変化
「トラペゾ……ヘドロン? 変わった名前ですね」
名前は変わっていたが、見た目は赤い線が入った黒い宝石みたい。
「これがお主を助けてくれるじゃろ」
「これが私の手助けに……」
言葉では言ってみたものの、まだ私は半信半疑よりもやや疑に近かった。本当にこの宝石が私の助けになってくれるのだろうか。そんなことが頭の中で渦巻いていた。
「どれ、お主、掌を出してみろ」
師匠は私にトラペゾヘドロンを突き出した。
私は受け取るように手を出すと、
「ひゃあ!? な、何これ!」
思わず声が出てしまった。いや、きっとこんなことが起きたら誰だって声を上げてしまうはずだ。
なにしろ、トラペゾヘドロンが私の掌に沈みはじめたのだ。
な、なにこれ! き、気持ち悪!
掌に沈んでいくのに全く血が流れていない。それなのに、沈み込むという感触は確かにある。宝石だから鉱物であるはずなのに、まるで昆虫が潜り込んでいくような、そんな感触が私を襲う。
「し、師匠! なんなんですか、これぇ!」
私の様子を見て師匠はかっかっかっかと笑う。
「だから言ったじゃろう。お主を助けてくれるものだと」
「すでに私ピンチみたいなんですけど! ってか、この感触なんとかならな
いんですか! すごく不快というか悍ましいというか、とにかく気持ち悪いんです!」
「なあに、すぐに慣れる。それに次なる変化がお主に起きるぞ」
「つ、次なる変化?」
今でも十分嫌なのに、まだ、何か起きるって言うの?
「あ、熱っ……」
確かに師匠の言う通り次なる変化が私を襲った。熱い、熱いのだ。身体が燃えるように熱い。全身が火達磨のようだ。外からではない。身体の中が熱いのだ。
「ほほう、始まったか」
揺らぐ視界の中で師匠が微笑む。一言もんくを言ってやりたかったが、そんなことを言う気力は残されていなかった。
「い、痛っ、痛いです……師匠…… 眼が……眼が痛いです……」
眼に激痛が走る。それも表面ではない。眼球まるまる一個に激痛が走っているのだ。眼が一個の炎の塊になっている感覚だ。
「う、うっうわぁぁぁっぁぁぁぁ――――」
部屋の中に叫び声が響く。もちろん、私の叫び声だ。私は、普通ならこんな叫び声なんて上げないのだが、今は普通な状態ではないので、恥を捨てて叫び声を上げた。もう、我慢なんて言ってられない。
どれぐらい叫び小声を上げていたのか自分でもわからない。
気がついたら、私は床に倒れていて、その様子を師匠が見下ろしていた。
「む? 気がついたか!」
なんだか師匠が嬉しそうだ。そうだ、きっと師匠は私の身を案じていてく
れたに違いない。なんと、優しい師匠だろうか。
「大丈夫か? ずいぶんと長く叫んでいたが……」
まだ頭がふらふらするが、
「なんとか……大丈夫です」
もんくを言ってやりたいが、師匠が私の身をここまで案じてくれたことは
今までなかったので、素直に師匠に感謝した。
それにしても、師匠の表情がどこかぎこちないように思える。まるで笑いを我慢しているような……
そこで私の身に今度は悪寒が走る。
師匠が笑いを我慢しているということは私に何か変化が起きているということだ。
私は急いで立ち上がると、身体の隅々を確認した。手、足、胴体を。背中も忘れずに。
「……っほ」
だが、私の心配とは裏腹に身体に変化は起きてなった。心配しすぎたかと思っていると、
「どうした? どこか痛いのか」
と、師匠が声をかけてくる。
「あ、いえ……」
師匠の笑いを我慢してる表情が怪しくて身体をチェックしてましたなんて言えないな。
「トラペゾヘドロンを体内に入れたから身体が疲れているんじゃなにのか?」
そう言われて、身体がなんとなく怠いことに気がつく。考えてみれば無理
もない。普通ではありえない体験をしたのだから。それにしても、あれってどういう意味があったんだろう……
そんなことを考えならが眼を手で擦ったときに、
コツっ――
何かに手が当たった。
「えっ?」
何? 何、この硬い何かに当たった感触は……?
何か眼についている?
「くっくっく、ほれ、この鏡を見てみい」
師匠はどこからともなく鏡を取り出すと私に見せてくれた。
鏡の中には普段通りの私が映っている。いや! 普通ではない! ある一点が普通じゃない!
左目だ。左目とその周辺に変なものがついている。石……? 私の左目およびその周りを黒い石がまるで仮面のように覆っている。
「な、な、なんじゃあ、こりゃ!」
師匠が笑う。
「だから言ったじゃろう、トラペゾヘドロンじゃと」
あれ? そのセリフさっきも聞いたような……




