22整備チームの面々
「ここよ。」
ネネの案内で、六人は大塚財閥が所有する個人の整備用施設に来ていた。
四人は、すっごく豪華な整備室に、ごくりと生唾を飲み込んだ。
彼らの目の前には、最新式の整備用機器とライダーの高性能な部品の数々が、所狭しと並んでいた。
((((さすが大財閥のお嬢様、桁が違う))))
「さあ、時間がないから、始めるわよ。」
ネネは、カードを取り出すと、コードを打ち込んで、部品を作業台の上に、並べた。
「じゃ、ここからは、取り敢えず。フレーム強化と軽量化、それとエンジンの馬力アップと消音化に分けて作業しよう。」
名人と言われる広明の賭け声で、フレーム強化と軽量化をネネと俊介が担当し、エンジンの馬力アップと消音化を広明と伸が、担当することになった。
四人は、テキパキと作業を開始した。
それを眺める大に、ジャックが嫌そうに声をかけた。
「あんたは、こっちだよ。おっさん。」
大の目が、ジャックを睨み返してきた。
ジャックは、それをスルーすると、カードでダヴェンポートの試験用レースのゲートを開いた。
そして、脇に装備されていた、ヘルメットとグローブを大に放った。
大は、それを受け取って、一緒にゲートをくぐると、そこには、ものすごい広さのコースがあった。
思わず目を瞠る。
「あれが、現状の最大馬力のライダーだ。すぐに、これを乗りこなせるようになるように、だそうだ。」
ジャックは、サッサとヘルメットとグローブをすると、ライダーに跨った。
大も同じように、脇に止められていたライダーに跨る。
お互い、目線を交わすと、目前にコースが開いた。
二人は、最初からフルスロットルで、コースを走り始めた。
直線は、スタート時、ほぼ一緒だったが、カーブで、大が前に出た。
お手本のように、でも、ギリギリ攻め込めない。
そんな、きわどい角度を描いて、カーブをきれいに曲がる。
ふん、噂もあながち、間違って、いないんもんなんだ。
ジャックは、そう思いながら、後ろから、大が直線に入るなり、スロットルを全開にして、逆に抜き返した。
抜かれた大は、さらにスロットルを加速しながら、心の中で呟いた。
ほう、やるじゃないか、ぼうや。
すぐ、次のコーナーで、またジャックを抜き返す。
二人は、いつの間にか、激しい死闘を始めていた。
「ふう、最初は、こんなものかなぁ。」
ネネが額の汗を拭いながら、作業台から立ち上がった。
ふと、隣のダヴェンポート財閥のゲートに接続された、レースコーナーに目をやって、唖然とした。
「なにやってるの、あの二人!!」
ネネの声に、伸、俊介、それに広明が、作業台から同じように、隣のレースコーナーに目を向ける。
「「すごい。」」
二人のレースレコードの数字に、度肝を抜かれた。
プロでも出せないような、物凄い数字が並んでいた。
それが一周するごとに、徐々に塗り替わっていた。
ネネは慌てて、レースを止めるコントロールキーに、アクセスしようとした。
それを、後ろから無言で見ていた広明に、止められる。
「何でですか?このままだとライダーが・・・。」
ネネの目が、広明を睨み付けた。
「後、ほんの少しでいいから、待って。まだ、ライダーは耐えられる。」
ネネは、目を丸くして、手を止めた。
この状況で、エンジン音を聞いただけで、ライダーの状態がわかるの?
信じられない。
パネルの数字を見る限りでは、もうライダーは、今、この瞬間にも、壊れてバラバラになりそうな状態を示しているのに。
四人が見守る中、レースは、さらに白熱していた。
抜きつ抜かれつから、ジャックが首位をわずかな点差で、引っくり返しつつあった。
「この辺が、潮時か。」
広明が、ネネに合図した。
ネネは素早く、レース場内に、警報音と警告ランプを点滅させると、ライダーの速度を、強制的に落としていった。
二人は、お互い、チラッと隣を見てから、減速したライダーに任せて、ピットに戻った。
俊介と伸が、ジャックがピットに入って来たのを確認して、すぐにライダーをフレームに固定した。
ジャックが荒い息をつきながら、ライダーから降りた。
一瞬、グラリとするが、すぐに態勢を立てなおして、その場から去って行った。
出口にいた広明は、ジャックに何かの紙を手渡していた。
ジャックが目線で問いかけてきた。
「それを見れば、君がなぜ大に、コーナーで追いつけなかったかが、わかるよ。」
ジャックは一瞬、目を瞠った後、嬉しそうに微笑むと、その紙受け取って、部屋から出て行った。
すぐ後ろから、苦虫を噛み潰したような顔をした大が、疲れ切った様子で出てきた。
「何であんなものを、渡したんだ。」
大が盛大に、広明に文句を垂れた。
広明は嬉しそうに笑うと、大にも同じように、プリントアウトした紙を渡した。
「大もそろそろ、娘の恋人を認めなくっちゃね。まっ、今まで娘を、何もせずに、放置してきたんだから、ある意味、自業自得ともいうかな。」
「お前、本当に嬉しそうだな。」
大は、紙を見て、顔を顰めた後、それを持って、彼もその部屋を出て行った。
ネネが、それを見て、広明に説明してほしいと、真顔で迫ってきた。
「知りたい?」
ネネの他に、俊介と伸も加わって、広明の説明を待つ。
「単純だよ。大の方が、コーナーを早く攻められたのは、スピードが大の方が出てなかったから。だから、ライダーを押さえつける力が少ない分、すんなりコーナーに入れたのさ。ジャックがコーナーを、上手く回れなかったのは、逆に言うと、大に対抗心を燃やし過ぎて、馬力の出し過ぎで、コーナーに突っ込んだんだ。だから、入る時、いつも以上に、ライダーを抑えるのに力が必要になって、時間をロスしたんだ。」
まっ、本音は大も年だから、あまり馬力を出し過ぎると、ライダーを暴走させるとわかっていたから、出来なかったと言うところかな。
ネネは、説明を聞きながら、画面を見つめて、喜々とした顔になった。
「じゃ、あの二人は、あのくらいの馬力なら、簡単にライダーを暴走させずに、操作できるってことよね。」
さすが、流体力学系を勉強している学生だね。
気にするのは、そこなんだ。
ネネの質問に、広明は、苦笑い気味に頷いた。
「簡単じゃないけど、可能ということだね。」
見ると、俊介と伸の顔も、ネネと大差のないことを考えているのが、見てとれた。
まっ、俺も同じように思ったけどね。
四人は、頭の中で、一斉にライダーの調整値を、かなり上方に修正した。
そして、全員、食事をする為、整備室を後にした。




