第一話 あの娘の今
朝の五時半ぐらい、まだちょっと暗いけど、行けなくはない。
私は、毎日の日課のジョギングに出かける。
別に部活をしているわけではない。
体を鍛える気持ちは……まぁあるけど、将来何かしたいわけでもない。
だから、朝走ることに意味はない。
しいて言うなら。そうしたいから、楽しいからかな。
走るコースは適当、ただし走る時間は変わらない、大体五十分から一時間、これだけは六年間変わらない。
準備体操が終わり、背伸びをする。
「んー。さて、行きますか」
風の吹くまま気の向くまま、私は走る。
なるべく走ったことがないコース。
何て思っていたら、殆ど行き尽くしてしまい。
気が向いたまま走る。
私は、空を見ながら走るのが好き。
だから時々転んだり、時間を忘れて走り続けるけどだから、腕時計のアラームをセットして、決めた時間以上走らないようにする。
さすがに、シャワーを浴びないで学校に行くのは嫌だから。
話は変わるが、この年齢になったからだろうか?最近妙に色々考えるようになった。
何がしたくて、どうしていきたいのか。
将来何をやっていたいのか何て全然想像できない。
大体今心がふらふら?ふわふわ?とりあえずしている私には難しい話だ。
今だって他の子は恋愛だの、遊びだの言ってるけど。
いまいち面白くない。
友達と遊ぶのは楽しいけど、たまにだから。
恋愛もというか以前告白してきたから付き合ったけど、メールとか常に一緒にいるのは、苦痛。
三日ももたなかった。
まだ高校二年生。皆に将来どうしたいか何て、こっちが聞きたいくらい。
それに私は、お姉ちゃんみたいに頭がよくないから、きっとまだ時間がかかる。
「ずっとこのままって訳には、いかないよね……」
表情に出るくらいに辛くなり、顔まで下を向く。
「!!」
頬を思いっきり叩き、気合いをいれる。
「ポジティブポジティブ!!」
空に向かって思いっきり叫ぶ。無理矢理でもいいから笑顔を作り走り出す。
きっとなんとかなる!元気が一番そう考えがまとまった時、丁度いいのかアラームが鳴る。
足を止め、アラームを消し。
「さて、帰りますか」
気がつけば辺りは、陽が照らし、明るくなっていた。
家に帰ると、走っていた時には気がつかなかったが。
いい感じに汗をかいていた。玄関を開けるとお母さんが朝食を作っているんだろう。
いい匂いが胃を刺激する。
「ただいまー」
ジャージを脱ぎながら、茶の間を覗く。
「あら、おかえり。出てくる頃にはできると思うから、ちゃっちゃとシャワー浴びてきちゃいなさい」
「はーい」
少女は浴室のドアを開け、お風呂に向かい、蛇口を回す。
お湯になるまで少し待ち、シャワーから出る水がお湯になったのを手で確認し、シャワーを浴びベトベトしていた汗を流す。
本当なら湯にも浸かりたいが。
そんな事をしていたら姉に起こられると思い、すぐに考えをやる。
「フッ……」
姉に怒られるのも悪くないと思い、一瞬顔が緩む。
けしてMというわけではない。好きな姉になら怒られてもいいという意味だ。
シャワーをこのくらいにして蛇口を閉める。
これ以上は本当に怒られてしまう。
風呂を出てバスタオルを手に取り、体を拭く。
ドライヤーで髪の毛を乾かし、制服に着替える。
「よし!」
浴室を出て、茶の間に向かうと。
「もう少し余裕をもって行動できないの?空」
すでにテーブルに座りご飯を半分まで食べ終えている姉、海音は優しく、しかし呆れ顔で言う。
「えへへ、でもお姉ちゃん。まだ家を出るには十五分くらい余裕があるよ」
冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出しながら空と言われた少女は席につく。
「それはここから全力疾走で尚且ノンストップで行けたらの話でしょ。皆がみんなあなたみたいに無尽蔵のスタミナを持っている訳じゃないのよ」
ため息をつき、朝から空との会話が疲れたようで姉海音は食事をすまし、食器を母のいる台所へと持っていく。
「ごちそうさま。行ってきます」
母に微笑み。海音は家を出る。
「はい 、いってらっしゃい」
母も見送りながら微笑み返す。
そして、目線を空ではなく、空の前に並べられた食事に向け。
「空も早くでないと。ていうかいつみてもよく朝からそんだけ食えるわね」
海音と違って空の朝からのメニューは、ご飯に味噌汁、焼き魚にベーコンエッグとサラダだった。
「ああ!お姉ちゃん待ってー!…?へ?」
椅子に座りながらY字バランスのようにして手を海音の方につきだし、待ってと言わんばかりにしているが。
既に海音は家の前を歩いていた。
「ヤッバ…」
空はご飯をかっこみ、味噌汁で流し込んで、次に焼き魚とベーコンエッグを麦茶で流し、最後にサラダをリスみたいに口に含みながら。
「ふぃつてきはーす!」
鞄を持ち、急いで玄関に向かいながら行ってきますと言いたいんだろうが。
何をいっているのかわからないまま家を出ていってしまう。
そんな空を見て呆れながらも、どこか笑っている母が。
「もう、いってらっしゃい」
と呟いた。一方急いでて行ったかいがあったのか空は姉海音に追い付くことができた。
「ふあ!ふぉねーじゃん!!」
何を言っているのかわからないが。
そんな何を言っているのかわからない事を言うのはここら辺では我妹しかいない。
そう思いながらも歩きながら振り替える。
そこにはまるでリスみたいに両頬を膨らませた空が走って来た。
「アナタ、よくそんな状態で走ってこられるわね」
「ふぁーね」
何やら自信ありげに回答したようだが相変わらず何を言っているのかわからない。
「さっきから何を言っているのかわからないから、さっさと飲み込みなさい」
海音にそう言われると急いで顎を動かし、口の中の物を飲み込む。
「……プハー。酷いよお姉ちゃん、待っててくれてもよかったのに」
空が少しすねたように海音に云うが、海音は表情を変えずに冷静に言い返す。
「貴女の足と強靭な胃袋なら余裕な距離でしょう。それに、私はどうせバスで行くんだから、一緒になんか登校しないんだし。待っていたってしょうがないでしょう」
なにも言い返すことができず、更にすねてしまう。というか、すねる以外の選択肢を潰されてしまう空。
「そりゃそうだけどさ」
寂しい、そう、きっと寂しい。小学校の頃からずっと一緒だったお姉ちゃん。でも来年にはもういない。
海音が社会人になるか大学に行くかわからないが。社会人になったらきっと今までみたいな関係でいられるだろうが。
接する機会は当たり前に減るだろう。
最近、自分でも気づいているが、すごく姉に甘えていた。海音はそれに気づいているのか?少し距離をおかれているように感じる。
(何か、皆歩いているのに、私だけ止まっているみたい)
止まりたい訳じゃない、なにかを目指さないで強制的に前に進むのが嫌なだけ。
だけど現実は私の意思なんか御構い無し、 もうバス停は目と鼻の先だった。
「じゃあ遅刻しないようにね」
海音は空を見もせずに、そう言いながら鞄から本を取りだし読み始める。
「…うん」
態度が冷たいから落ち込んだ返事をした訳じゃない。
いつもと同じ様に海音にこう言われて学校に行き、帰って寝る。それの始まりで、なにも出来ないのが悔しいというか、悲しかった。
そう思いつつ空は歩き始める。
そんな時だった。
「気を付けてね。空」
空はめを見開いて海音の方を向くが。表情一つ変えず本を読んでいたが。その少ない言葉に海音の思いが伝わった気がした。
若干恥ずかしかったのか?犬を追い払うように、左手をヒラヒラと払っていた。
さっさっと行けということなのだろう。
それがたまらなく嬉しくなって。
「行ってきまーす!!」
大声で返事を返しバスを待っている数人の目線を釘付けにし、走り出す。
辺りの人は海音に言ったのだろうと思い、自然に目線が集まり始めるが。
その時だけは、恥ずかしさはなく。本を読んだまま、小声で一言。
「バカ…」
そう笑って呟いた。
足が軽い、ウキウキが止まらない。
久しぶりに楽しい一日になりそう。
きっと今日は何かある!その何かがなんだかわからないけど。
どんどん景色が過ぎていく。タイムなんか計った事ないが。
今なら学校到着タイムを更新できそうな勢いだ。
走ったら汗をかくだの、今日までにやらなくちゃいけなかった宿題、まあこれはさっき思い出したが。
今の空はこの世の縛り、それらの鎖から全て解き放たれたような、不思議な感覚だった。
気がつけばそこはもう学校の校門が見えるところまで来ていた。
「ふー。あ!」
学校の入り口の方を見ると、そこには姉海音の姿があった。いつもなら海音の方が早く着いているため、普段ここで見かけることはない。
(相当早くついたんだなー。 やっぱり今日は調子いいや)
止めた足を再び動かし、海音に近づいていくが。
「空!」
後ろから自分の名を呼ばれ立ち止まる。
後ろを振り向くとそこには、同じクラスの友人、真依の姿があった。
「あ、真依」
空のとなりに来て、一緒に歩き始める。
「どうしたの?今日は早いんだね」
「うん、まあね」
正面を向き直り、入り口付近を見るが、そこに海音の姿はもうなかった。
ガッカリはしたが。教室でいつも会う真依に校門の前で会った。これもいつもと違うこと。
そう思い、笑顔で話始める。
「そうだ!真依聞いてよー今日めっちゃ体が軽くてね」
「へー何か良いことあった?」
二人で喋りながら歩き、下駄箱に着いて、上履きに履き替える。
空達の教室は2年生なので二階、学校は五階まであり、一年生は三階。
二年生は二階、三年生は一階と年をとるごとに教室に行くまでが楽になる。
教室に着くと空が皆に聞こえるように元気な挨拶をする。
「やあやあ皆のしゅー。おっはよー!」
それを聞いたクラスの男女は。
「おっはよー空」
「おはよー」
「空ちゃんおはよー」
男女関係なくクラスのほとんどが空に挨拶をする。
学校での空は、明るく、差別なくみんなと話、その日々の努力と恵まれた身体能力で部活の助っ人や、学校の運動記録をことごとく抜き、更新する空は同学年は勿論、上級生下級生からも好かれていた。
「おはよー空ちゃん。数学の宿題やった?」
空が席に座ると、すぐに数名が空の机を囲む。
「あ、やってなーい。ごめんよかったら見せてー!」
両手を合わせ拝むように皆に言うと。
「あはは!またー?空ちゃん」
皆が笑い始める。
それからは先生が来て、ホームルームが始まり、授業が始まる。
勉強はどっちかと言えば好きじゃない。
出来ないわけではない。
これでも全教科平均ぐらいはとれる。
英語以外は…。
将来やくにたつとか言われているけど。きっとそこまでは役に立たないと思うし。大学にいくにしろ、体育系の大学にしか興味がないから、きっとそこまで勉強は必要ないとか、勝手に思っている。
なんかさっきから愚痴みたいにいっているけど、この雰囲気は好き。
先生が書いているチョークの音と、皆がノートに書いているシャーペンの音。そして、外の空を見ると、まるで時間がズレているかのように動く雲。
今ここでクラシックなんかかけたら、間違いなく自分の世界には入れる。
だが残念なのが、私がクラシックを全く知らないことだ。
(いいねー。この時間)
そんな雰囲気に浸り、左手の手のひらに自分の顔をのせて、呑気に雲を見ていると。
「と言うわけだが。皆わかったか?…中里、 答えてみろ」
不意に指されて、とりあえず立ち上がり、何も考えずに出てきた言葉は。
「はい!?わかりません!」
「だろうな、雲は勉強を教えてくれんからな授業はちゃんと聞くように」
先生は若干怒りつつも、黒板に振り返り、授業を続ける。
「えへへへ…」
空も申し訳なく、苦笑いしながら席に座る。怒られるのはやっぱり嫌だ。
けど辺りに耳を済ませてみると、クスクスとクラスの皆が笑っていた。けしてバカにしている笑いではないことをわかっている空は、こんな時間もいいと思い。
つい、口が緩み、空も笑った。
空は部活に所属していない、しかし空の身体能力をかわれスポーツ系の部活からヘルプがかかる。勿論ヘルプなので大きい公式戦には出られないが。弱小の部からは練習試合だけでも勝ちたいということで、オファーがくるらしい。
何でこんな話をしたかと言うと。昼休みにはいる前の最後の授業が。空がもっとも輝ける授業、体育であるから。
チャイムが鳴って 授業が始まり。
本格的に体を動かす前に、一週参百メートルぐらいあるグラウンドを五週走るのが決まりである。
先生いわく、軽い準備体操と生活習慣病対策らしい。
皆がだいたい2、3週したところに1人走らずに準備体操をしている空がいた。屈伸を最後にして。
「よし!」
そう気合いをいれてようやく走り始める。
するとスタミナ配分を知っているのかと尋ねたいほどのスピードで走る。勿論、というか。空にそんな言葉は愚問だった。
逆にこの程度の運動は空にとって朝のジョギングとなんら変わりはないことだった。
結果、皆と然程かわりなく。五週を終え。授業にはいる。
今日やるのは男子がサッカーの女子がバレーであった。
空的にはサッカーの方が動けるのでそっちの方がよかったが。
「空!!」
ボーッとして呼ばれて気づく。相手コート内にボールはない、ならば自分のコート。見ると後ろにいた子が必死に飛び付いているが。あと少し足りていない。
「任して!」
空は勢いよく走りだし、ヘッドスライデイングしながら右手でボールを空中にあげる。
しかし問題は、まだ立てていない子にこのままだと勢いが強すぎてぶつかってしまう。
だが。空にはそれも計算のうちだった。
「よっと」
余裕のこもっている声で、左手を前にだし、その勢いを利用して自分の体を宙に押し出す。
見事に倒れている子の空中で一回転をし、着地を決める。
「んー。10点!」
確かに素晴らしい着地だが。問題は空がせっかく上げたボールを誰もが忘れ、空にみとれている。残念かな、せっかくそこまで魅せたのに、ボールが落下する先は。
「イッだ!?」
空の頭だった。
「ナイスヘディングだぞー中里」
どこかやる気の無さそうな声と表情の体育の女教師がそういうと、周りが笑い始める。
空も空気を読んで愛想笑いをするが。内心穏やかではなかった。空の良いところで、また悪いところが出始める。
「くっそー。次は負けないよー!」
声、表情 には出さなかったがオーラが違う。
明らかにさっきまでボーッとしていた空とは違かった。
その後は、空のチームが圧勝だった。
空の守るゾーン内に来た球は全部拾い、点が入らなかったのだ。
一点もはいらなかった訳ではないが、空以外の子が落とした点以外ははいらなかった。
授業が終わり、更衣室で着替えていると。
「また空のスポーツ本気モードが出たね」
後ろから軽くタックルされバランスを崩すもすぐに立て直し後ろを向くと、そこには親友真依とクラスメイト二人が立っていた。
「ねえー真依。スポーツ本気モードって?」
二人の内の1人が不思議そうに真依に尋ねた。
「そっか恵みは帰宅部だから見たことないんだっけ。では」
真依は二人の方に振り返り、両手を腰にあて胸を張り。とても偉そうなポーズをとる。
「普段は優しく明るくちょっとおバカな空ちゃんだけど」
誉められていてスルーしそうになったが。バカにされた事を聞き逃さず慌てて振り替える。
「って、」