開でジャックに笑いかけた。
ミワがネネの黒い笑顔に気がついて、このテーブルから離れようとしたが、生憎そのきっかけがない。
諦めて、そのままネネの隣に座った。
「正確には、リンダ・マクナリーの件を知っていた訳ではないわ。」
「どういうことだ。」
「チアとライダー競技者との黒い噂を知っていただけ。」
ネネは自動機械が持ってきた、冷えたお茶をゆっくり飲む。
「なんだその黒い噂って。」
「チアのリーダーになると、100%ライダー競技者と結婚できるっていう噂。」
ジャックが不思議そうに返した。
「なんでそれが黒い噂なんだ。」
「世の中に100%なんて、ないから?」
ミワが横から答えた。
「正解よ、ミワ。100%なんてありえないのに、現実は本当に100%結婚してる。
ここ20年間ずっと。それも全員同世代のチアリーダーとトップライダー限定でね。」
「本当か?」
「ええ、調べた。間違いないわ。そこから推測されることは、ひとつ。」
「やらせか、もっと他に何か罠があるんじゃないかとか。」
ミワが自動機械が持って来た、オレンジジュースを飲みながら、当てずっぽうで話に割り込んだ。
ネネはミワの答えに満足そうに、頷く。
「正解。」
「おい、罠って。」
ジャックが慌て、ふためいている。
「今回はさっきの写真。前回は、穴あきコンドーム、その前は、避妊なし〇〇SEX・・・。」
ジャックの顔が、だんだん蒼褪めていく。
ミワもあまりのことに、呆気にとられた。
「よくもまあ、なんで、そんなに簡単にひっかかるの。それも、今まで、一回もバレてないなんて。」
ミワが疑問をそのまま口にした。
普通はそこまでされたら、その次の代で気がつかない。
「うーん、彼らの共通点は、脳筋と巨乳好きのところかな。」
「脳筋と巨乳好き?だから、なんだって言うの???」
ジャックは大きな溜息をついて、ミワの為に説明した。
「ライダーに乗れれば、他はかまわない。
結婚はしたくはなかったが、嫁が巨乳なら、まあいいかって、考えたのさ。」
「えっ、そんなものなの?」
ミワは、またもや心臓に痛みを感じた。
『私もしかして、何かの病気?』
「男なんて、単純だ。だが俺は、そんなもので、済ます気はないがな。」
「それはまだ脅迫される前に、種がわかったから?」
ネネが追い打ちをかける。
「うっ、反論はしない。」
ジャックが弱弱しく認めた。
「まっ、反撃したい気持ちもわかるけど、私だったら、相手に接触しない方が、賢明だと思うけどね。」
「なにか理由があるのか?」
ジャックが不思議そうに尋ねた。
「さあ、タダではこれ以上の情報は無理ね。」
「一応、大塚大財閥のご令嬢だろう。」
「そっちもダヴェンポート大財閥の御曹子でしょ。」
二人はミワを無視して、睨みあっている。
その時、いいにおいをさせて、自動機械がこんがりと焼き上がったばかりのステーキを持って来た。
機械のくせにナイスタイミングだ。
いや機械だから、この雰囲気の中、持ってこれたとも言えるのか。
自動機械はミワとジャックの前にステーキ置くと、そのまま下がっていった。
ミワはわざと、大声で"いただきます"というと、食べ始めた。
「美味い。」
お肉の肉汁がジュワーとしみ出てきて、何とも言えない味わいだ。
少しかたってから、ネネが頼んだスシも出てきた。
ネネは自動機械が入れたお茶を飲むと、箸を割って、スシを食べ始めた。
ジャックも、自分のステーキにかぶりつく。
三人は無言で、食事を食べる始めた。
ちょうど食べ終わった頃、ネネが持っているカードからコール音が聞こえた。
ネネが表示画面を見てから、溜息をついて、通話をつないだ。
「ネネか。軍に納品予定のライダーの状態はどうだ。」
「順調よ、パパ。2日後には納入できる。」
「そうか。ところで、婚約の件なんだが、ネネ・・。」
「そのことなら、私からも話があるの、パパ。明日、直接そっちに行くわ。」
「そうか、わかった。では、明日を楽しみにしているよ。」
ネネは通話を切った。
すかさず、ネネはジャックを見た。
「明日までに、今回の婚約破棄と先程の情報を提供する。」
「話が早くて、助かるけど、できるだけ早くお願いね。」
「了解した。だがそれには、外部にアクセスできる端末が必要なんだが。」
ネネは直ぐに、カードを操作した。
「ドアを開けた所に、緑色の矢印を出しておいたから、それで研究者用外部端末機が置いてある部屋に行ける。そこなら、制限なしで、自由に外部にアクセス出来るから。」
「了解した。」
ジャックは、立ち上がると、ドアから出て行った。
「ふぅー。」
ミワは思わず溜息をついていた。
「なによ、その溜息。」
ネネは不服そうだ。
「今の二人の雰囲気。居心地が悪いこと、悪いこと。」
ミワは、ネネを見た。
「なに?」
「ほんと、ネネって、不思議よね。」
「だから何が?」
「普段、プライベートで、異性に話しかけようものなら、真っ赤になってアタフタするのに、ビジネスと割り切ると、ああなんだから。」
「人のこと、いえないでしょ。」
「はっ、私はビジネスなんかしないし、いつも表、裏なく、正直者でしょ。」
ミワは、まじめに答える。
「正直者ね。ライダー整備とジャックが関わると、そうじゃない見たいだけど。」
「ど・どういう意味。」
「好きなのに、好きと言えない。」
「なっ、なっ・・な・・・。何言ってるの、ミワ。」
ミワは真っ赤になって、否定した。
『顔に出まくりね、本当。』
ネネがそう考えた時に、カードが振動した。
ネネがアクセスキーを入れて、カード情報を確認する。
ジャックから、先程、約束した通りの情報が、カードに送られて来た。
ネネは内容を精査するために、席を立った。
「ちょっと、用事が出来たわ。
ドアの外に寝室への矢印を表示しておくから、昨日と同じ部屋を使って。」
「サンキュー。もう少しゆっくりしてから、部屋使わせてもらう。」
「食べ過ぎは良くないわよ、ミワ。いくら運動してるからって、油断してると、太るから。」
「わかってる。甘いお茶飲んだら、部屋に戻って休むよ。」
ミワが手を振ると、ネネは溜息をつきながら、食堂を出て行った。
食堂には、ミワ一人だけが、ぽつんと残った状態だ。
ミワは自動機械を呼び寄せて、甘茶を頼むと、しばらく一人席で、さっきの会話を思い起こす。
『私は、さっき、なんであんな反応をしたんだろう。どうもジャックが関わると、冷静にものが考えられない。』
ミワは自動機械が持って来た甘茶を飲むと、食堂を出て、寝室に向かった。
今日は本当に忙しない1日だった。
ネネはミワと別れると、自分がいつも使っている部屋に戻り、さっきジャックから送られて来た情報を精査した。
一通り読み終わると、情報を閉じた。
これで婚約なしでも、平等に共同研究を行える。
腐ってもダヴェンポート大財閥の御曹子だ。
適格な情報だけを抽出してきていた。
ミワがジャックを気に入っていなければ、政略結婚も視野に入れたのだが、ミワと疎遠になってまで、ほしい人材ではない。
ミワは、ネネにとって、損得抜きで付け合える数少ない本当の友達だ。
ちょっとライダー整備士オタクであるが、それ以外は本当にいい友だ。
ネネはここまで考えて、共同研究以外の情報のチエックを行った。
今日一日で、特に目立った情報はなかった。
ちょっと気になるのは、隣星の動きだ。
今回のテロ騒ぎに、乗じて宇宙軍を動かそうとした形跡がある。
もちろん自国の宇宙軍も、これには気がついているようだが、実際に確たる証拠がないので、今回は静観するようだ。
なにか変な動きに、ならなければいいけど。
翌朝、みんな疲れていたせいか、10時ごろ食堂で朝食となった。
「おはよう、ネネ。」
ミワは食堂で、先の座って食事を食べ始めていたネネに、声をかけた。
昨日はなんやかやと、ジャックのことを考えていたが、流石に日付が変わるころになると疲れが出て、そのまま眠ってしまった。
大学はまだ始まらないし、今日は高校を卒業して、初めてゆっくりした朝を過ごせた。
「どうかしたの。」
ネネがなにやら、考え深げに食べている。
「うーん。」
ミワを見ながら、いった方がいいのか、どうしようかという顔でネネが口ごもる。
ミワはネネの対面に座ると、自動機械に朝の朝食を頼み、視線で促した。
「なに、気になるんだけど。」
「うーん、あのね・・。」
その時、また自動ドアが開いて、ジャックが入ってきた。
ネネとジャックの目線が合う。
ネネがこれ幸いにと、
「ジャック、頼みがあるの。」
ジャックはギクッとしながら、ミワの隣に座った。
「情報なら、今以上には流せん。」
きっぱり断る。
「その事じゃないの。私、今日のお昼には、ここを出て、自分の屋敷に帰るから、一旦ここを無人したいのよ。」
ジャックは、情報提供の件ではないと、聞いてあからさまにホッとしていた。
「俺は別に朝食を食べたら、ここを出て、自分の部屋に戻るつもりだから、構わないが。」
「私もさすがに、朝食いただいたら、いやだけど、屋敷に戻るつもりだったから、気にしないで。」
ミワも付け加えた。
「あなたたちのことじゃなくて。」
ネネがいいよどんだ。
「「えっ、私(俺)たちじゃ・・・。あっ、そうか!!!」」
三人は、顔を見合わせた。
すぐさま、二人はジャックの顔を見る。
「おい、まさか俺に、二人を起こしにいけ、とかいう気か?
それなら、ミワがいいだろう。自分の義兄と将来の義姉なんだから。」
「私はまだ胸が小さい子供だから。」
ミワは、ジャックに嫌味も付け加えて、断った。
「うっ。」
ジャックはネネを見た。
「音声呼び出しすれば、いいだろう。」
「セキュリティ上、ここ音声呼び出しのみは出来ない設定なの。それに、もし、変な場面だったら、どうすればいいのよ。」
「俺ならいいのか。」
ジャックは叫んでいた。
二人の目は慣れているでしょと、昨日の画像を指して、語っている。
ジャックは観念した。
「朝食を食べ終わっても、起きてこないようなら、俺が行ってくるよ。でもさすがに、あと一時間もあれば起きてくるだろう。」
朝食を食べ終わって、一時間後。
ジャックの願い空しく、ウィリアムとバイオレットは、食堂に現れなかった。
ネネがカードを操作して、ジャックがドアの前に着くと、二人が寝ている部屋の
セキュリティロックが解除されるようにした。
ジャックは重い足を引きずって、食堂を出ると、ネネが出してくれた矢印を踏んで、ウィリアムとバイオレットが休んでいる部屋の前に立った。
ドアは解除されているようだが、一応もう一度ドアベルを鳴らして、ドア越しに部屋の中に叫ぶ。
「おい、ウィリアム。朝だぞ。いい加減に起きろ。」
何度か、ドアベルを鳴らして、叫ぶが中から応答がない。
とうとうジャックは諦めて、ドアから中に入った。
「おい、ウィリアム。」
遠くから叫ぶが、起きる気配がない。
『だめだこりゃ。』
ジャックは、諦めて裸の男女が絡み合っているベッドに近づくと、ウィリアムの肩を揺さぶった。
ジャックの揺さぶりに、覆い被さっているウィリアムではなく、バイオレットと目があった。
「えっ、ジャック???」
ジャックは慌てて、バイオレットから目をそらす。
バイオレットは今の状態を思い出して、思わず叫び声を上げていた。
「キャー。」
バイオレットの叫びで、ウィリアムの目も覚めたようだ。
ベット脇に立っている、ジャックに気がつくと、
「おい、ちょっと待て、ウィリアム。」
ジャックの言い訳が終わる前に、ウィリアムは素早く服を掴むと、全裸のままベットから起き上がり、殴りかかった。
ドサッ
ジャックはウィリアムに殴られ、床に倒れる。
「なんで、お前がここにいる。」
「もう、お昼だ、ウィリアム。ここの家主が、昼にはここを無人にしたいそうで、俺が起こしに来たんだ。」
「昼?」
「そうだ、お昼だよ。いい加減に起きろ。俺だって好き好んで、親友の濡れ場を見に来たわけじゃない。」
ジャックは、そう言うと部屋を出た。
『くそっ、なんでテロ事件からここ、ずっとこんなのばかりなんだ。』
ジャックは顎に手をあてると、ドアの外で呟いた。
『いってぇー。』