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帰還

「ありゃ……?」


 視界いっぱいに光が満ちる。眩しい。


 いきなりの光に思考が定まらないが、ただ一つわかることがある。自分が生きているということだ。


「うん? おおっ! 目を覚ましおったかっ!」


 聞き覚えのある声が光の中から聞こえてくる。


 その声の主は――


「師匠! 師匠ですか!」


 驚きの声が出る。だってここに師匠がいるはずなんてないのに。


 視界はまだ光でぼやけているが、師匠の声を聞くと安心する。


「そう騒ぐな。今はまだ身体を休めておけ」


「休めておけって言われても、こんな道端じゃ……」


 そこで私の上に乗っている僅かな重みに今頃になって気がつく。これは布団だ。いくら、視界が定まらないと言ってもそれぐらはわかる。これは間違いなく布団だ。それもいつも私が使ってるやつだ。ってことはここは――


「そうだ。お主が思っている通り、ここは妾の家じゃ」


 心を見透かしたように師匠が答える。


やはりそうだったか。


 それじゃあ、深きものに支配された街で聞こえてきた笑い声って……


「あの笑い声って師匠だったのですか?」


「うむ」


「それじゃあ、もしかして私の修業を見ていたのですか」


「当たり前じゃろう。可愛い弟子が命がけの修業をしているのじゃ、見ていないわけにはいかんじゃろう」


 かかっと笑いながら答えるが、どうも嘘臭い。どうせ、トラペゾヘドロンにどのような変化が起きるか見ていたのだろう。


「まあ、それもあるがのう」


 またも心を見透かされている。


「それで修行の成果はどうじゃったかのう?」


 どうって言われても…… 


 戦いの記憶が蘇る。


 あの集団戦法は驚異の一言だった。一匹一匹はそこまで驚異ではないが、

あれほどの数が集まってくると数の暴力で圧倒されてしまう。


「師匠から教わった対人用の戦い方は最初は通用してましたが、数は集まっ

てくると全くダメでした……」


「うむ、奴らは人から変わったとはいえ、その本質は邪神の眷属たちの血に支配された者じゃ、対人用の戦い方では限度があるじゃろう」


 師匠の言う通りだ。数が集まった奴らはまるで一つの怪物のようだった。


「奴らは自分の命なんか物ともせず、私を殺しにかかってきました」


「それもそうじゃろう。お主は奴らどころか奴らの崇める神にまで啖呵を切ったのじゃからのう。それにしてもずいぶんと強気に出たよのう。お前たちの神はいずれ滅ぶことになるだったかのう?」


 セリフの最後は私の口調をマネたものだった。私が戦っている間、どうせ見つからないように隠れて見ていたのだろう。口調も私にそっくりだ。


 そして、私自身もその時のことを思い出して、なんだか顔が熱くなっていくのがわかる。きっと、頬から耳まで真っ赤にしているはず。う~ん、恥ずかしい……


「なに、恥ずかしがらんでもよい。お主も自分の力が通用して舞い上がっていたのじゃろう?」


「……はい」


 完全に見透かされている。


「……しかし、数が集まってくると、途端に劣勢に追い込まれました。遅いとはいえ、集団で攻撃されると対処が難しかったです」


 あれほどの数が相手だ、きっと、自衛隊の人々もあれでやられたんだろうなと思う。いくら銃器があったとしても狙いが定まりにくいし、一匹二匹、大げさに言うなら十匹一度に倒しても、控えている数匹が命を取りに来る。数こそ奴らの最大の武器である。


「集団戦の脅威、とくと味わったようじゃな」


「はい…… それで一度は倒れて――」


 倒れて……? 疑問が浮かぶ。私はあの時、ただたんに倒れただけなのか? いや、それはおかしい。冷静に考えてみれば、あの時の私は倒れたのではなく、死んだのではないだろうか…… 


 死と言う不吉な言葉が私を縛るが、問に師匠が答えてくれた。


「否、お主は死んではおらんかったぞ」


「――っえ? 本当ですか?」


「もちろんじゃとも。足を見てみろ。しっかりとついておるじゃろ。よく言

うではないか。幽霊には足はないと。じゃが、お主には足がついておる。じゃから、お主は幽霊ではない。それ即ち死んではおらんというこじゃ」


「でも、本で読んだことありますよ。足がある幽霊もいるって」


 私の言葉に師匠は眉を寄せて、


「いちいち煩いやつじゃのう…… それはそれ、これはこれ。お主は死んでいないでよかろうぞ」


 そんなんでいいのかなぁ……


 ……うん、そうだな。死んでいないのならそれに越したことはない。現に私は生きているのだから。


 徐々に視界が戻ってきた。確かに見覚えのある部屋だ。そう、私の部屋。乱雑に棚に入れられた本の数々、床を占領する棚に入らなかった本と申し訳程度のトレーニング器具。年頃の乙女なら壁にポスターが張ってあるだろうが終末感漂う世界だ、そんなものはない。代わりに古の言語を覚えるために作った表が張ってあるが、難しすぎて覚えるのをやめてしまった。


 年頃の乙女!


 そうだ、私の腕!


 なんで忘れていたんだろう。


慌てて腕を確かめるが――


「――……えっ?」


 私の視界には驚くべき光景が映り込んだ。あれほど禍々しく、そして圧倒的な強さを私にもたらした異形の左腕がなんと、


「戻ってる……? な、なんで?」


 そう、戻っているのだ。いつもの年頃の乙女の腕に。


「ああ、それか?」


 驚きの中にいる私に師匠が声をかける。


「お前が気を失ったら、その腕は元に戻ったぞ。どうやら変化は一時的なものらしいのじゃな」


「そうだったんですか」


 ひとまずは安心だ。これから一生あの腕で過ごせとか言われたら、日常生活がとても不便になってしまう。それに爆発する刃がついている腕なんて怖すぎる。


「それにしても今回の修業はなかなか得るものがあったようじゃのう」


「ええ、自分の力量もなんとなくわかりましたし、邪悪な奴らの力も恐ろしさもわかりました」


「どうじゃ、死ぬ寸前まで追い詰められても、まだ邪神を倒そうと思うか?」


 師匠の表情が真剣になる。


 今回奴らに勝てたのも偶然と言えば偶然だ。あの左腕の変化がなければ確実に殺されていただろう。


 このまま次の修業をしたとして、またあの変化が起きるかどうかはわからない。何か条件があるはずだが、偶然にもまたその条件を達成させて変化させられるのか……


 あっさりと殺されてしまうことだってありえる。今回の深きものどもは邪神の眷属の中でも最も弱い。それに苦戦しているならば、次から難度の上がる相手に苦戦は必至である。今のままでは邪神と戦う前に命を落とす可能性の方が遥かに高い。


 でも――


「はい、私は戦います。――いえ、倒します」


 それでも私の決意は変わらなかった。


 私はこの終わりに近づく世界で自分にできることがしたいのだ。変人な師匠の下へと辿りついて戦う術を教わったのだから、それを使って世界を救ってみたい。


「まあ、お主のことじゃ、そういうと思っていたぞ。じゃが、命の保証はできんぞ」


 もとよりそれは承知の上だ。


「もちろんです」


「うむ、ならば次の相手を考えることにするかのう。っと、そうじゃった。お主の腕のことじゃがな。まだ自力で変化させられないじゃろう?」


 私は頷く。


左腕を前に突き出して力を込めるが、何も変かは起きない。いつもの乙女の腕のままである。


「やはりのう…… あの変化はお主の力にトラペゾヘドロンが反応したのではない。お主の命の危機に反応したのじゃ。戦っている最中、お主の考えとは別に動いておったじゃろう?」


 言われてみれば確かにそうだ。特にそれが顕著だったのは深きものどもに対して腕から生えている刃を引き抜いて投げつけたときだ。自分でも異常な行為とわかっていたのに、それを自分自身で止めることができなかった。


「それじゃあ、あのとき私の意思で戦っていたように思えましたが、実はそうではなかったってことですか?」


「最初はお主の意思じゃったろうが、次第にお主とトラペゾヘドロンの意思とでも言えばいいのかのう。それが入れ替わっていたと言ってもよいじゃろう。言わば暴走じゃな」


「暴走……」


 あの力は暴走だったのか……


「そう落ち込むこともないぞ? 暴走とは言え、ほんの一時じゃがその力を使うことができたのじゃ。しっかりと鍛えれば、いつしか完全に使いこなせるときが来よう」


「本当ですか!」


 あの力を自在に使いこなせる! そうすれば、百人力どころの話ではない。


「じゃがな、命の危機に反応するとは言ったが、あまり過信するでないぞ。むしろ、命の危機に陥らないようにするのじゃ。今回は偶々トラペゾヘドロ

ンが発動したが、次はそうなるとは限らん。まずはしっかりと力をつけていくのじゃ。さすれば、使いこなせる領域へと進むことができるのじゃ」


 トラペゾヘドロンを使いこなす……か。私にできるのだろうか。あの力は並みの怪物では相手にならないが、自分が使われてしまったらそれは怪物と同じ。強くならなければ意味がない。


 でも、そんなすごい代物を師匠はどこで?


 そもそもトラペゾヘドロンって一体?


「師匠、トラペゾヘドロンってなんなのですか? これほどまでに強い力があるのにそれを使おうって思わなかったんですか?」


 いくら師匠がめんどくさがりと言えど、なぜトラペゾヘドロンを使わなかったのか。


「うむ…… 知りたいか?」


「はいっ!」


 ぜひ知りたかった。トラペゾヘドロンの秘密を。


「では話してやるかのう」


 そうして師匠はトラペゾヘドロンについて話始めたのだった。



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