ウォーミングアップ
「よっ! ほっ! はっ!」
ここは家の庭である。もちろん、家の大きさに比例して庭の広さも広大で師匠が育てている珍しい草花があちこちに生えている。そして、私の修行場でもある。
「とうっ!」
やっぱり身体を動かしていると頭が冴えてくる。これから、命をかけた修行だというのにそれを忘れさせてくれる。
だが、肝心な対戦相手のことは忘れてはならない。
今回の相手は黄衣の王ハスターの眷属バイアクヘー。本来の奴が得意とするのは宇宙だが、今回は私の修業ということで地上で戦うことになる。
バイアクヘー最大の武器は何よりもその圧倒的な速さ。宇宙空間を光速で移動し、地上でも相当な速さを保つことができるとのことだ。
「ふーーっ」
蹴りや突きを放っていた身体を止めて静かに息を吐く。頭の中で架空のバイアクヘーを描き想像する。未だ本でしかその姿を見たことがないから、具体的な姿がわからない。姿がわからないのは置いておくとして、一番厄介なのは速さがわからないことだ。
どれくらいの速さなのか、それがわからないといまいちやり難い。そりゃあ、深きものどもじゃ比べるのもおこがましいが、かと言って私がまじかで見たことのある怪物は他にいない。
暴走した私ぐらいの速さかな?
比べるものがないので暴走した自分でだいたいの当たりをつける。もし予測通り、暴走した私と同じぐらいなら、今の私じゃ追いつくことは困難……
ってか、はっきり言えば不可能。あまり考えたくない。
速さで勝負するよりも、速さを見切ってのカウンターで戦ったほうが賢明な気がする。相手が速ければ速いほど、カウンターの威力も増す。問題はどう当てるかだ。
想像で生み出したバイアクヘーの軌道に合わせて拳の位置を微調整する。
そして、放つ。
当たった。
想像のバイアクヘーは砕け散る。
だが、あくまで私の想像が生み出したバイアクヘーだ。本物はこの程度じゃ砕け散りはしない。いや、攻撃そのものが当たっていないかもしれない。
「精が出るのお~」
「あっ、師匠!」
庭に突然、師匠が現れた。
「ビックリさせないでくださいよ」
「ほほ、すまん、すまん」
突然の出現は師匠の能力だ。前にも言ったが師匠はこの家が存在する境界線内部ならどこにでも自由に行き来できるのだ。便利な能力の反面、私はいちいち遠い洗面所などに歩いていかないとならないが……
「どうしたんですか? まだ時間なら少しあると思いますが?」
「なに、我が弟子がどのようにしているか見たくなってな。どうじゃ? 調子は?」
「うーん、調子ですか……」
問題なしって言いたいけど、それが嘘ってことは簡単にわかってしまう。ここは本当のことを言うか。
「バイアクヘーの速さの攻略がいまいちって感じです。速さで勝負するなら私は不利と見て間違いないですが、かと言ってそれに対する回答があるかって言うと……厳しいですね」
「確かにバイアクヘーの速さは驚異じゃな。だが、お主にはカウンターがあるじゃろ?」
カウンター攻撃は師匠が一番最初に私に教えてくれた技だ。ってか、それ以外には技らしい技は教わってはいない。魔術の基礎なんかも教えてくれたが、基礎以上のことも教えてはくれず、師匠曰く――
『技は盗め』
とのことだった。
盗めと言われて師匠が何かする度に穴が開くほど見つめたが、技を盗むなんてことは一度もできなかった。
「さっきからイメージのバイアクヘーにやってるんですけど、本物に通用するかどうか…… 攻撃の終着点は私だからどこに攻撃してくるのかって言うのはわかるんですが、攻撃を当てられるかが問題で……」
「アドバイスするなら、目で追うなってことじゃな」
目で追うな?
「師匠、それならどうやって攻撃を当てるのですか?」
「簡単なことじゃ、心の目で見るのじゃ。そうすれば、無駄な動き、フェイントなんかに騙されなくなる。他にも暗闇で戦うときにも重宝する」
簡単って言われても……
「土壇場でやり遂げろってことですか……」
「ま、そういうことじゃな」
得意気に師匠は言うが、それがどれだけ難しいかわかっているのか…… できたら苦労はしないです、師匠……
「どうした? そんな苦虫をすり潰したような顔をして? 乙女ならもっと明るい顔をしてみせよ」
私の視線に気がついた師匠はからかうように言う。
「そのアドバイス、ありがたく貰っておきます」
「うむ、弟子は素直が一番じゃ」
満足そうに頷くが、その弟子が命をかけて修業するのだから、もう少し具体的なアドバイスをしてもいいはずなのだが……
しかし、贅沢は言ってはいられない。
師匠が久々にアドバイスをくれたのだ、なんとかしてみせなければ。
「さて、そろそろ時間も頃合いじゃ。今からバイアクヘー召喚の準備を行うが、準備はいいのじゃな?」
「ここで呼び出すのですか?」
ここは境界線の内部だ。はたしてバイアクヘーは召喚できるのか?
「いや、どこか適当に広い場所に境界線を開いて、そこで戦ってもらう。屋敷に被害がでるのは困るのじゃ。どうせお主もまだまだこの屋敷で暮らすじゃろ?」
ニッと歯を見せて笑う師匠。それに対して、
「もちろんです!」
と、はっきりと答える。
「うむ、では境界線を開くぞ」
「はい! お願いします」
「ふっ、その意気やよし!」
もう、あれこれ考えても仕方ない。師匠がくれたアドバイスでなんとか乗り切ってやる。
私はこんなとこでは死んでなんていられない!