3実家に帰る
ミワは、寮にある自分部屋に戻ってからも、何も手につかなかった。
こんなことは、始めてだ。
大概、明日のライダー整備のことで、頭がいっぱいになるのに。
ミワは自分のベットにダイブして、もそもそと動く。
なにか他のことを考えようとするのに、頭は先程のバルコニーでの、キスばかり思い出す。
なにやってるのよ。
結局早々と、寮に戻ったのに、朝まで一睡も出来なかった。
ミワは部屋にある、シャワーを浴びると、寝るのを諦めて、寮の食堂に向かった。
学生証をかざして、機械でメニュ-を選択すると、自動調理器で、食事が作られ、ロボットが席まで運んでくれる。
前世では、考えられないような、自動化だ。
一枚のメモリに記憶できる容量が、前世と今世では格段に違うためだ。
ミワは、食事を終えると、休日なので、いつもならライダーの整備に向こうのだが、今日は行く気にならずズルズルとその場に居座りお茶を飲む。
ミワが食堂でウダウダしていると、食堂のすぐ下の通りを、俊介と伸が、整備室に向かって、歩いていくのが見えた。
そう言えば、試合には勝ったので、俊介のグラインダーを貸してもらえる予定だった。
ミワは重い足取りながらも、俊介たちの後を追った。
程なく、追いつく。
「俊介。」
ミワは後ろから声を掛けた。
俊介はギョッとなった後、溜息を付くと、ついて来いと手振りで示した。
ミワは、ライダーが置かれている整備室に、一緒に入った。
中には、色々なフォルムのライダーが並んでいた。
中でも、奇抜なフォルムと真っ赤な色のミワのライダーは、ひときわ異彩を放っていた。
ミワは試合前で出来なかった、先端部の鋭角フォルムを、俊介から借りたグラインダーで、一心不乱にとりかかった。
おかげで、研磨しているときは、それだけに集中できる。
『よし。これなら他のライダーの先端部分を研磨すれば、もっと何も考えないでいられる。』
ミワのこの勝手な考えにより、親善試合で確約した通りに、ミワのチームメイトのビル、デップ、トムのライダーは、チームメイトの抵抗を、ものともしないミワによって、最先端の〇〇ヒーローものの形状に、あえなく改造された。
「「「お願いだぁ、ミワ。形状はまだしも、塗装の赤は、勘弁してくれ。」」」
ビル、デップ、トムの三人は、赤いスプレー缶を持った、ミワの前に、立ちはだかった。
「何言ってるの。同じにしないと、仲間じゃないって、言ってたじゃん。」
ミワは黒い笑みをしながら、スプレー缶を掲げた。
「「「そんなぁー。」」」
それを見ていた技術部の俊介が、ミワの肩を掴んだ。
「ミワ、赤はやめろ。」
「なんでよ、俊介。いい色じゃない。」
俊介が、伸を見た。
伸は心得たとばかりに、赤いスプレー缶をさりげなく、隠す。
「赤のスプレー缶は、それだけしかない。途中で、缶が足りなくなるぞ。」
「うそ、じゃ。買ってよ、俊介。」
「予算が足りん。だが黒なら、まだある。」
俊介がさりげなく、黒のスプレー缶を渡した。
ミワは仕方なく、黒の塗装に変更した。
それを見ていた三人は、俊介と伸に、寮に戻ってから、涙ながらに感謝した。
「「「俊介、伸。お前たちのお蔭で命拾いした。ありがとう。この借りは、いつか必ずかえすから。」」」
五人は抱き合って、友情を深めた。
その後の高校でのミワチームのライダー試合は、大勝利になるはずが、前半は全く振るわなかった。
なにせ、速度が従来の倍になった分、振り回しが上手くいかず、前半期は、全て惨敗となってしまった。
「まったく、なんで私以外、誰もゴールを狙えないのよ。」
ミワはお昼に、チームメイトを前に、食堂で愚痴る。
それを、たまたま隣で聞いていた、ミワの親友で、宇宙流体力学部の変人もとい天才、大塚ネネがぼそりと言った。
「あんな形状で、小回りがきくわけないでしょ。」
「どっ、どういうことよ、ネネ。」
ミワがネネの呟きを、耳ざとく聞きつけて、咎める。
「そのままよ。先端の形状を生かせる流線型に、車体がなっていないもの。小回りが利くわけないわ。」
「言ってくれるわね。じゃ、どうすればいいって言うの?」
ミワの挑発的な物言いに動じることなく、ネネはボールペンを取り出すと、ランチの下に敷いてあった紙のランチョンマットに、車体の形状を書き出した。
思わず、ミワ以外の三人が、目を丸くする。
「「「すげぇーー。ミワのより、百万倍はかっこいい。」」」
ビル、デップ、トムは、口を揃えて、褒め称えた。
「「たしかに」」
騒ぎを聞きつけて、見物に来た、俊介と伸も、ネネの書いた図面を見て、頷く。
「うっ」
ミワは、5人の視線に後ずさった。
結局、ミワもネネの理論的な説明で納得し、ネネの書いた図面をもとに、形状変更パート2を実施した。
そのおかげで、○○戦隊ヒーローものから、誰もが、あこがれるようなライダーに、生まれ変わった。
後に、このライダーは、”黒の貴婦人”と呼ばれ、高校生ライダーの憧れのフォルムとなる。
「「「うっ、俺達のライダー。」」」
ビル、デップ、トムは、自分のライダーをなで、擦った。
そして、ネネの手を三人は固く握ると、
「「「ありがとう、ネネさん。君は俺達の救いの女神だ。」」」
涙ながらに、感謝した。
「ちょっ、そんなに感謝されることは、してないわ。」
異性に慣れていないネネは、若干、腰が引き気味だ。
逆に、形状変更を終えて、それを傍で見ていた俊介と伸は、三人の姿に、涙を禁じえなかった。
『『本当に恥ずかしかったんだなぁーー。可哀想に。』』
「なんなの、その態度。」
ミワの憤激は、さておき、形状変更パート2で、小回りが利くようになった後、ミワチームは、連戦連勝となった。
気がつくと、ミワの高校生活も最終学年となり、三年の彼らは、夏に大学の試験を受けた。
ミワの本心は、ライダー整備科を受けたかったのだが、母を説得出来ず。
結局、義父の説得で、母を納得させて、ライダー乗りが多く、所属するライダー科を受験した。
実技も余裕だが、ライダーの整備関係は、もっと得意なので、学科は満点で、みごと合格を果たした。
そんなこんなで、あの親善試合後、一年以上ウィリアムにもジャックにも、ミワは会うことがなかった。
当然、長期休暇もライダー整備と整備したライダーの試運転で、ミワは家には帰らなかった。
だが流石に、来季より大学になるこの冬は、高校の寮から、個人で借りた借家に移ることもあり、一旦、実家に帰ることになった。
ミワはしぶしぶ荷造りして、シティカーに荷物を積むと、実家に向かった。
家は、義父が将軍、母が現役の大女優ということもあり、郊外の高級住宅地の一角にある。
シティーカーは、一旦高級住宅地の門に着くと、門前の検問所で止まる。
ミワは降りると、許可証と学生証を出した。
だが、なかなか許可が出ない。
将軍にも、現役女優の母にも似ていないと、いつも言われるが、それが原因のようだ。
偽物の烙印を押され、警察を呼ばれそうになっているところに、異父妹のティアが、シティカーで帰ってきたところに、鉢合わせした。
「異父姉さん、こんな所で、何やってるの?」
傍のシティカーから声がかかった。
ミワは、疑われて、これから警察に連れていかれるところ、と答えるわけにもいかず、ただ肩を竦めた。
この様子を、隣から見ていた門の警備員は、びっくりして、
「あの、ティアさんのお姉さまなんですか。」
と率直に聞いている。
ティアは、何が起きていたのかを察して、心持ち笑いを我慢しながら、答えた。
「ええ、そうよ。だから早く、通してあげて、頂戴。」
ティアのシティカーは、それだけ言うと、何も言われずに、門を通っていった。
門の警備員が何も言わずに、鼻の下を長くして、敬礼すると、それを見送った。
ミワは、かなりムッとして、その若い警備員を睨んだ。
警備員は、チラッとミワを見ると、手を振って、行っていいという態度をする。
ミワは憤慨しながらも、もう一度荷物を、シティカーの後ろに入れるために、中身を詰め直す。
しかし、中身を全部、引っ掻き回されたので、作業は進まなかった。
そのうち、今度は一台の高級スポーツカーが、門の傍に止まった。
「ミワ、こんな所で、何をやっているんだ。」
『今日に限って、何で異父妹の次に、義兄が通るのよ。』
ミワは門の傍の検問所で、荷物を詰めながら、ウィリアムを見た。
「検問所で、疑われて、荷物検査されたんで、出された荷物を入れ直してるところ。」
ミワは真実を、そのまま伝えた。
ティアにたいする態度の違いから、取り繕う気さえしない。
「なんだって!!」
ウィリアムは、高級車を検問所の横に止めると、車から降りて、ミワの所まで来た。
ウィリアムは検問所の中で、ふんぞり返っている若い警備員を睨むと、ミワの荷物をシティカーではなく、自分の車に積んだ。
「一緒に行こう。」
ウィリアムはそう言うと、ミワをエスコートして、自分の車に乗せようとする。
「でも・・・。」
ミワは渋った。
「何で遠慮するんだ。」
『何でって、そりゃ、ジャックに、どんな顔して、会えばいいか、わからないから。』
というわけにもいかず、躊躇していると、
「早く乗れ。」
ウィリアムはシティカーのコンソールを返却にして、車を戻すと、助手席のドアを開けた。
ミワは諦めて、義兄の車に乗り込む。
取り敢えず、当たり障りのない挨拶をしようと、乗ってすぐに、車内を見回すが、誰もいなかった。
「あれ?」
思わず声が漏れた。
「なんだ、誰かいるかと思って、遠慮してたのか。」
「今日は誰も乗っていないよ。ジャックは、今頃バイオレットに連れ回されて、宇宙船の上で、へばってるはずさ。」
ウィリアムはニヤついている。
「宇宙船?」
『なんで、バイオレットとジャックが一緒に宇宙船にいるんだ。』
「ああ、本当は俺が、バイオレットと行くはずだったんだが、幸か不幸か、宇宙から戻って来る時に、嵐が酷くて、結局、俺の代わりに、ジャックが、バイオレットの荷物持ちとして、買い物に付き合わされることになったのさ。」
ウィリアムは楽しそうに笑っている。
なんだかよくわからないが、ジャックと顔を合わさずに、済みそうだ。
車は、ウィリアムの運転で、検問所の脇を通り、高級住宅地の一等地に立つ、屋敷へと向かった。
窓から、きれいな緑の街路樹が見える。
ミワがボウーと景色を見ていると、ウィリアムが話しかけてきた。
「そういえば、大学に受かったそうだな、おめでとう。父さんも喜んでいたよ。」
「義兄さんありがとう。でも、本当はライダー整備科を受けたかったんだけど、結局、説得出来なくて。」
ミワは項垂れ、ウィリアムに愚痴る。
「そう、しょげるな。軍でもライダー乗りから、整備士になる奴は、いるから、それからでも遅くない。逆に、ライダー乗りを経験していないと、ライダーの整備をさせないやつもいるからな。あまり考えないで、いろいろ経験を積むのも悪くないさ。」
ミワは、ウィリアムの話に飛びついた。
「えっ、義兄さん。軍ではライダー乗りから、ライダー整備士になる人がいるの?」
急なミワからの突っ込みに、びっくりしながら、ウィリアムは答えた。
「ああ、事故でライダー乗りが出来なくなったりして、軍に入ってから、軍の整備士試験を受ける奴もいる。」
ミワはウィリアムに、さらに突っ込んで聞き込む。
「それって、自分の希望だけで受験できるの?」
「ああ、自分が所属する軍の上司の推薦もしくは、実践経験があれば、受験できる。」
「自分の親の許可は必要ないの?」
「ああ、基本成人しているので、必要ないな。
ただし、一般の大学から整備科を経て、受けるより難しいらしいぞ。」
『軍に入って実践経験さえ積めば、母の許可なく、整備士になれる。』
ミワの頭の中は、これでいっぱいになった。
「義兄さんは、どうやって軍に入ったの?」
ミワの珍しく義兄に向けての質問に、ビックリしながらも、ウィリアムは話してくれた。
「大学を卒業後、自分で軍への出願書を出せばいい。健康上の問題がなければ、直ぐになれるよ。」
「親の許可は?」
「大学を卒業しているんだから、成人しているんだ。親の許可は必要ないさ。」
ウィリアムは、軽く答えた。
『なんてこと。こんなに簡単に、整備士になれる手段が、存在してたなんて、・・・。』
ミワはにんまりしながら、考えに耽った。
ミワがニヤついているうちに、車は敷地に入っていた。
車が止まると、すかさず、警備ロボットと執事ロボットが近づいてきた。
さすがに、人間と違い、ロボットは正確だ。
ミワとウィリアムに挨拶すると、ハッチバックから二人の荷物を降ろした。
「どちらにお運び、しましょうか。」
「俺のは、二階東の寝室で、ミワのは、西のプールが見える寝室に運んでくれ。」
ミワが高校の寮に入る前に使っていた部屋だ。
ウィリアムなりに気を使ってくれたようだ。
「畏まりました。」
執事ロボットが、二人の荷物を持って、去っていった。
ウィリアムは、警備ロボットにキーを渡すと、ミワを連れて、玄関に向かう。
ミワは大人しく、ウィリアムについて行った。
屋敷の中に入ると、すでに着いていたティアが、居間に座って、お茶を飲んでいた。
「異父姉さん、早かったのね。」
「義兄さんが、通りかかって、のせてくれたから。」
途端に、ティアは、ウィリアムが帰っていると聞いて、急いで立ち上がると、誰かを捜し始める。
ウィリアムは直ぐに気がついて、ティアを窘めた。
「ジャックなら、いないぞ。」
「別に、私はジャックを捜しているわけじゃないわ。でも、いつも一緒なのに、なんで今日は、いないの。」
ティアは、捜していないと言いながら、ここにいないジャックを気にしている。
ウィリアムは、指で上を指した。
「なんだ、二階にいるの。」
ティアは、二階に向かおうとする。
「いや、宇宙船さ。」
「宇宙船って、どういうこと?」
ティアは、二階に行こうとして、立ち上がった、その勢いで、ウィリアムにくってかかった。
「外宇宙にバイオレットとお買い物さ。」
「なんで、兄さんがここにいて、ジャックがバイオレットと買い物にいくの?
バイオレットの買い物なら、兄さんが、付き合うのが筋でしょ。」
ティアの怒りは、最高潮に達した。
その時、居間に母が現れた。
「まあ、賑やかだと思ったら、帰っていたのね、ウィリアム。」
ウィリアムは、義母のレイラに近づくと、頬に口づけた。
「ただいま帰りました。お義母さん。」
「まあ、ちょっと、会わないうちに、ますます、ジェームズに似てきたわね。」
レイラは、ご機嫌な声で、ウィリアムを褒めた。
「いえ、お義母さんこそ、とても二人の子持ちには見えませんよ。ますます、美しくなっていますね。」
「まあ、ウィリアム。そんなこと言っても、何も出ないわよ。」
レイラは、それから、やっと、ウィリアムの後ろにいた、ミワに気がついた。
「あら、ミワ。やっと実家があることを、思い出したようね。」
レイラの口から思わず、嫌味が飛び出した。
「ただいま、帰りました。お母様。」
ミワは、ただ単に挨拶だけした。
下手に言い訳すると、藪から蛇が出てきそうだ。
「今日は大分賑やかだな。」
義父のジェームズも、居間に入ってきた。
「まあ、ジェームズ。おかえりなさい。」
レイラがジェームズの首に手を掛けると、熱いキスを交わす。
二人は子供たちを無視すると、しばらく抱擁を交わし合う。
ティアは、父に挨拶するのを諦めて、居間にある情報端末のスイッチを入れた。
壁の大画面に、ダイジェストニュースが映し出された。
先週のトップニュースとして、そこに、ミワたちチームの優勝シーンが映し出された。
「ヒュー、いいじゃないか、あの黒のフォルムわ。」
思わず流れるような流線型のフォルムに、ウィリアムは口笛を吹いた。
「確かに、素晴らしいフォルムだ、ミワ。この間の親善試合で見た形状と比べれば、月とスッポン。本当に素晴らしくなっているぞ。これで、運動能力が、あの画像の通りなら、軍でも採用したいくらいだ。」
ジェームズの最大限の賛辞を、ミワは複雑な気分で聞いた。
「本当に義父姉さんが、あのフォルムを設計したの?」
ティアの質問に、ミワは詳細に、説明を加えた。
「先端のフォルムが私で、側面から全体の流れは、ネネが設計したのよ。」
「ネネって誰なの?」
ティアの質問に、周りのみんなも、同意の顔で見ている。
「私の高校の”宇宙流体力学科”の生徒で、大塚宇宙船開発会社の社長令嬢よ。」
「まあ、あの大塚宇宙船開発会社のご令嬢とお友達なんて・・・。」
珍しく、レイラのご機嫌が上がった。
ミワにして見れば、ミワが設計していないとわかった時点で、なんで機嫌が上がるのか理解できない。
レイラはさらに、ミワに畳み掛けた。
「ミワ、ウィリアムもジャックを連れてくるのだから、あなたもお友達のネネさんを屋敷連れて、いらっしゃい。遠慮はいらないわ。」
「はぁー。では今度、誘って見ます。」
ミワは、気のない返事をした。
「そうしなさい。」
でもレイラは、逆に、かなり乗り気のようだ。
その時、突然、情報端末から、緊急時のビープ音がすると、画面が切り替わった。
画面いっぱいに、何故か、バイオレットとジャックの顔が、映し出される。
次に超豪華客船の上で、銃を構える、テロリストたちの姿が映った。
テロリストのリーダーが、バイオレットとジャックに、銃を向けながら、要求を告げた。
「明日の夕方までに、仲間を釈放出来なければ、まずこの二人を処刑する。」
「「「「なん(だって)ですって。」
五人は、声を揃えて叫んだ。
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