08 「枕返し」 「病床の少女」 「突然の別れ」 「ハッピーエンド」
やはり、人外が出ます。
が、基本は普通の恋愛になっているかと・・・・
でも、設定出しきれていない感があります・・・・・ごめんなさい。
また、まとめますのでその時にご覧ください。
読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。
それでは本編をどうぞ。
病室のベッドで一人の女性が眠っていた。
多くの管に囲まれ、着慣れた白い服で今はただ眠る。
それは彼女を楽にしてくれる永遠の眠りではない。いつか目覚めなければならないひとときの眠り。痛みからも、病からも、無機質な病室からも自由にされる幸福だと願う眠り。
生まれてからずっと病を抱えて生きていた女性は幼いころからこの病室を使い、その人生のほとんどをここで過ごした。
「・・・・・ごめん」
少女をガラス越しに見ていた白衣の青年は悔しそうに唇を噛み、血が出るほど固く拳を握りしめていた。
「死は生きとし生ける者の定め、お主のせいではあるまい」
その隣に立つのは黒髪のゴスロリ服をまとった少女、十にも届かないようなその姿に反して口調は大人び、その言葉には重みが存在していた。
「そうだとしてもその定めに抗い、死に立ち向かうのが人間なんだ。そして、僕は医者だ。その定めを一番最初に否定した人間の端くれ」
「知っているよ・・・・・お主に拾われた我はお主の望みのままにあろう」
「ごめん・・・・・・弥奈」
「何に対する謝罪だ? 我はしたいことをしている」
医師は眉間に寄せたままのしわを伸ばしながら、空いた手は弥奈と呼んだ少女の頭に乗せられる。
「僕の身勝手な望みと自己満足をいつも聞いてくれて、ありがとう。」
青年の長い脚が少女によって蹴とばされ、青年は少しだけよろめく。
「我らが好きなお主の笑みは、そんな苦しみに満ちたものではないぞ。聖」
少女と目線を合わせ、眼鏡の奥の瞳が揺れていた。
「ごめんな、今はうまく笑ってやれない・・・・・・さぁ、行こうか」
少女の手を引きながら、青年は病室へと入っていく。
『東浄 優樹菜』と書かれたネームプレート、青年のたった一人の幼馴染。そして、恋人である女性。青年が何をしても救うことのできない、否、もう誰にも変えることのできない死の定めを背負った女性。
「優樹菜」
そのベッドの青年は立ち、恋人の髪にそっと触れた。
「弥奈が『枕返し』ってことは伝えてたよね? でも、優樹菜に一つだけ伝えてないことがあるんだ」
細く青白い恋人の手、その手に聖の手が重なる。
「僕は僕の自己満足のために死ぬことを避けられない人に、弥奈の力でその人が望む中で最も幸せな夢を見てもらってるんだ」
声はただ悲しそうで、辛そうで、恋人の手をただ愛おしそうに握って、精一杯笑う。
「辛い入院生活も、苦しい病気に犯されている人たちがせめて最期に笑っていけるように」
その行為はただの自己満足でしかない。
「僕が始めたこんな身勝手なことを、君は何ていうのかな?」
ただ、さらに生を渇望させるだけかもしれない。苦しみが増すだけかもしれない。
「優樹菜よ・・・・・・お主は我を本当にただの人として、扱ってくれたな」
聖とは反対側に立った弥奈がその手を握り、自分の纏う服を見た。
「お主たち二人は我に何だって教えてくれた。
人の感情を、言葉を、どんなことだって順序立ててゆっくりわかるように伝えてくれた」
目覚めぬ彼女の頬に触れ、すぐ手を引く。
「・・・・・・我は感謝を伝えるのが下手でな、憎悪で見られてきた我を見つめるお主たちの好意的な視線はどう返せばいいのかわからなかった。人の死など多く見てきた・・・・・・
だが、この気持ちは何なのだろうな?」
弥奈はつながれた手とは逆の手を胸に当て、零れている涙に首をかしげながら眠ったままの女性に問うた。
「教えてくれまいか? 優樹菜。
この胸に穴が開くような思いは・・・・一体なんなのだ?」
涙を拭い、弥奈は聖の手を取る。
「・・・・・・いつもはしないのだが、優樹菜よ。どうか、お主が望んでいる世界を私たちにも見せてくれ」
二人は目をつぶって、そこで眠っていく。何も聞こえなくなるその部屋で眠る三人の姿は、こんな病室であってもとても穏やかで、幸せそうだった。
×
私は目を覚ました。とても嫌な夢を見たような気がする。
「優樹菜、朝だ」
私の部屋にドア越しに声をかけるのは私の可愛い義妹、弥奈ちゃんだ。無愛想なように感じるかもしれないがそれが彼女の普通であり、たまに見せてくれる笑顔は見ているこちらを幸せにしてくれるほどの威力を持っている。
「あ、うん。すぐ行くから」
立ちあがってる途中に扉が開かれる。黒と白のパジャマを纏った弥奈ちゃんがこちらの手を引きに来てくれる。
「早く料理を作ろう。聖が来る前に作っておかなければ・・・・・サプリメント汁なるものを我はもう食べたくはない」
あー、あったなぁ。勉強はできるのにこと料理になると、恐ろしいものを作るんだものなぁ。聖は。
「大丈夫。ご飯はもう炊けるだろうし、味噌汁とだし巻き卵はすぐにできるからね」
「うむ・・・・・・我は優樹菜のだし巻き卵が一番好きだ」
「そう? じゃ、少し多めに作ろうか」
「うむ♪」
二人でそんな話をしながら、身支度を終えてキッチンに入る。ご飯が炊けているのを確認しながら、昨夜戻しておいたわかめを冷蔵庫から取り出す。豆腐も取出し、好みの大きさにカット。味噌をといた水とだしの元を入れて火で温めた中にそれらを入れ、だし巻き卵にとり掛かる。電子レンジで昨夜のサバ味噌を温めることも忘れない。
「食器は出したぞ、優樹菜」
「うん、ありがとうね」
「・・・・・おはよう、優樹菜、弥奈」
彼がキッチンに顔を見せながら、まだ少し寝ぼけているようだった。椅子に座りながら、私が出したお茶をちびちびと飲みだす姿におもわず笑ってしまう。普段の彼を見ている人間にはとても信じられないようなその姿は、私たちだけに見せてくれる素の彼自身。
「優樹菜、人を見て笑うのは酷いんじゃないかな?」
ジト目で見てくる彼の表情が少し可愛い。
「そう? 聖だって私の寝顔を見てよく笑ってるじゃない」
「・・・・・・・それもそうだね」
私と弥奈ちゃんも席について、三人で手を合わせる。
「「「いただきます」」」
両親が忙しい聖と現在両親が外国に仕事で赴任している私、互いに両親が友人同士という事もあって同棲のような生活を送っている。
それに私たちはもう何年も前からただの幼馴染ではない。
ずっと幼馴染で恋人同士なんて、友人たちに言うとひどく驚かれると同時に羨ましがられる。
しかし、嫉妬はなく、ただ祝福してくれる。それが嬉しかったことを今でも覚えてる。
「幸せだなぁ」
「何か言ったか? 優樹菜」
問い返してくる弥奈ちゃんに笑う。
「幸せだなって言ったの」
「我も幸せだ」
弥奈ちゃんは日本茶を持ちながら、頬を緩めた。その表情は大人びているのに、愛らしい。箸でだし巻き卵をつまみ、口に運ぶとさらにその表情は緩んだ。
「やはり、優樹菜のだし巻き卵は絶品だ」
幸せそうなその表情は食事中だとわかっていても抱きしめたい衝動に駆られる。
「弥奈ちゃんがそう言ってくれるなら、毎日でも作るよ?」
「それは魅力的だが、スクランブルエッグも好きなのだ・・・・・迷ってしまうな」
真面目な顔をしてそんなことを言う弥奈ちゃんはとても可愛らしい。聖も微笑みながら、私たちを見ていた。
「その笑顔が一番好き」
私はおもわず呟いていた。
一歩下がって微笑む彼の笑顔は遠いとも感じたことがあったが、違うのだ。彼は人の幸せが、誰よりも喜んでいる。人の中央に居られるはずなのに、自ら進んで縁の下の力持ちをかってでるような人。友人曰く『似た者カップル』らしいけど、私の場合は二人に食べてもらう前の料理の実験台みたいなものだからね。
「えっ? 優樹菜、何か言った?」
「なんでもなーい。今日はみんなでどこか、出掛けない?」
「ウォン」
庭で鳴くヴァイスに私はもう少し待ってねと視線で伝えながら、聖をじっと見た。
「いいね、行こうか。それで? どこに行くかは決めているのかい?」
サバ味噌とご飯をおいしそうに食べてくれる彼に、私は笑って首を横に振った。
「・・・・・優樹菜、思いつきで言っただろう?」
「勿論」
私の即答に彼は呆れながら、やっぱりと言った。
「フム? 逢引か? ならば、我とヴァイスは遠慮するが・・・・」
「違う違う。今日はみんなでどこかに行こうよ、ね?
もちろんヴァイスもね。そのあとは夕飯の買い物して、夜はみんなで庭の桜でお花見と洒落込もうよ」
「ヴァイスも一緒となると行動は限られるけどいいのかい?」
食事もひと段落して、食べ終えた食器を片しながら聞く彼のいらない問いに私は即答する。
「『みんなで!』これが大事なんだよ。聖」
「優樹菜らしいよ・・・・・・本当に」
微笑みながらそういう彼は、何故か涙をこらえてるように見えて、私は後ろから抱きしめていた。
「・・・・・知ってる? 聖。私はね、あなたの幼馴染なんだよ?」
「当たり前じゃないか。知ってるよ」
いや、あなたはわかってない。全然わかってなんかいない。
あなたが私に隠し事をするときの癖とか、あなたが不安定なときにするちょっとした動作とか、あなたの背中が一番あなたのことを私に教えてくれることとか。
あなたのことで私が知らないことなんて、一つとしてないんだから。
「どうかしたのかい? そんなこと言って」
「ううーん、何でもない。さて、私は出かける準備でもしてこようかな。エスコートしてね? 聖」
私はそう言って微笑みながら、二階の自分の部屋へと戻った。
そこには当たり前のように弥奈ちゃんが居て、いつもより真剣な表情をしていた。
「優樹菜・・・・・お主、気づいているのか?」
「・・・・・・さぁ、どうでしょう?」
私はとぼけながら、愛用の鞄の中に財布、携帯、ハンカチ、ポケットティッシュを入れていく。
「我のことはいつから知っていた?」
「なんとなく、じゃ答えにならないかな?」
私はどこにでもいる普通の女の子だ。
特殊な力なんてないし、隠されていない限りは父も母もただの人間で、祖父母も同様。
ただ、二人のことを他の人よりもずっと知っていることだけが私の取り柄。
「『幼馴染』で、『恋人』で、自称ながらも『弥奈ちゃんの姉』で、『ヴァイスの母』。
私の人生で一番を決められないような素敵な称号ばかりを、あなたたちがくれたんだもの」
言葉よりも行動が、雰囲気が、謎を解く探偵のように調べるまでもなくわかってしまう。
「わかるよ、全部ね」
『何を』とは口には出さない。二人がくれたのだろうこの愛しい時間を私は精一杯楽しむこと、それは私がしたいことでもあるのだから。
「優樹菜・・・・・・今日はどこに行くのだ?」
「さぁ? 聖に任せちゃったから、みんなで行けるどこかに聖が連れて行ってくれるわよ」
弥奈ちゃんは何かを振り切って、明るく問うてきた。私もそれに笑顔で答える。
「行くか・・・・・ヴァイスも我慢しているだろう」
「えぇ! 今日はとにかく楽しみましょう」
姉妹のように手を取りながら、私たちは階段を下りた。
「じゃぁ、隣町まで歩こうか」
聖の言葉に頷きながら、ヴァイスの背に跨る弥奈ちゃん。
「さぁ、参ろうか。ヴァイス」
「ウォン」
「「あっ」」
さっさと駆け出していく二人、正確には一人と一匹を私たちは少しの間呆然として、私は笑った。
「アハハ、聖。どうする?」
「どうするって言ったって・・・・・追うしかないだろう」
「そうだね、走ろっか」
そう言って私たちは同時に走り出した。
風なんかよりもずっと遅い。
でも、繋がれた手はどちらかがこけそうになっても離れなくて、むしろ支えてすらくれて、私は自分の入れられる力でその手を掴んで離さない。
あぁ、こんな些細なことでも彼が好き。そう胸を張って言える。何て単純なんだろう、私は。
そのあと、私たちは何とか息を切らしながらも、弥奈ちゃんとヴァイスを捕まえた。
もちろん、ヴァイスの首にはリードを、弥奈ちゃんの手には私の手と言う拘束具をつけさせてもらう。
そうして一通り散歩をした後、私たちはお昼を取って、今度はゆっくり歩きながら家に帰って行った。
その間にも楽しいひとときがあったのだが、今回はお花見がメインなので多くは語らない。
ただ、夫婦のようなカップルのような妙な時間を幸せに過ごすことができた。
×
「今年も綺麗に咲いたね」
桜を見上げながら、私は笑う。今年『も』なんて、変な言葉。
自分で言っていて、可笑しくなってくる。私がこの桜を最後に見たのは入院する前、忘れてしまうほどまえのことだというのに。
「優樹菜」
「全部、知ってるよ。聖・・・・・・・これが夢なんだって、愛しいあなたがくれた私の最期の理想郷」
知ってる。これは夢、私が抱いていた理想。
病気もなく、私が元気に過ごして、聖が居て、弥奈ちゃんが居て、ヴァイスがいる。
でもきっと、私が病気でなかったら弥奈ちゃんも、ヴァイスも出会うことはなかった。
私が病気だったから聖は医者を目指し、弥奈ちゃんに会い、弥奈ちゃんが私たちと触れ合ったからこそヴァイスに出会えた。
どれか一つでも欠ければ、私たちは出会うことなんて出来なかった。
だからこれは私の理想、ありもしない最後の夢物語。
「・・・・・優樹菜は無欲すぎるよ。こんなことしか、夢ですら望まないなんて」
「そうかな? 私はこれでいいの。これが、いいの。
こんな当たり前の幸せが欲しかった、こんなただの日常をみんなで過ごしたかった」
そんな当たり前の日々が私には十分欲張り。幸せすぎて、もう死んだっていい。
「優樹菜」
泣くことを必死にこらえる彼を、私は抱きしめる。
「泣いていいんだよ? 聖。私は自分のことで泣けない分をあなたが泣いて。
最後を笑って見送らなくてもいい、私がその立場だったら耐えられないから無理をしなくていいの。
あなたがあなたでいてくれれば、最後まで私を見ていてくれるなら、どんな表情だって私は幸せなんだから」
夢の世界が音を立てて崩れていく。暗いだけの世界の中で、私は私であることができなくなることがわかる。
「弥奈ちゃん、聖をお願いね」
見えない暗い世界で、妹に言う。
「承知した・・・・・・姉さま。いつか我らも逝くその日まで、ヴァイスとそこで待っていてくれ」
「うん、ゆっくりおいでね」
「優樹菜!」
「聖! 私、幸せだったよ!! 他の人たちがどんなに私の人生はバッドエンドだって言っても、私にとってあなたたち過ごせて、最後にこうして理想まで見ることができたんだもの。私にとってこの人生は最高のハッピーエンドを迎えることができたよ!
ありがとうね、さよなら。私の大好きな聖!!」
その言葉が私の遺言、大好きな人に残せた最後の言葉。心残りなんてもうない。ヴァイスと共に私は光の方向に歩いていく。
またいつか、別のどこかで会えますように。と祈りながら。
×
眠っていた三人のうち、目覚めたのは青年と少女。そして、中央の女性は口元に笑みを浮かべながら永遠の眠りについていた。
苦しみのない世界へと旅立った彼女が描いた優しい夢、彼女の理想郷。
「優樹菜、優しい夢をありがとう」
青年はそっと彼女を抱きしめて、最期の口づけを交わした。
「頑張るよ、君にはもうここで会うことはないだろうけど・・・・・いつか君に胸を張れるようにね」
そして、青年はそっと下がり、少女へと譲るように手を促す。
「優樹菜よ、儚き人たる我が姉よ。我は聖ともに生きていよう、どんな道をこれから聖が歩もうとその傍で見続けよう」
姉たる存在の髪に触れ、小さく白い手は姉の額を撫でていく。
「いつか、姉さまが描いた夢が実現するその日まで・・・・・・ヴァイスと共に待っていてほしい」
少女は離れながら、そっと笑みを見せた。
姉たる彼女が愛した少女の笑みを、もう見てはくれないだろう姉にだけ見えるように。
「『いつか』という言葉に願いを込めて」
少女が歌うように囁いた。
「君が好きだったそんな曖昧な言葉にただ、再会を祈って」
青年がそれに続いて、そっとつぶやく。
「誰もがその言葉に希望なんて、抱かなくていい」
『いつか』、それはひどく残酷な言葉。明確に時を決めなどせずに言葉を濁すときにも使える、不確定な言葉。
「絶望なんて、君は持ってなどいなかった」
それでも彼女には希望だった。あるかもしれない、ない可能性の方が高い夢のようなことだった。
「だから、我には」
「だから、僕には」
二人のほとんど同時の言葉、一瞬の間を置いて二人は同時に歌う。
「「それは時を超えても、再会の誓いとなれる。大切な人よ、いつかまた会おう」」
いかがだったでしょうか?
もっと、内容を足せればよかったのですが、すみません。書けませんでした。
感想、誤字脱字報告お待ちしています。