アリス・キルリア
止まっていた時間が徐々に動き出した。私の中の時間が周囲の時間と同じになり始めたのだ。
「すごい威力の技ね」
謎の少女が歩み寄ってくる。
「あ、……うん」
「そう警戒しなくてもいいわ。少なくとも今はね」
私が警戒しているのはどうやらお見通しらしい。
「さて、自己紹介が遅れたわね。私の名前は――」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待って! 自己紹介って!」
彼女は何を言っているんだ!
「え? 何を慌てているの?」
不思議そうな顔をする。
「だって、あそこまで力を持っているってことはあなたも魔術師ってことな
んでしょ!?」
「……魔術師か。一般的にならそう言うのかもしれないわね。さて、私の名
前だけど――」
「だから、待ってってば!?」
「……あなたは何を慌てているの?」
やや怪訝な顔で私を見つめる少女。私だって好きで自己紹介を邪魔しているわけではないんだけど、
「いや……、ほら、魔術師って自分の名前は相手に教えないものでしょ?」
師匠に拾ってもらったときに最初に教えられたことがある。それは自分の名前を決して他人には教えないことだ。名前とは存在を存在たらしめるものであるらしいが、私は難しいことはよくわからない。唯一、理解できたのは魔術師の名前が相手に知られてしまったら、思うがままに操ることができるとらしいとのことだけだった。
だけど、師匠からはきつく名前を教えるなと言われた。だから、師匠は私の名前を知らないし、私も師匠の名前は知らない。
と、言っても師匠の場合は偽名などたくさん持っているようなので、例え名前の一つを知られても特に影響はないらしいが。
「名前を教えない? ……そうなの? 初めて知ったわ」
謎の少女のつり目がやや大きく開かれる。
やっぱり、美人だ。
って、そんなこと考えている場合じゃない。
「そうなのって……、師匠や先生みたいな人に教えてもらってないの?」
互いに疑問と驚きの応酬だ。
「そんな人はいないわ。――ところでなぜ名前を教えちゃいけないの?」
「うーん、私も師匠に教えてもらったけど詳しいことはよくわからない。でも、いつもはいい加減な師匠もこのことだけは真剣に話してたんだ。決して名前は教えるな。教えたら自分の存在を相手の好きなように操られてしまうとかなんとか」
「そうなの……」
謎の少女は少し目を瞑る。どうやら、何か考えているようだが、
「そのことは大丈夫よ」
と、言った。
「大丈夫?」
ちょっと信じられない言葉だった。
だって、私の師匠でさえ名前を隠すために様々な偽名を持って、さらに偽名でも滅多に人に教えないものなのに。
「私にはヴォルヴァドスの加護があるから。例え相手が魔女だったとしても、どんな魔術を使おうが私を倒すことはできないわ」
「ヴォルヴァドスの加護?」
そういえば、さっきも戦っているときに、
『ヴォルヴァドス解放っ! くらいなさいっ、CCDエクスターミネイトっ!!』
って、言っていた。
でも、ヴォルヴァドスって?
「ヴォルヴァドスって言うのは旧支配者たちよりも強大な力を持つ旧神と呼ばれる存在の一柱のことよ」
私の疑問を感じ取ったのか謎の少女は話してくれた。
「その中でもヴォルヴァドスは人類に友好的で、なんども歴史の中で人類を助けてきたの。でも、長い戦いの末に、人類に邪神と呼ばれている存在――旧支配者たちの力も強まったことによって劣勢に追い込まれて今では人類の力を借りなければ戦うことができないほどになってしまったの」
そういうことか。魔術師が相手に名前を教えてはいけないが、彼女は例外だ。弱まっているとはいえ邪神に近い力を持つ神に加護を受けているのならば、魔女が相手でも後れを取ることは決してないだろう。
「だから、私は名前を知られても平気なのよ」
はっきり言って、彼女の語ることはトラペゾヘドロンの力を持っている私にでさえ荒唐無稽として思えない内容だった。だが、彼女の先ほどの力を見ればそれが嘘ではないことぐらいわかる。
そして、彼女がその身に宿している力は相当なものだ。視ることに特化している私でさえ視ることができなかった不可視の敵を捉えて、圧倒的な力で撃破した。これだけでも私よりも遥かに強いことが窺える。
「長くなってしまったけど、ようやく自己紹介ができるわね。――私の名前はアリス・キルリア。目的は地球を汚す全ての邪神と言われる存在を滅ぼすこと――邪神殲滅よ」
アリス・キルリア。それが彼女の名前。私が初めて知った魔術師の名前だった。




