剽窃の眼
そろそろ、主人公と師匠以外の人間キャラを出さないと会話が全然続きませんね……
叫ぶ私の声が左目のトラペゾヘドロンを起動させる。
左目だけ視える世界が変わり、無人島からあの宇宙の深淵に存在する混沌へと景色が変化する。
そこには私がいる。
いや、私の顔をしたあの者がいる。
あの者が私であり、トラペゾヘドロンと言うのなら、あの時言ったプレゼントこそが、私が強くなって、使えるようになったトラペゾヘドロンの力
――その断片!
頭の中に言葉が浮かび上がる。
それは私のこれまでの人生の中で一度も聞いたことも口にしたこともない言葉。
禁忌の言葉。
私はその言葉を紡ぐ。
「我は無貌の断片にして世界を見初める眼。
世界を観賞し、
嘲笑し、
新たな世界を創造する。
我が声は嘲りの混沌。
紡ぎにより世界を書き換える。
――我は邪神を屠る眼光
――アルクナイアーシュラッ!」
非日常が日常となった狂気の世界でさえ、生ぬるいと言えるほどの狂気が私を包む。狂気は凶器となって、私と言う存在に武装され、新しい私へと組みかえれていく。
私が想像したのはどんなものでも盗み取る眼。
一目視ただけで相手の力を剽窃する能力。
それが千の無貌の一部を私の中に顕現させた『アルクナイアーシュラ』だ!
「ほほー、それがお主のトラペゾヘドロンの力の一端か」
師匠も感嘆の声を漏らす。
それもそうだろう。今の私は先ほどまでの私とは力も姿そのものも大きく
変わっているのだから。
額には紅く燃えるような第三の眼を模したバイザーが装着されている。このバイザーが現れてから私の視る世界は通常と変わった。右目が通常の世界を見つめ、左目が動力炉となり力を全身に流し、第三の眼となったバイザーで周囲を見つめるのと同時に相手を解析してくれる。
そして、第三の眼は解析した相手と同じ能力を私自身へ付加することができる。
なぜかわからないが、第三の眼、及び今の私の状態である『アルクナイアーシュラ』の使い方が頭に流れ込んできている。どこから流れ込んでくるのかは、きっとトラペゾヘドロンからだろう。
だが、『アルクナイアーシュラ』の力はこれだけではない。
変化は第三の眼だけではない。私の全身が変化しているのだ。
背中にはバイアクヘーよりも小型だが、私の体格にちょうど合う翼が現れ、腕にはバイアクヘーの腕を模した長めの爪のついた手甲が鈍い輝きを放ってその存在を私に知らしめている。
軽く翼を動かしてみると、私の思うように羽ばたいた。まるで昔から私の背中に備わっていたように。
そう、これが『アルクナイアーシュラ』、剽窃の力だ。
私の変化に驚いているのは師匠だけではなかった。
「ピィィイイイイイィイイッ!?」
バイアクヘーたちが慌てているのがわかる。
奴らと同じ領域に入ったせいなのか、奴らの感情が理解できる。
敵対する私への憎悪こそあるが、感情の大部分を支配しているのは恐れだ。
どんなに私へ敵意を向けた咆哮を上げても、私にはそれが恐怖からくるものでしかないことがわかる。
奴らは未だかつてない恐怖を私に、私の眼に感じているのだ。
「まるで……私じゃないみたい。――ううん、これも私が望んだ私の姿」
力が無限に湧き上がってくるようだ。今なら、あの蒼穹を超えて、成層圏をぶち破って星の海まで飛ぶことだってできそうだ。
いや、これは例えなんかじゃない。私は星の海まで飛ぶことができる!
「ずいぶんと待たせたようだな、バイアクヘー。お前たちのおかげで精神的に色々と回り道をしたが、それも終わりだ。今からお前たちは私の修業相手となってもらう」
私は腰を落として構える。背中の翼は飛び立つのを今か今かと待ち望んでいるが伝わってくる。もう少し待て、その一瞬が来るまで。
「行くぞ、バイアクヘー!」
片足に力を込めて地面を蹴る。いつもジャンプをするときにやる自然な動作だ。だが、今ばかりは違う。私の足は再び地につくことはない。身体は背中の翼によって持ち上げられて、空へと昇る。
そう、私は空を飛んだのだ。
私の身体は重力を感じさせないほどに自由に空を動けた。実際には軽く下へと引っ張られる感じはしたが、それでも背中の翼を強く羽ばたかせれば、重力を吹っ切るようだった。
「すごい! 私、本当に空を飛んでる!」
思わず子供らしい感想が出た。
ちょっと恥ずかしい気持ちもしたが、それ以上にまさか私が空を飛べるなんて先ほどまで考えたこともなかった。
「キィィィッィイイイイ!」
眼前に三匹のバイアクヘーを捉える。顔つき、体つき、どこを取っても鏡に映したようにそっくりである。
最初に一匹が上昇して残り二匹が私へと急接近を始める。不快でやかましい鳴き声で私を威嚇するが、これはおそらく搖動――本命は上昇した一匹だ。
案の定、先に上昇した一匹が私めがけて急速降下を始めた。その速度は修業開始時に師匠に突っ込んだ奴と勝るとも劣らないほどの速さだったが、今の私の眼には驚異と映らなかった。
トラペゾヘドロンによって発現した私の戦闘形態『アルクナイアーシュラ』によって、バイアクヘーの動きは完全に見切られている。速度、威力などが常にバイザーを通して、私へと情報が送られてくる。
仮にバイアクヘーが進路を変えて私を攻撃しようとしても、それさえも予測し回避できる。
しかし、その力を使うまでもなかった。バイアクヘーは進路を変えることなく、私へと突撃してきた。動きに迷いがないことから、進路を変えることはしないのは明白だった。
だから、避けるのも簡単だった。
減速も行わない突撃なら、身体をほんの少し反らすだけで十分。それにここは空中だ。地上よりも攻撃を当てるのは難しい。
「――よっと!」
「っ~~~~!?」
私に躱されたバイアクヘーは派手に地面へと突っ込んで行った。砂浜の砂を派手に巻き上げた姿は眼を使わなくてもどうなっているのか予測はできる。
仲間の攻撃が躱されたことで、私を鳴き声で威嚇していた二匹のバイアクヘーは集団へと戻る。もう一度、私を攻撃するために態勢を整える気だろう。
だが、そんな悠長なことはさせない。
奴らは私が『アルクナイアーシュラ』で自分たちの能力を写し取ったのを知らないのだ。だから、態勢を立て直すなんて行動をするのだ。
「その行動は悪手だっ!」
私は二匹が集団に戻るよりも速く動き、すれ違いざまに手甲に装着されている爪で二匹の首を切り落とす。
「ギシャァァアアア…………?」
奴らのなんとおかしいことか。自分の首が胴と離れているのにそのことに気がつくのが遅い。大方、私に一瞬で倒されることなんて予想していなかったのだろう。せいぜい、手痛い一撃程度にしか考えていなかったところか。
あっという間の出来事に他のバイアクヘー共は混乱している。
それも仕方ないことだ。
ほんの一瞬で二体も仲間を失うとは夢にも思わないはず。いや、奴らは夢など見ないか。
最初に私と戦い仲間を呼んだ奴を含めると残りのバイアクヘーの数は二十八匹。
――大丈夫だ、やれる!
これは虚勢ではない。
私の新たな力として覚醒したトラペゾヘドロンの前では物の数ではない。
奴らが行動を開始する。
いや、これはもう行動とすら言えない。
もう奴らには作戦や集団行動という考えはない。一匹、一匹が私を殺すために全力で突撃してくる。
その光景に自然と笑みが零れる。
「なんと……、なんとバカな連中だ。先ほど自分の仲間が取った行動の結末を知らないのか? あの哀れな姿を見ていないのか? それとも、もうそれを理解するだけの正気は残っていないのか? ――だがな、お前たちが正気を失うなんて許せないっ! お前たちは存在するだけで人々の正気を――命を奪っていく。そんな奴らが正気を失うなんて絶対に許せないっ! この一撃はお前たちが手にかけた人々の怒りの一撃と知れ!」
普段の私からは想像もできないような言葉が出る。それほどまでに私は怒りに満ちていた。
おかしい……
私はこんなことを言うような人間ではない。感情の高ぶりが原因なのか?
まあ、今は些細なことだ。
目の前に集中しろ。
怒りの言葉が紡がれると同時に私の身体の中で新たな変化が起こる。
怒りと共に私の中で巻き上がっているのは、
これは――
――風。そう、これは風だ。
風が私の中で巻き上がっている。
怒りの暴風とでも言えばいいのだろうか。暴風は私の身体の中を巡りに巡
り、身体の中に時空パターンを形成する。
「――時空パターン形成っ! 一撃必殺! 風神一閃――カイムッ、発動ッ!」
私の言葉と同時に世界が止まる。
いや、これは世界が止まったのではない。
私が超加速しているのだ。超加速して周りが止まったように見えているのだ。
人間には絶対にできない行動。トラペゾヘドロンが起こした奇跡。
奇跡は超加速だけではない。
私の身体はより敵を屠るために特化した姿へと再構成されていく。
翼はより鋭利になり、鉄鋼の爪はより伸びる。
もはや翠の矢となって、静止した空を裂く。
そして無防備となっているバイアクヘーたちの首を、翼を、腕を、胴体を、足を細切れにした。
これが風神一閃――カイム
トラペゾヘドロン――アルクナイアーシュラ――が私に可能とさせた絶技。
最後の一匹を細切れにした瞬間、私を包んでいた碧の輝きは消えて、超加速していた身体の速度は元に戻った。
「……っはあ、はあっ、だるい……」
疲れた。
とてつもない疲労感だ。
これは暴走状態の比ではない。
気を抜けばあっという間に意識が飛びそうだ。
「――っあ」
身体から力が完全に抜けた。心配している傍からこれだ。私の身体は重力
に引かれて地面へと引っ張られていく。
力を振り絞って翼を使い、重力に抵抗する。何度も羽ばたいて、ゆっくりと砂浜へと着地をする。
「お主、よくやったな」
師匠の声。
「あ、師匠……」
いつにも増して師匠は上機嫌である。
「三十もの敵を前にして、一瞬で勝負を決めることができるようになると
は、師匠冥利につきるものじゃ。それにこの修業はお主に莫大な経験値となったはずじゃ」
師匠の言う通りだ。
今回の修業で色々と得るものも学ぶことも多かった。
だけど――
「師匠……、話はとりあえず後にしてもらっていいですか……? 今回もかなり疲れて、もうヘトヘト…… そろそろ、意識がなくなりそうなので、ここらでちょっと寝ます……」
あー、もうダメだ…… 師匠の顔がだんだんとぼやけ始めている。
「おい待つのじゃ! ここで寝るな! 誰がお主を屋敷まで運ぶと思っているのじゃ!」
騒いでいる師匠の声も既に彼方から聞こえるものとなっている。夢魔が私を夢へと引っ張りこんでいるようだ。
「…………」
「寝るなっ~~!」
眠りに落ちる前に師匠の叫び声が聞こえた気がしたが、それは私を現実に繋ぎ留めることはできなかった。




