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「こちらVRマシーン、ユーザ相談総合窓口です」

作者: 佐倉硯

※作者はVRMMOやVRマシーンに詳しくないため、独自の設定・世界感で書いています。既存?の設定とは異なりますのでご注意ください。こういうのがあったら面白そうだな、という発想の元生まれましたので、あくまでネタとしてお楽しみください。

「こちらVRマシーン、ユーザ相談総合窓口です」


と、会社で配給されたヘッドセット越しに笑顔を浮かべつつそう言えば。


『うちの息子が現実に帰ってきません』


という第一声が返ってくる。


――知らんがな。


思わずでそうになった言葉をにっこりと笑みを浮かべる事で呑み込めば、対応していない隣の席の後輩が俺を見て蒼白した表情で震えた。

明らかに怯える態度を見せる後輩を一瞥しながら、目の前に浮かぶ半透明のタッチパネル式の画面を見つめ、顧客一覧検索画面を指先で前面へ持ってくる。

少しの間、沈黙をしてみたものの、電話してきたお客様はそれ以上どう伝えればいいのか分からなかったようで、ふぅっとため息をしたところで俺が口を開いた。


「お問い合わせの内容を改めて確認させていただきたいのですが、息子さんがゲームにダイブしたまま目を覚まさない、という認識でよろしいでしょうか」


慣れ親しんだ周囲から見れば、俺の笑顔は腹を立てているのだと一目でわかる。しかし、こっちは客商売。見た目とは裏腹に穏やかに俺の口から流れ出た言葉に、電話の向こう側に居た人も安心したような雰囲気を電話口から醸し出す。


『そうです。もう、三日もダイブ? したままで、全然部屋からも出てこなくて。心配して覗いてみたらおねしょまでしてるんですよ?』


困ったわぁ、という感嘆が続きそうな電話口。


本当に困ったわぁい。


俺の声に対する第一印象がよかったのか、余計な情報まで流れてきた事に思わずグッと唇を噛みしめる。

彼女の言う息子が何歳だかはわからないけれど、プライバシーもへったくれもないなと思いながら、俺は続けて尋ねた。


「ちなみに失礼ですが、お電話口の方はVRマシーンをご利用の経験はございますでしょうか?」

『いいえ。息子になんとなく話は聞いているんですけど、詳しい操作方法は何も知らなくて……一体どうしたら……』


どちらかといえば今回の案件はそれほど深刻なものではなさそうだと、電話口の声色から結論付けた。

画面に浮かんだ検索画面を指先で横にずらし、お問い合わせ記録画面を立ち上げて新規登録ボタンを指先でトトンッとダブルクリックする。

ぱっと立ち上がった新規お問い合わせ記録画面の端にあるプルダウンから、E-を選んだ。

ちなみにこれは問い合わせ内容の重要度を表している。

最も重要が低いものはE-。そこからE+、D-、D+と重要度が上がって行き、重要度が一番高いランクはA+ではなく、SSだ。

これはVRマシーンが発達してから二十年間で三度ほど使われたランクで、俺がこの会社に勤めてからは一度だけ使った事がある。


話は逸れたが、今は仕事中。


集中してお客様からの問い合わせに耳を傾けつつ、問い合わせ内容に『親族(息子)がVRからログアウトせず三日が経過している』とキーボードを叩いて入力した。


「現在、息子さんはどのような型式のVRマシーンを装着されておりますでしょうか」

『どのような……って。えっと……』

「装着されているVRマシーンのどこかに型式が記述されている箇所があると思うのですが」

『け、型式……?』


うーん、やっぱりこの分野の知識が少ない人のようだと思案しながら言葉を選んで伝えた。


「説明に分かりにくい部分があり、誠に申し訳ござませんでした。それでは、改めて確認させていただきたいのですが、息子さんが装着されているVRマシーンはどのような形状でしょうか?」

『えーっと、形ですよね?』

「はい」

『目元だけを覆っているようなものです』

「頭部は覆われておらず、目元だけが覆われている形状ですね」

『はい』

「では、その目元の部分にメーカーの名前が記載されていると思いますので、読み上げていただけますでしょうか」


画面を操作しながら情報収集を続けると、電話口からポツポツと有名なVRマシーン販売会社の名前が零れた。ついでに並んでいたらしい型番を、電話口の彼女が社名と間違えて読み上げてくれたのが幸運だ。


それを聞いた瞬間、俺はよかったと安堵する。


VRマシーンは現時点で第9世代まで発売されている。来年の9月には第10世代が生まれるらしいとついこの前ニュースになったばかりだが、問題なのは古い世代のものだ。

第3世代までのものは電磁パルスの出力が強く、脳に危険なためほとんどが回収されている。第3世代からセキュリティシステムが強化され、危険はないと謳っていたものの、その時代にとって最先端を行っていた技術も今は古く危険視されているものも少なからずか残っている。

残念ながらそれはメーカー技術の差でもある。


絶対安全と呼べるのは第5世代からとなるが、第5世代も再来月でサポートが打ち切られるため、買い替えを推奨している。


電話口の彼女が並べた型番はギリギリ第五世代のものだった。たぶん、中古品で安く出回っていたのだろう。


「そちらの型式をご利用の場合、外部からの強制ログアウトが有効です」

『それは息子に危険とか……』

「セーフティ機能が付加しておりますので、人体に対する影響は一切ございませんのでご安心ください」

『そうですか』


ホッと安心したような声が聞こえてきた事に、俺も思わずクスッと笑ってしまった。電話越しでは分からない程度に、だ。

知らない人にとってVRマシーンは恐怖にもなりうるものだ。扱い方によっては人体に影響を及ぼすのではないかと思う人も多く存在する。

よほど悪意のあるゲームをしていなければ全くと言っていいほど問題がなく、むしろ現代では医学の分野で人体によい影響を与えるのではと学会で議論が飛び交うほどだ。

例えば、不慮の事故で足が動かなくなってしまった人が、VRMMOに参加する事により脳からの信号で仮想空間を自由に走り回ることができる。脳が刺激されることにより、人体が「動かないはずの足が動く」と勘違いして、現実世界でも歩行が可能になった事例が増えているのだ。


「それでは外部からの強制ログアウト方法を今からお伝えするのですが、その前に注意事項が一点ございます」

『注意事項? でも、さっき、人体に影響はないって……』


先ほど俺から提示したはずの安全性に対し、まったく矛盾を口にした事に対し、電話口から明らかに戸惑いの色を浮かた声が聞こえてくるものの、俺は相手を安心させるゆったりとした口調を心がけながら続けた。


「はい、先ほどもお伝えした通り、人体に影響はございません。ただし、外部からの強制ログアウトですので、息子さんの意思に関係なく行う作業です。当方から申し上げる注意点は、強制ログアウトによるゲーム中断行為におけるゲーム内での過失、及び責任は当方で負いかねますのでご了承ください」

『ああ、そういうこと……たとえば過失ってどんなものになるんでしょう?』

「例えば息子さんがゲーム内で仲間とモンスター退治を行っている最中に強制ログアウトした場合、その仲間の方にご迷惑をおかけすることになります。また、アイテム取得や交換、購入時に同様の作業を行った場合、アイテムの消失、またはゲーム内における金銭トラブルが発生する場合もござますのでご了承ください」

『はぁ……』


あ、これ、分かってない。


と思いながらも、VRMMOをしたことがないなら当然かとすぐに頭を切り替える。


『それって、息子に悪い事なんでしょうか?』

「そうですね……場合によっては息子さんとの諍いの原因になる可能性もございますが、あくまで可能性の話ですので、その場合はお二方で話し合って頂く等、こちらが関与しない形で解決いただければと存じます」

『そうねぇ……でも、おねしょしてるんだし、これくらいしたっていいわよねぇ?』


――それに関してはお答えしかねます。


と言いかけたのを呑み込んで、思わず乾いた笑いを浮かべると、電話の向こう側もフフフッと楽しそうに笑ったので良しとしよう。


『注意事項についてはわかりました。じゃあ、強制ログアウトの方法教えてもらえるかしら?』


電話がかかってきた当初より遥かに砕けた態度になっている電話口のユーザに対し、俺も電話を受けた当初よりも幾分か落ち着いた気持ちになりながら、強制ログアウトの方法を順を追って説明する。

時々、こちら側――とはいっても、VRMMOを嗜む人であれば誰もが当然のように使用している専門用語がわからないと問われ、それについても事細かに砕けた言い方で説明し、すべての手順を案内し終えたところで電話口の向こう側ががぜん明るい声色になったのを聞いて、俺はようやく窓口対応の終わりが見えてきて。


「それでは以上で強制ログアウト方法の説明は終了しますが、その他、何か不明な点等ございますでしょうか?」


常套句となった〆の言葉を口にすると、電話口では少しだけ思案したような呟きが零れてきて。


『そうねぇ……あ、一つだけ』

「はい」


受け付ける側としても何の蟠りもなく終わらせたいため、気持ちよく返事をしたのだけれど。


『32歳にもなっておねしょするってどう思う?』


にっこりとほほ笑んで。


「今後、VRマシーンを装着される際に、大人用のオムツを着用されることをお勧めします」

『ああ! その手があったわね。ありがとう。今度、息子に勧めてみるわ』

「本件、秋庭あきばが担当させていただきました。よいVRMMO生活をお過ごしください」


と言って、相手が電話を切るのを待ってからヘッドセットのスイッチを切った。


途端、思いきりデスクに額をこすり付けて変な声が出た。


「うへぇぇえぇ……俺、もう、VRMMO怖くてできない……」

「激しく同意ッス」


疲労困憊した俺の様子に、隣のデスクに座っている後輩が俺の気持ちを汲んでくれた。

持つべきものは気の利いた後輩だな、と思う。


急速に発達したVRマシーンが世間に及ぼす影響は計り知れない。


現実世界とバーチャル世界を自由に行き来する魅力的な世界ではあるけれど、こういう窓口業務を行っていると現実世界を忘れてバーチャルにのめり込んでしまった人々の醜態が嫌でも耳に入ってくる。

VRマシーンが開発され、爆発的に世間に広まり、初期世代を利用していた人は現在50代に突入している。親子で楽しめるVRMMOソフトも開発され、時代に伴いVRマシーンもVRMMOソフトも進化しているのはいいことだが、利用している人々は退化しているような気がするのは、決して気のせいではない。と思う。


俺もVRMMOの魅力にハマった一人であり、色々なソフトを進めていくうちに、こんな壮大な世界観を第三者視点で見てみたいと広がった夢。そうしてたどり着いた先がこの《VRマシーン、ユーザ相談総合窓口》業務だ。


本当はゲーム開発の方に携わりたかったけれど、VRマシーン発展と共にソフトのゲーム会社は乱立し、瞬く間に飽和状態となった。有名なソフト会社は無論、俺のような夢を持つ就職希望者が多く、最大で過去の就職倍率が800倍に膨れ上がったこともある。小さな会社は技術者以外に雇うほど余裕がなかったり、経営の波が荒く安定できなかったりと様々な理由が持ち上がっているため、就職向きではい。どちらかというと本当にVRMMOが好きで好きでたまらない人達が、仲間内で会社を立ち上げる事が多いせいもあって、ほとんど求人を出さないのが現状だ。


VRMMOに明け暮れた俺に、プログラム技術など備わっているはずもなく、就職難の末にたどり着いたのがソフトではなくOSの方だったというわけで。


「俺、さっき、新しいVRMMOソフト購入したから、いい狩り場所教えてくれって問い合わせ受けたンッスよ」

「窓口違いだっつったれ」

「さすがに言いましたって。今はネットで調べりゃ腐るほど出てくるのに。結構年配の方だったんですよね。ここはVRマシーンに関する問い合わせ窓口だから、ソフトの事は分かりかねるって。そしたら、なんでだよっ! って逆切れされました」


VRマシーンに関する問い合わせ窓口だからだよっ! って、たぶんコイツも言いたかったんだろうなぁと。まぁ、エンドユーザ向けの窓口業務何て理不尽の宝庫だ。声だけであっても、接客業務の一種だから、そういう理不尽さを呑み込んでひたすら謝るのも仕事の一環だ。


「ソフト名聞き出して、該当の会社窓口に繋いだんッスけど、今度は繋いだソフト会社の窓口からクレーム来ました」

「なんて?」

「ソフト会社の筆頭株主だったらしいッス」

「しーらーんーがーなー」

「ですよねー」


ぶっちゃけ、こういう窓口業務に携わっている連中はかなりストレスを溜めやすい。客商売をしている人なら分かってもらえるだろうが、客自身が「お客様(自分)は神様だろうが!」って態度で接してくる人が少なくないからだ。


俺がさっき問い合わせを受けた人は、VRマシーンの知識が少ないが、いいお客様の部類に入る。

酷いクレーマーだと「昔のVRMMOはもっとよかった」「今のVRマシーンはココがダメ」と延々こちら側に口を挟ませない勢いで語る。こちら側の対応に非があったというのであればまだ受け入れられるけれど、VRマシーンの古今を語られても結局のところ意見をまとめて「要望として開発担当者にお伝えいたします」の一言になってしまうのだ。すべてのユーザの意見が反映されるわけではない。

以前、こういうクレーマーに引っかかって一時間半、理不尽な説教を受け続けた。おかげで昼飯を食い損ねたし、同僚達からの同情は涙が出そうなくらい優しくて温かだったし。


だからこそ、ユーザの聞こえない、見えないところでこんな風に小言が出てしまうのも無理はない。逆に小出しにしなければいつか爆発してしまう。

利用ユーザ数が多い分、一人当たりに抱える案件も半端な数じゃない。24時間体制でおよそ100人体制でやっていても追いつかない時は追いつかない。電話対応だけで100人体制。メール対応部門に至っては200人。それでも処理が追いつかないのは、半年に一度発表される、VRマシーンの普及率の数字がいい証拠だ。


現に俺が入社した当初、教育係を務めてくれていた先輩は、俺が一人前になる前に鬱病と診断され、仕事を辞めざるを得なくなった。あの当時、唯一頼りにしていた人がいなくなった不安と恐怖は半端なかった。よく生き残ったもんだと思う。


まぁ、俺にはもう一つ別の役割(・・・・)があるからこそ生き残れたんだけれど。


あと数十分ほどすると俺は休憩に入れるけれど、シフトの関係で隣の後輩はあと3時間ほど休憩が先になる。


「それで――」


グダグダと愚痴の続きを言おうとした後輩が途中で言葉を切ったのは、新たな入電があったからだ。

後輩は視線だけで「続きはまたあとで」と俺を見て、すぐにデスクの画面に視線を向けると、ヘッドセット越しにお決まりの文句を口にする。


「はい、こちらVRマシーン、ユーザ相談総合窓口です」


そんな風に唐突に仕事へと戻された後輩を横目に、俺は体を起こして画面に視線を泳がせながら足りない項目を追加していく。

こうやって雑談が途切れてしまうのも日常茶飯事だから、いちいち目くじらを立てるわけにはいかなくて。


こうやってユーザが楽しんでいる間にも、あくせくと働く連中もいるって事だ。


新しい入電音が鳴り始めたのを聞いて、俺はふぅっと深く呼吸を吐くと、見えないだろう電話口の相手に笑顔を作った。


「はい。こちらVRマシーン、ユーザ相談総合窓口です」

『初心者なんですけど、おススメのゲームってありますか?』

「おススメのゲームでございますね? では先に――」


理不尽だろうがなんだろうが、今日も快適なVRMMOライフをサポートするため。


スタッフ一同、心より皆様からのお問い合わせをお待ちしております。


ってね。

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