現れる混沌
「ここが最前線か……」
その光景は言葉にできないほどだ。深きものもバイアクヘーも人も入り乱れての大乱戦。誰かが誰かを殺した瞬間には別の誰かに殺されている。爪が、衝撃が、銃弾が、乱れ飛ぶ。もはや、どこの陣営が勝っているのかなんてわからない。
さっきまで私が戦っていた場所や伊藤さんがいた場所とはまるで違う。
人の死には慣れているが、この光景はなかなか堪えるものがある。私は平和のために戦っているのに、その過程で人が死んでいくなんて……
割り切るしかないのはわかっているが、それなら早くこの戦いを終わらせなければ。
「お、おい! あんたが俺たちに強力している魔術師ってやつか!?」
レジスタンスの人が駆け寄ってくる。衣服には人や怪物たちの血がこびり付いて元の色がわからなくなっている。
「はい! そうです! 戦況はどうなっているんですか?」
「見てのとおりだ! 誰もこの状況をわかるやつなんていやしない。いや、俺にはレジスタンスが押されているようにも見える。切り札の旧神の印は全て効力を失っちまった。しかも、敵には上位の深きものやバイアクヘーの存在も報告されている。はっきり言って、今回の作戦は失敗だ……」
「そんな……」
このまま戦いが拡大していけば、人々が暮らす場所さえも巻き込まれてしまう。どうにかしなければ!
「俺は、一度態勢を立て直すために仲間を纏めようと思う。あんたには悪いがそれまでの時間稼ぎを頼みたい。戦闘を続けるにしろ、逃げるにしろ、このままではどっちもできない。だから、派手に頼む!」
「派手に……、派手にやればいいんですね! わかりました。精一杯派手にやらさせてもらいます!」
「頼んだぞ!」
派手にか……
この戦場で派手に時間稼ぎすればいいのか。
「それなら、やっぱあれしかないよね!」
継戦能力のことを考えるなら、今のままの方がいいが、それだといつまで戦ってもこの状況は打開できない。
「ふぅ……ッ」
呼吸を整える。
余計な考えや感情は一度消す。今は集中しろ。
意識をトラペゾヘドロンへと接続する。
接続――完了。
私の戦うための姿を、戦闘形態を創造する。
頭に浮かぶ言葉。
禁忌の言葉。
第三の眼が開く。
私はその言葉を叫ぶ!
「我は無貌の断片にして世界を見初める眼。
世界を観賞し、
嘲笑し、
新たな世界を創造する。
我が声は嘲りの混沌。
紡ぎにより世界を書き換える。
――我は邪神を屠る眼光
――アルクナイアーシュラッ!」
私を中心にして風が巻き上がる。風はやがて嵐になり周りのもの全てを吹き飛ばす。戦場に出現した嵐には誰も干渉はできない。その絶対的安全地帯となった中心部で、私は生まれ変わる。私の想像した姿へと。
そして――
「破アアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァッ!!」
干渉不可能の防壁と化した嵐を蹴破って、そのまま戦場を駆け抜ける。
光速にこそ達していないが、それでも今の私の速度はどれほどのものか自分でもわからない。低空飛行で首切りの刃と化した翼は人以外で地上に立っている異形どもの首を跳ね飛ばしていく。
風は、大気は私のものだ。
アリスとわかれてから、私も暴走を危惧して、修行をトラペゾヘドロンの制御へと移行した。そうして、ある程度の自制方法と新たに風を操る力を取得したのだ。
「お前ら全部叩き落としてやる!」
大地の敵を一掃したら今度は空の敵だ。
何匹ものバイアクヘーが空を縦横無尽に飛び回っているが、そんなこと好きにはさせない。
「空はお前たちのものではない。ここからは空は私のものだ」
私は身体から魔力を発して大気に混ぜる。こうすることで風は魔力を帯びて私の武器となる。通常の私の魔力ならこんなことできても、身体から二メートルぐらいが限度だが、トラペゾヘドロンの力を使えば、二百メートルぐらいは私の支配下となる。しかし、これでも範囲としてはまだまだ小さい。もっと、この力には訓練が必要と言うことだ。
「さあ、まずは空を返してもらおうか!」
言葉と共に突風を起こす。しかも、ただの突風ではない。真上から叩きつけるように起こる風――ダウンバーストだ。このダウンバーストを広範囲に亘って発生させることによて空を覆い尽くしていたバイアクヘーが大量に地面へと落下する。果実を叩きつけたように汚らしい血が飛び散り、いくつもの屍の山を築いていく。この光景もまた地獄絵図だ。
だが、これでいい。
私の役割は派手に暴れまわること。これでレジスタンスの態勢が整えるのを援護する。
「もっと凄いのいくぞ」
今度は掌に魔力を集中し、それを螺旋状にして空へと撃ちだす。掌から解放された魔力は螺旋状を維持しながら空へと昇っていく。魔力を帯びた風は螺旋状となることで切れ味を手に入れた。
「薙ぐぞ」
解放し続けている螺旋状の魔力で空を一刀両断する。空に僅かに残っていたバイアクヘーも全てが切り裂かれていく。
ぽっかりと空に穴が開いたような感じだ。
切り刻まれたバイアクヘーの肉片が大地に降り注いだ。自分でもけっこう残酷な攻撃方法と思うが、派手さと敵の戦意を損失させるには十分な攻撃だと思う。
それに効果はすぐに表れた。
「フィィィィィィイイイイイッイイイイイッィィィィィィッ」
奇怪な鳴き声を上げて、バイアクヘーが撤退を始めたのだ。未だ他の場所では攻防が繰り広げられているが、ここの空は明るい。それに穴はどんどんと拡大していくようにバイアクヘーの撤退は続いていく。
「これでレジスタンスの人たちが態勢を立て直す時間が稼げたはず」
まだ他の場所では戦いが続いているはずだが、最前線で敵を押し返すことができたのだから、戦局は一気にレジスタンスに傾くはず。
「これなら――ひゃんッ!?」
なんだ!?
何かに足を捕られた!
「こ、これは……草? な、なんで? ――はッ!?」
もっと早く気がつくべきだった。気がついたときには既に遅く私は囲まれていた。蠢く森に。
「これは――」
そう、話だけで聞いていた。私と同じくトラペゾヘドロンの力を持つ者――
「浸食森林アフトゥ……」
ついに私の前にトラペゾヘドロンを持つ者が現れたのだ。