15現役女優 レイラ・オーランドの回想1
レイラは、ジェームズに支えられるようにして、将軍室を後にした。
ノリンが呼んでおいてくれた高級シティカーが、横付けされた近くの入口まで、ジェームズが送ってくれた。
「ありがとう、ジェームズ。」
よろよろと車に乗り込むレイラを支えながら、ジェームズは彼女にキスすると、名残惜しそうに身をひいた。
「すまん。まだ仕事が・・・・・・。」
レイラは大丈夫だという仕草と共に微笑む。
「戻って頂戴、ジェームズ。そして、ミワを、娘を助けて。」
「ああ、任せてくれ。」
ジェームズは自分に縋りついて、不安そうに囁くレイラを、もう一度しっかりと抱きしめると、シティーカーから離れた。
シティーカーは、すぐに音もなく浮き上がると、滑り出した。
レイラは、後部座席のシートに背を倒すと、ぼんやりと外の景色を見ていた。
なんだか疲れて、瞼が重い。
「大・・・・・・。」
レイラはふと昔のことを思い出していた。
彼女が大と別れることを決心した時のことを・・・・・・。
本音をいえば、今でも、大のことは忘れられない。
夫のジェームズのことは、好きだが、大のことは、今でも愛しているのだ。
本当は、あんなことさえなければ、大と別れたくはなかった。
でも自分の虚栄心が、それを許せなかったのだ。
うそでもいいから、あの時、大が自分を愛していると言ってくれれば、レイラはきっと彼と別れなかった。
レイラと大は、小さいときから家も近く、親同士が知り合いで、よく遊んでいた。
一時期、疎遠になっていた時もあったが、高校に入ると、レイラが女らしくきれいになっていくのと反対に、大は小さかった背も延び、体もがっしりして、頼もしくなっていった。
昔から男女に関係なくモテテいたが、高校になって大がライダーに夢中になると、昔以上に彼に夢中になる女子が増えた。
レイラも内心は、大に夢中だったが、元来のプライドの高さから、なかなか彼に心の中を打ち明けられなかった。
でも、なんとか大に、自分をアピールするために、レイラはライダーチームを応援するチア部に入り、チアリーダーとして、彼に毎日アピールした。
周囲も、チアリーダーであり、家の財力も、釣り合いのとれているレイラと大をカップルとして、認識してくれた。
大も、別段周りから何か言われても、否定することはなかった。
レイラとしては、このまま二人の距離を詰めて、いつか本当の恋人になろうとしていた。
そんな時、高校のライダー試合で、ノリンたちに出会ったのだ。
ライダー選手は、大概男性で女性の選手は、本当に珍しかった。
そんな中、女性ライダーのノリンがいるチームと大が試合を行った。
当初は絶対に女性がいる分、不利だろうと思われていたノリンのチームだったが、ライダーの性能が群を抜いて有能だったので、試合結果はなんと引き分けになった。
その時、レイラは落ち込んでいるかもしれない大を気遣って、慌てて、観客席から、試合会場の選手の控室に向かった。
当時も大と同じチームだったジェームズが、ちょうど選手の控室からでてきたところだった。
ジェームズは、すぐにレイラに気がついて、声をかけてくれた。
「レイラさん。大を待っているの?」
レイラは素直に頷いた。
「呼んで来ようか?」
ジェームズの問いかけに、レイラはすぐに頷いた。
彼はもう一度、控え室の中に戻って、大に何か言ってくれた。
「おい、大。通路でレイラさんが待っているぞ。早く着替えろ!」
「ああ。今、行くよ。」
大は友達と話しながら、ダラダラと着替えている。
「おい、早く着替えろ。お前たちも試合は終わったんだ。さっさと出ろ。」
ジェームズはチームの仲間を追い出し、大の着替えを急かすと、通路に押し出した。
「おい、ジェームズ。俺は別に、レイラと待ち合わせしてたわけじゃ・・・。」
大がそう言ってレイラを放って、行こうとするのを、彼女は自ら、大の腕をとると遮った。
「大、行こうよ。」
大は溜息を付くと、レイラに腕を引かれ、外に出た。
「ねえ、大、落ち込んでない。」
レイラは気にして、大に声をかけた。
でも大は、全く気にしていないようだった。
「いや、落ち込んじゃいないさ。むしろ、あのライダーをあそこまで整備した整備士に、ぜひ会ってみたいね。今日の慰労会は、絶対出席する。」
大はうれしそうに、レイラに話してくれた。
「あのね、大。あの女性ライダーをどう思う?」
レイラは、気になって、しょうがなかったことを聞いてみた。
何といっても、大が自分から慰労会に出るというのだ。
そのライダーにだけ、興味あるようには見えない。
「ああ、そうだな。女性の割に上手かな。でもそれ以上に、あのライダーだ。あんな凄腕の整備士なんて、初めてだ。まさに・・・・・・。」
大は、とめどなくレイラの家に着くまで、あのライダーが、いかに凄いのかを、彼女に語り続けた。
レイラを家に送ると、大はそのまま行こうとする。
レイラは思わず、大を呼び止めていた。
「大、今夜の慰労会だけど、必ず迎えに来てね。」
大は振り向かずに腕を上げると、そのまま歩いて行ってしまった。
夕方、心配になったレイラは、道路に出て大を待った。
一応、大は忘れずに、レイラを迎えに来てくれた。
レイラは今夜の為に、いつも以上に、気合を入れて、着飾った。
大胆に胸元を開け、自分の大きな胸を強調し、髪もアップにして、体の線が際立つ薄い布地のドレスを着た。
「どう、大?」
大は、運転してきた車のハンドルを握ったまま、チラリとレイラを見ると、一瞬目を大きく開けて、少し顔を赤くした。
「まっ、かなり大胆だと思うけど、レイラにはよく似合っているよ。」
大はレイラにそう言ってくれた。
レイラは、嬉しそうに微笑んだ。
『よかった。恥ずかしい思いをしながらも、このドレスを着て来て。』
ただし、レイラが喜んでいられたのも、慰労会の会場で、大がライダー整備士に会うまでだった。
慰労会場は、例のごとく、試合会場の屋根を閉めた状態の建屋で行われた。
出席者は、相手チームとその関係者、この近辺の著名な人物と地元のライダーの選手たちで行われた。
この時は市長が長々としたあいさつをして、始まった。
大はレイラをエスコートしながら、敵チームの凄腕の整備士を捜した。
だが、なかなか見つけられなかった。
その時、ふと気づくと会場の大とレイラがいる反対側がざわざわと騒がしくなっていた。
二人とも、気になったので、そちらに向かうことにした。
行って見ると、話題の中心には、今日の対戦相手である敵チームの女性ライダーと彼女をエスコートしているやたら美形の人物が場の中心にいた。
大は凄腕整備士のことを聞くために、その二人に近づいた。
近づいて見ると、女性はピッタリフィットした黒いドレスに身を包み、赤毛をきれいに耳元のバレッタで止めていた。
そして、その彼女のパートナーは、ただ普通に黒の上下スーツを着ているだけだった。
でも、その容姿がすこぶる普通じゃなかった。
黒い髪が額に艶やかにこぼれ、顔は十人の人間がそこを通れば、その十人が全員振り向くほどの美麗な顔が、そこにあった。
一瞬、女性なのかとレイラが思うほど、美しい容姿だが、開いたシャッツから見える胸元は、彼が男性なんだと、いやおうもなく見せつけていた。
「すごいな。あれで男かよ。俺、一瞬ドキリとしちゃたぜ。」
彼らの傍にいた若い男性が、そう囁いているのが、レイラの耳に入った。
ふと隣の大を見ると、彼はその男性をすごい目でにらんだ後、敵チームの女性ライダーに挨拶する為に近づいた。
「今日は、どうも。俺、大って言います。」
大は手を差し出した。
「初めまして、ノリンです。」
ノリンは大に右手を差し出した。
次にレイラに手を差し出して、挨拶されたので、彼女も名乗った。
「レイラです。初めまして。」
レイラは、ノリンに握手した後、慣習に乗っ取って、ノリンのパートナーに、手を差し出した。
「初めまして、弘明です。」
弘明は、見た目に反して、流石男性だ。
固い節くれだった、がっしりした手をしていた。
その手を見た途端、大は大きく目を見開くと、彼と握手をする為、手を差し出した。
「初めまして、弘明。俺は大って言います。勘違いだったら、ごめん。もしかして、君が今日のライダーを整備した整備士じゃないか?」
彼は少し目を瞠ると、にっこりと女神も裸足で逃げ出すような、笑みを浮かべた。
「握手で見破られたのは、初めてだよ。弘明っていいます。よろしく。」
そのライダーを整備した整備士は、弘明という人物だった。